2014年3月4日に開催された和歌山市議会定例会で、一般質問に立った戸田正人市議は教育長に、「CCC株式会社に、実際にアプローチされてみてはいかがでしょうか?」と言い放った。

 前年、佐賀県武雄市にオープンしたカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)運営の図書館を「多くの市民に愛される図書館」とベタ褒めした戸田市議は、和歌山市でも同様の図書館を建設するべきだと主張。

そのノウハウを持ったCCCに、図書館運営を任せたらどうかと提案したのだ。

 一議員が特定事業者の名前を挙げて堂々と利益誘導しているのは異例だが、もっと異例なのは、これに対して教育長が「(CCC社と)一度話を聞く機会を持ちたいと思います」と回答していることだ。事実、それから3年半後の17年11月、和歌山市は南海市駅前に移転する新図書館の指定管理者にCCCを選定。戸田市議の希望通り、和歌山市民図書館市は“ツタヤ図書館”になることが決まった。

 では、いつ、誰が、和歌山市民図書館の移転を目玉にした再開発のシナリオを書いたのか。具体的な動きがあったのは14年6月。

南海電鉄、市、県の三者が、和歌山市駅前の再開発について定期的に話し合う「南海和歌山市駅周辺活性化調整会議」(調整会議)がスタートした。

 翌月からは、南海電鉄と契約を交わした建設コンサルティング会社のアール・アイ・エー(RIA)が、コンサルタントとして会議に毎回出席。8月には、ハコモノ建設に消極的だった大橋建一前市長が退任し、前年に60歳で県土整備部長を退職し立候補を表明していた尾花正啓市長が当選。これを境に、和歌山市駅前再開発は、それまでなかなか前に進まなかったのがウソのように、巨額補助金を活用した計画推進の動きが加速されていく。

 和歌山市駅の再開発について、RIAがからんだ計画をさかのぼっていくと、12年の委託契約にたどりつく。

 それは、国土交通省系列の公益法人である「全国市街地再開発協会」に和歌山市が依頼した「平成24年度和歌山市まちなか再生計画策定業務(2030年和歌山構想)」である。

国の補助金を引き出すスキーム

“シャッター通り”と呼ばれる商店街が増え、年々深刻な問題になりつつある中心市街地の空洞化について、中長期的な将来を見据えた再生計画を立案する業務だ。これを起点として、12年以降、3度にわたって和歌山市は関連業務を同協会に委託している。

 その委託金額は3年間で合計2300万円(12年度1900万円、13年度300万円、14年度87万円)。「国交省唯一の再開発を手掛ける公益社団法人であり、他の民間企業には真似のできない特殊な技術や知識を有しているため」(和歌山市都市再生課)との理由で、指名競争入札はされず、同協会のみの随意契約だった。ところが、この実務にあたったのは、「和歌山市の実情に詳しい」として紹介を受けたRIAだった。

 和歌山市からすれば、国の補助金をうまく使って「まちなか再生」を進めていくには、国交省の指南を抜きにしては考えられなかったのだろう。

 再開発プロジェクトにかかわる人事面をみても、国交省の影響力は色濃く表れている。和歌山市駅前再開発の“源流”となった「2030わかやま構想」が策定されたのは13年3月のこと。それに先だって、13年1月から3回にわたって開催された地元の経営者や大学教授などの有識者6名で構成される「まちなか再生会議」の委員長には、和歌山県出身で元国交省事務次官の谷口博昭氏(当時の肩書は芝浦工業大学院教授)が就任している。

 谷口氏は、民主党政権が誕生した09年に事務次官に登用された。かつて「道路族のドン」とも呼ばれていた実力者だ。実務面では、市長選出馬のため県庁を退職した尾花氏の後任として県土整備部長には、国交省から派遣された石原康弘氏が13年に就任している。

 県庁サイドで和歌山市駅再開発を担当する都市住宅局では、これまた国交省からきた皆川武士課長が難しい再開発事業の全体計画を差配していたといわれている。

 同氏は、18年11月1日付当サイト記事『和歌山市、公募前に他県のツタヤ図書館視察で疑惑浮上…市の担当者は「記憶にない」連発』でも詳しく報じたように、調整会議が始まって半年もたたない14年11月に、官民合わせた会議の構成メンバー総勢15名が佐賀県武雄市を視察に訪れていたメンバーのひとりだ。15年7月に石原部長とともに国交省に帰任するとき、地元メディアに「皆川課長は、和歌山市駅の再開発に道筋をつけました」と報じられたキーパーソンである。

