CHAGE and ASKA VERY BEST NOTHING BUT C&A(Amazonより)

「こんな高いハモリは、Chageにしかできない」

 これは、CHAGE and ASKA(チャゲアス)が1991年に行った、大ヒット曲『SAY YES』のコンサートツアー「CONCERT TOUR ’91~’92 SAY YES」のなかで、ASKAが言った言葉です。

 僕は音楽大学を出たばかりの頃でした。

当然のごとく仕事はないので、学校に残りベートーヴェンやチャイコフスキーの楽譜を睨んでいる毎日で、ポップス音楽のことなどまったく知りませんでした。それでも当時、大ヒットしたテレビドラマ『101回目のプロポーズ』(フジテレビ系)のテーマ音楽として一世を風靡したこの『SAY YES』は何度も何度も聴き、「なんて良い曲なんだろう」と思っていました。

 武田鉄矢演じる星野達郎が、当時、トレンディドラマの大ヒロイン浅野温子演じるオーケストラのチェロ奏者・矢吹薫に強く惹かれ、プロポーズするというストーリーでした。42歳になるまで99回もお見合いに失敗し、風采の上がらない万年平社員が、30歳になったばかりの美人チェロ奏者の心をつかむ――。見た目も普段の生活もアンバランスな2人ですが、ただただ純粋に愛を訴える達郎と、それを受け入れていく薫のシーンにこの『SAY YES』が流れ、2人の愛を美しく感じさせるドラマでした。

 そんな『SAY YES』は、作詞作曲ともにASKAです。チャゲアスのほとんどのシングル曲の作詞作曲はASKAで、彼は天才です。ちなみに、チャゲアスは作曲したほうがメインボーカルを務めており、もちろん『SAY YES』もASKAがメインで歌っています。

 この数年間のASKAのさまざまな問題は世間の話題になりましたし、彼がやってはいけないことをやったのは確かで、弁護するつもりはありません。しっかりと薬物中毒から立ち直ってほしいと思います。そして現在、ASKA がチャゲアスから脱退すると発表し、大きな話題を集めています。ASKAは、これまで抱えてきた“不満”も主張しており、一定の同情もあるようですが、理解しがたい言動も目立ちます。

ASKAは今後、ソロ活動をするとしています。

チャゲアスの世界観の根源

 それは、音楽家の僕としては、とても残念な話です。確かに、ASKAがほとんどの曲を作曲してはいますが、チャゲアスの独特な音楽をつくってきたのは、Chageの類まれなる歌唱力と高い声域によるのです。

『SAY YES』はシンプルでありながら、8ビートと16ビートを歌詞によって使い分けている見事な楽譜です。恋人に語り掛けるような歌詞では8ビート、恋焦がれる情熱の歌詞ではリズム的に激しい16ビートを使っており、とても効果的なのです。そんななかで、急にゆったりとした4ビートになる場所があります。「まるで僕を試すような恋人の(フレイズになる)」という箇所です。

 4ビートにより、歌詞を丁寧に伝えます。しかし、同じ場所の2番の歌詞、「星の屋根に守られて恋人の(切なさ知った)」も含め、歌詞の内容が不可思議です。ほかの場所の歌詞がとてもわかりやすいだけに独特な雰囲気を醸しており、ASKAの天才性を証明しています。しかし、楽曲『SAY YES』のすごさはこれだけではありません。

 チャゲアスのコンサートでは、Chageがひとりで面白い話をして、時にはASKAをからかったりして場を沸かせていました。

そんななかで、Chageがこんな話を始めました。

「この間、カラオケで男2人が『SAY YES』を歌うと言うので、俺のハモリのパートも歌うと思ったら、2人でASKAのパートをユニゾンで歌うんだよ。ハモれよ!」

 会場が爆笑するところです。しかし、それを遮るようにASKAが「それは言ってはいかん」と言い出したのです。ちょっと不穏な雰囲気になりましたが、ASKA はこう続けました。

「僕たちの曲は、この業界でもキーが高い。僕が高い上に、その上をあなたはハモるわけで、これはChageしか歌えないよ」

 ASKAが、音楽にしか興味がない、気難しい天才だというのがよくわかりますが、Chageのことを心から認めていたのだと思いました。

 ちなみに、『SAY YES』は最初のフレーズからChageがハモリます。これが独特な印象をつくるのです。ASKAは、どちらかというと、ただただ心を込めてシンプルに歌っていますが、その上をハモっているChageは、ASKAの呼吸に繊細に合わせながら、その天才的な自由自在な歌唱力で、スケールの大きさを演出します。歌詞を聴かせながら、同時に聴衆を自由で新しい体験をしているような気持ちにさせるのです。そして、驚くことにChageは、オペラのテノール歌手でも、すべての人が完璧に出せるとは限らない高い「ド」の音まで歌います。

最後の「(Say Yes)迷わずに」の場所です。

 ここはASKAもとても高い声で歌うのですが、その上の声を出すことで、まるで高い空に新しい世界が広がっていくような気持ちになります。そして、その新しい世界というのは、『SAY YES』。つまりは、愛を受け止めて、新しい世界に行くことを表します。ASKAの素晴らしい楽曲はもちろんですが、Chageが一緒に歌ってくれないことには、この“新しい世界”は表現できないと思います。

 聞くところによると、彼らは毎回、コンサートでは、お互いの立ち位置を210センチ離していたそうです。これは“社会距離”といわれ、知らない人が話をしたり、商談をする距離とされています。ちなみに、相手に手が届き、表情が読み取れる“個体距離”は120センチです。この210センチから、ずっと近づくことも離れることもなかったChageとASKA。高校時代に、ポップスコンクール福岡大会で、軽々とグランプリを取ってしまった天才的歌唱力を持ったChageと、同じコンクールで苦杯を喫したのちにチャゲアスの結成を呼びかけられたASKA。

 現在、ASKAのChageに対する思いは複雑なのかもしれません。以前から、彼らは活動休止状態だったとはいえ、Chageはハモリを通じて、ASKAにしっかりと寄り添おうとしていただけに、今回の“実質解散”はとても残念です。

(文=篠崎靖男/指揮者)

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。
 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

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