コメ価格の高騰が続く中、パックご飯への注目が集まっている。流通科学大学教授の白鳥和生さんは「もともと、炊飯器を持たないタイパ重視の人が増えパックごはん市場は成長していたが、今後、海外展開を含めてさらなる伸びが見込まれる」という――。

■収拾の見込みがつかない令和のコメ騒動
「お米がない」「高すぎて買えない」――コメを主食とする私たちの食卓に、2024年から2025年にかけて大きな異変が起きている。猛暑と水不足の影響で令和5年産米は不作となり、政府は備蓄米を段階的に放出したものの、スーパーでは精米棚が空になるほどの事態が各地で続いた。様々な食品が値上がりする一方で、実質賃金は減少するなか、「令和のコメ騒動」とも呼べる事態は収まる見通しがない。
コメ不足への対応として、農林水産省は2025年5月末、入札方式ではなく随意契約方式で政府備蓄米を家庭向けに供給する販売スキームを構築。6月上旬からは、大手スーパーやコンビニで5キログラム袋・税抜き2000円前後の価格帯での販売が始まり、通常価格よりやや割安とあって販売開始直後には多くの店舗で行列ができるほどの反響を呼んだ。購入希望者の殺到を受けて、店頭では「一家族1点限り」の購入制限が設けられた例もある。
小泉進次郎農水相は会見で、「供給不安をあおることなく、冷静な購買行動をお願いしたい。国の備蓄は十分であり、必要に応じて迅速に対応する」と発言。パニック的な買い占めの抑制に努めた。
■過去最高を記録した「パックご飯」市場
この混乱のなか、メディアにはとりあげられないものの、静かに注目を集めているのが「パックご飯」だ。正式には「無菌包装米飯」と呼ばれ、炊きたての白米を無菌状態でパックに密封し、常温での長期保存が可能なよう加工された食品である。電子レンジや湯せんで温めるだけで、炊きたてのようなご飯が手軽に食べられる点が魅力だ。

日本では1970年代にレトルト赤飯などが登場し、1988年にはサトウ食品が電子レンジ対応の「サトウのごはん」を発売。従来の缶詰や真空パックとは異なる画期的な保存技術が話題となり、大ヒットを記録したことで、現在のパックご飯市場の礎が築かれた。
当初は防災用・非常食としての利用が中心だったが、いまや日常食としての地位を着実に築いた。業界団体の全国包装米飯工業会によれば、2024年のパックご飯の生産量は前年比10.9%増の23万トン超と、過去最高を記録。市場規模も600億円超に達すると見られる。
■炊飯器を持たないタイパ世代
コメ価格高騰以前から、パックご飯は着実に需要を伸ばしていた。背景には、単身世帯や共働き家庭、高齢者を中心とした食生活の変化、家事の時短志向、さらにはZ世代に見られる“タイパ(タイムパフォーマンス)”志向の定着がある。「ご飯は炊くものではなく、買って温めるもの」というライフスタイルが広がりつつある。
実際、炊飯器を所有しない世帯も目立つようになってきた。とくに都市部の単身者、学生、共働き世帯などを中心に「炊かずに済む」メリットが浸透。炊飯器の所有率は年々低下傾向にあり、こうした“炊かない派”のライフスタイルがパックご飯の後押しとなっている。
■炊いたほうが3倍は安いものの
標準的な180~200グラムのパックご飯1食あたりの価格は、近年では税抜きでおよそ150~180円が主流であり、家庭で米を炊く場合の1食あたりコスト(約50~60円)と比較すると、約3倍の価格差がある。
そのため、もともと「炊いたほうが安い」という認識は広く共有されていたが、利便性を重視する層の支持によって市場は成長してきた。
防災の観点からも注目度は高い。非常食を使いながら災害に備えるローリングストックの普及により、家庭で常備するパックご飯の需要が底堅く拡大。パックご飯は「新しい主食」としてのポジションを確立しつつある。
■市場をけん引する「サトウのごはん」
市場をけん引してきたのは、やはり先駆者・サトウ食品の「サトウのごはん」だ。価格帯は高めだが、炊きたてに近い味わいと品質を追求し続け、ブランド力と安定供給力で多くのリピーターを抱える。2020年代以降は新潟県三条市に新工場を増設し、生産体制を強化する一方で、採算の合わない一部商品の終売に踏み切るなど選択と集中も進める。
パックご飯は利便性だけでなく、製造から販売までのプロセスを内製化しやすい食品でもあり、高収益性を狙えるカテゴリーだ。炊飯工程を持たず流通に乗せやすい構造は、卸や物流企業にとっても扱いやすく、今後の成長戦略の軸として期待が高まっている。
競合他社も差別化に力を入れる。テーブルマークは「蒸らし工程」を加えた二段階加熱方式で食感を向上。東洋水産は「かため」「やわらかめ」など食感バリエーションを打ち出し、パーソナライズされた選択を提供。
アイリスフーズ(アイリスオーヤマ)は、精米から包装・物流まで一貫体制をグループ内で構築し、コスト競争力を高める。ウーケのように「北アルプスの天然水」を訴求する自然志向商品も台頭し、製品の個性化とチャネル多様化が同時に進む。
■グローバル現地調達・生産の商品も
輸出の伸びも注目される。2023年にはパックご飯の輸出額が約10億円に達し、アメリカ、香港、台湾、韓国などでの需要が拡大。特にアメリカでは、日本米人気を背景に現地スーパーやアジア系食品店で棚を確保。サトウ食品やアイリスフーズ、テーブルマークなどは輸出専用製品の開発や現地仕様への対応を進めている。植物検疫などの規制が緩やかなことも追い風となっている。
日本国内の原料米の不作と高止まりが続けば、国産米のまま輸出拡大を図る路線に加えて、現地での調達・生産によるグローバル展開も選択肢に浮上するだろう。いずれにせよ、パックご飯は“非常食”から“選ばれる主食”へと、そのポジションを大きく変えようとしている。
■「パックご飯」は日本の食文化を変えるか
物流の「2024年問題」や人手不足が深刻化する中、常温での長期保存が可能なパックご飯は、本来であればサプライチェーン効率化の観点からも注目されるべき商品だ。だが、その強みを活かすには、安定した需給と価格信頼性の確保が前提条件である。持続可能な調達・製造・供給のしくみをいかに構築していくかが問われている。

令和のコメ騒動は、単なる供給危機ではなかった。私たちが「主食」として向き合う米の存在や、そのあり方を根本から見直すきっかけとなった。日本の「炊飯文化」に新しい選択肢が加わった今、私たちは“主食のあり方”を改めて問い直すタイミングに来ているのかもしれない。

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白鳥 和生(しろとり・かずお)

流通科学大学商学部経営学科教授

1967年3月長野県生まれ。明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。


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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)
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