今年6月から、ふるさと納税は新制度へと移行した。それまでのふるさと納税は、すべての地方自治体が恩恵に浴することができた。
人口減で地方の自治体は税収が先細りすることは確実であり、なおかつ高齢化に伴う社会保障費増というダブルパンチ状態に陥っている。東京都などの法人税が潤沢な自治体はともかく、地方は、特に農業・漁業・林業が基幹産業の市町村は、ふるさと納税でなんとか税を集めようと必死になっている。
ふるさと納税をすることで税控除が受けられるだけではなく、返礼品がもらえる。返礼品を目当てにしたふるさと納税は、2016年前後からヒートアップした。しかし、08年度の制度開始直後は違った。ふるさと納税は低調な滑り出しで、まったく盛り上がりを欠いていた。総務省はなんとかふるさと納税を盛り上げようと、あの手この手のPR作戦を試行錯誤する。低調の原因は税控除の手続きの煩雑さだったため、仕組みを簡素化した。
そうした制度設計の変更という節目を捉え、地方自治体側も積極的に返礼品合戦に動いた。豪華な和牛や高級家電、はては海外産という触れ込みの菓子やワインなどがふるさと納税の返礼品としてラインナップされるようになる。過熱する返礼品合戦は、当然ながらふるさと納税の趣旨から大きく逸脱した。
こうした状況を危惧し、制度の生みの親ともいわれる福井県の西川一誠知事(当時)が主導して、17年に「ふるさと納税の健全な発展を目指す自治体連合」が発足する。そうした地方自治体が返礼品合戦を抑制する動きも見られたが、残念ながら返礼品競争は鳴りを潜めない。大阪府泉佐野市が用意したアマゾンギフト券など、地場産品とはいえない返礼品が幅を利かせた。しかも、泉佐野市の取り組みは広く支持を得て、全国から多額のふるさと納税が集まってしまう。完全に総務省の誤算だった。
総務省の言い分そうした事態に歯止めをかけるべく、地方自治体を所管する総務省が動きだす。19年度から、総務省はふるさと納税を認可制にする制度を導入することを決定。返礼品の額は3割を上限とし、地場産品に限るとした。これにより、高額な返礼品でふるさと納税を集めることはできなくなり、輸入物のワインなども贈ることはできなくなった。総務省の意向に従わない自治体は、指定団体として認められない。指定団体にならなければ、ふるさと納税の税額控除を受けられなくなる。
総務省の強硬手段に対して、多額のふるさと納税を集めてきた自治体は、地方自治の精神に反すると反発した。しかし、所管官庁である総務省からみて地方自治体は立場が下ゆえに、表立って総務省を批判することは難しい。こうした強硬手段に対して、総務省の職員は、こう説明する。
「今回のふるさと納税に制限をかける措置は、自治体の自主性を蔑ろにすると言われています。しかし、それはまった的外れです。今回の措置は、一定のルールを設け、それに則ったかたちで競争することを目指しています。こうした措置に対して、泉佐野市などが抗議しているようですが、そうしたルールを設けないと逆に東京都や23区が有利になってしまいます。
また、東京は企業がたくさん立地していますので、非売品・限定品のノベルティグッズを返礼品にして、ふるさと納税を集める手も考えられます。東京都が本気を出したら、ほかの自治体は根こそぎふるさと納税を奪われてしまうのです。そうした東京ひとり勝ちをさせないためにも、一定のルールが必要であり、むしろルールを制定したことで地方都市を守ることにつながると考えています」
今回、東京都はふるさと納税の指定団体への申請をしなかった。つまり、東京都は自らふるさと納税競争に参入しないことを「宣言」したことになる。
一方、足元の23区は東京都ほどの余裕はない。返礼品競争が過熱したあたりから、税の流出が増え続けているからだ。
「現在は行政サービスを止めることはありませんが、いずれは予算縮小・行政サービスの一部廃止という事態になるかもしれません。現在は予算を組み変えたり、積み立てていた基金などを活用するなどして、しのいでいます」と話すのは、世田谷区の担当者だ。ふるさと納税によって、世田谷区は18年度に約41億円の税収が収奪された。今年度は53億円が流出すると見込んでいる。
世田谷区はふるさと納税の意義や趣旨には賛同している。そのため、総務省にもふるさと納税の指定団体として届け出をしているが、返礼品合戦には与しない。ふるさと納税をしてくれた人に対して、世田谷区は地元・多摩川で開催される花火大会の席を用意したり、246ハーフマラソンの出走権を付与するといった返礼品を用意している。
世田谷区以上に、強硬にふるさと納税反対を打ち出すのが杉並区だ。杉並区は反ふるさと納税を主張するようなチラシやパンフレットを作成し、区の行政サービスが低下する危険性を区民に呼び掛ける。
「杉並区が作成したチラシには、区内外から大きな反響をいただきました。今年、新バージョンのチラシを作成する予定にしています。ふるさと納税の意義は認めますが、返礼品で釣るような制度は明らかに間違っていると引き続き主張していきたいと考えています」(杉並区区民生活部管理課ふるさと納税担当)
杉並区は17年6月~18年5月末までの1年間で18億7000万円、18年6月~19年5月末までの期間は約24億6000万円の税収が流出したと試算している。このまま流出が続けば、行政サービスの停止や縮小は免れない。家の前の街灯が減って夜の外出が不安になったり、公園の緑が減って殺風景になったり、駅前広場の清掃が行き届かなくなるかもしれない。
ふるさと納税の返礼品で豪華な和牛や海産物をもらえることはうれしい。しかし、その返礼品のために税金は費消されて、気づいたら私たちの生活は不便になる恐れがある。知らず知らずのうち、ふるさと納税が私たちの生活を蝕んでいる。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)