総合ディスカウントストア「ドン・キホーテ」などを運営する株式会社パン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(以下、PPIH)が、成長の加速化に向けて思い切った決断を下した。それは、これまでの経営指揮を執ってきた大原孝治氏から吉田直樹氏に社長兼CEOの職務を引き継ぐことだ。
PPIHが目指すことは、突き詰めて考えると世界に挑戦しようということかもしれない。同社は自社のビジネスモデルであるディスカウントストアの競争力を高めつつ、より期待収益率の高い市場に進出するなど、さらなる成長を実現したいと考えている。経営トップのバトンタッチとともに、その“野心”がどのような成果として現れるか、非常に楽しみだ。
長期経済停滞下の成長企業になるドン・キホーテを運営するPPIHは、日本経済が長期停滞に陥るなかで成長を遂げてきた企業だ。1990年代初頭、バブルが崩壊し、その後、デフレ経済(広範なモノやサービスの価格が持続的に下落する環境)に陥った。消費者にとって、景気の回復を実感しづらい状況が続いてきた。
PPIHはディスカウントの文字の通り、安さを売りにして、多くの消費者の心をわしづかみにした。その要素は、安さと、買い物をする愉しみの2つに分けて考えると良いだろう。同社は、小売価格の引き下げにこだわるために、コスト削減などに徹底的にこだわった。例えば、PPIHは総合スーパーの長崎屋を買収し「メガドンキ」として運営するなかで、店舗の清掃コストの引き下げから、台車に入れたまま商品を売り場に出すなど、大胆な取り組みを進め、販管費を引き下げた。
見方を変えれば、同社は従来の小売業界が重視してきた考え方(常識)にとらわれなかった。それよりもPPIHは、ディスカウントという自社の強みを発揮することに徹底的にこだわった。それがメガドンキの成功につながったと考えられる。さらにPPIHはプライベートブランド商品の開発にも取り組んだ。日用雑貨から家電まで同社はより安い価格での商品提供にこだわり、消費者の心をつかもうとしている。
もう一つ重要なのが、PPIHが人々に買い物の愉しみを実感させ、共感を得てきたと考えられることだ。ドン・キホーテの店舗前を歩いていると、海外からの観光客をはじめ“圧縮陳列”に興味を示し、ついつい店舗に足を踏み入れる人が多い。これは、同社の商品の見せ方が多くの人の心を引き付けていることを示す良い例だ。その上で人々が低価格で商品を手に入れ、それを使う快適さなどを実感できたからこそ、PPIHは成長を続けることができた。そうした取り組みの結果として1989年3月の第1号店開業から2019年6月期まで、PPIHは30期続けて営業増益を実現した。
小売り・物流革命の精神私たちがさまざまな業界の動向などを考えるとき、小売業であれば百貨店や総合スーパーというように、特定のセクターを念頭に置くことが多い。それによって、同業他社との比較などが容易になる。
一方、PPIHの経営を見ていると、従来の発想を超えた広がりが感じられる。特定のセクターやビジネスモデルへの固執が感じづらいともいえる。ある意味、PPIHは常識にとらわれてこなかった。PPIHのビジネスの根源は、ディスカウントしてモノを販売することにある。その上で、個々の店舗が立地する場所に合った運営を重視している。
同社は、ディスカウント・ビジネスの競争力を引き上げることを通して、自社のエコシステム(生態系)を拡大しようとしているように見える。PPIHが買収したユニーの事業運営を見ると、それがよくわかる。ユニーの社長には、長崎屋のメガドンキへの転換を成功に導いた関口憲司氏が就任した。すでにPPIHはユニー傘下のアピタやピアゴをメガドンキに転換し、成果を上げている。
従来、ユニーはチェーンストアとして事業を運営してきた。しかし、環境の変化に直面したユニーは、客離れを止めることができなかった。
これに対して、PPIHは、店舗という“リアル”な世界(店舗空間)を変え、それに合わせて物流などを変革することによって、アピタなどの売り上げを増加させている。これは、重要な変化だ。PPIHはリアルな世界を変え、モノを買う欲求と、消費行動という“コト”を楽しむ心理を同時に満たしているといえる。
その意味で、PPIHの取り組みは“小売り・物流革命”というべきだ。長期間、PPIHの株価は右肩上がりだ。過去の経緯を基に考えると、市場参加者は同社がさらなる生態系の拡大にコミットすることに注目しているといえる。
世界への飽くなき挑戦PPIHはグローバル企業として、売上高2兆円規模を目指している。この目標実現のために、同社は大きな決断を下した。それが、これまでの成長を実現してきた大原氏から吉田氏への社長交代だ。
今後、PPIHの経営戦略の策定を吉田氏が担う。
この決定は実に興味深い。売上高2兆円規模を目指すために、PPIHはさらなる買収など従来以上に戦略を多様化し、リスクを適切に把握・管理していかなければならない。その上で、現地のオペレーションをスムーズに運営すべく、自社のビジネスモデルをしっかりと理解し、現地の商慣習や消費者の行動様式なども熟知したプロに店舗運営などの権限を委譲する重要性は高まっていく。
この点において、わが国の発想がそっくりそのまま海外で通用するとは限らない。国内の店舗運営に携わり、“たたき上げ”として出世してきた大原氏には、自社の国際化のためには異なるバックグラウンドと専門性を持つトップが必要と判断したのだろう。その考えのもと、コンサルティングファームなどで実務経験を積んだ吉田氏に経営のバトンが託された。
すでに米国ではITプラットフォーマーとしてのアマゾンの存在感が高まってきた。アマゾンの生態系拡大を受けて、米玩具小売り大手のトイザらスは事業継続をあきらめた。また、一時、米小売りの名門と称賛されたシアーズは経営破綻に陥った。
PPIHが新しい経営陣のもと、どのように米国などの消費者に実際の買い物の愉しみを実感させ、支持を獲得していくことができるか、その取り組みに注目したい。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)