 国交省のある関係者は、こう解説する。

「再開発事業は、かつては県が担当していましたが、今は市町村が前面に出るようになりました。国の方針で、再開発事業全体に補助金をつけるようになっていて、その点で自治体の自由度は高いのですが、市には制度がわかる人材があまりいません。

一方で、県はもともとその力があったので、市をサポートするかたちで、今は事業に参画していることが多いんです。国交省の人事交流は、市のレベルではあまりありませんが、県庁なら双方向であります。国交省の人間は現場を知らないとできないし、自治体は制度を知らないとできない。制度は毎年のように変わるので、国からの人材は重宝されると思います」

 最近の中央官庁と民間との人事交流は「双方向」だという。国からの“天下り”があれば、逆に、民間からの“天上がり”もあるという意味だ。

 下の図の「民間から国への職員の受入状況(平成28年10月1日現在)」をみると、国交省の住宅局は31名の民間人材を受け入れており、その出身企業一覧のなかには「アール・アイ・エー」という文字がクッキリと印字されている。

 また、国の政策を決定する各種検討会議の委員にも、RIAの経営陣が名前を連ねている。巨額の税金が投入される公共工事の世界は、政・官・財のつながりによって動いていることがよくわかる。

巨額税金投入の裏側

 そうしたなか、総事業費123億円の和歌山市駅再開発計画で、図書館建設に関する費用も入れると94億円もの公金が投入されるに至った背景には、国交省の利権確保の狙いがあるのではないかとみられる。

 公共施設のハコモノ建設については「あまり利用されないものに多額の税金を使うべきでない」と否定的な見方をする市民が年々増えているなか、巨額の予算を獲得して、地方のインフラ建設を強力に推進する立場の国交省としては、そうした民意を無視した方向での事業はしづらくなっていたことは確かだろう。

 その難題を突破するために、彼らの目にとまったのが図書館だったのではないかと、ある図書館関係者は分析する。

「内閣府の『地域の経済2012』によれば、和歌山市は中心市街地活性化の基本計画を立てて実行には移したものの、『周辺への波及効果が少ない』と低い評価がされています。計画の中に集客のための新たな施設の設置等があるケースでは、目標の達成率が高いと結論づけられていて、和歌山市にはそれがない。そこで、12年以降のまちづくり計画では、集客のための新たな施設の設置に舵を切ったと考えられます。それが市民図書館の移転だったのではないでしょうか」

 和歌山市が和歌山市駅前の再開発に取り組んでいた直後に登場して話題を集めていたのが、CCCが指定管理者となって13年4月から運営を開始した佐賀県の武雄市図書館・歴史資料館だった。

 同館は、スターバックスコーヒーと蔦屋書店、レンタルスペースを併設し、年中無休で夜9時まで開館するなどにより、人口5万人の町の図書館に、年間90万人を超える人が訪れたとメディアでさかんに取り上げられた。

 CCCが11年に開業した代官山蔦屋書店を手掛けたのがRIAだった。和歌山市の再開発プロジェクトを丸ごと担当していたRIAが、和歌山市駅の再開発計画にツタヤ図書館の誘致を密かに想定していたとしても、決して不思議ではない。

 だが、CCC運営のツタヤ図書館は、郷土資料の大量廃棄が問題視されたり、傘下の企業から大量の古本を購入していたことが発覚して謝罪に追い込まれるなど、不祥事が続発。自慢の入館者数も「駅ビル通過者をすべてカウントしているだけ」と、本来の図書館利用者とはかけ離れた“水増し数字”だとの批判も多い。武雄市の市民は、こう嘆く。

「来館者の大半は、SNSで話題になっている図書館がどんなものかと、県外から物見遊山で来られる人たちです。福岡から電車でも高速バスでも1時間ちょっとというアクセスの良さが功を奏して観光客は増えましたが、経済効果の実感はほとんどないですね。賑わっているのは館内のCCC店舗と、近隣の“ゆめタウン”だけ。駅前など周辺への波及効果はありませんでした。一方で、昔から通っていた人たちは、中身のない図書館には寄り付かなくなったので、多額の税金を使った意味は、いったいどこにあったのかと、いまさらながら疑問に思います」

 スターバックスのコーヒーを片手に、洋書に見せかけたダミーの空箱を眺めながらパラパラ雑誌をめくるだけの“ブックカフェ風図書館”がツタヤ図書館の本質だ。それを目玉にした駅前再開発に94億円もの公金が投入され、そのうまい汁を一部の関係者だけが吸っているとの批判を知ったとき、果たして和歌山市民は、手放しで新しい市民図書館のオープンを喜べるだろうか。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)