巨額赤字転落の日産
大荒れの株主総会に
予想通り、大荒れとなったのが日産自動車の2025年の株主総会だ。
25年3月期の最終利益が6708億円もの巨額赤字に転落した日産。4月に急きょ、内田誠前社長に代わってイヴァン・エスピノーサCPO(チーフ・プランニング・オフィサー=商品企画責任者)が社長に就任し、5月には再建計画「Re:Nissan」を発表した。
6月24日の株主総会は、そんなエスピノーサ氏にとって初めての大きな試練となった。
“ゴーンショック”以来の経営危機に再び陥った日産が、社長交代でこの危機を乗り切り、再生を果たせるのか――。社外取締役を含む取締役会メンバーへの不信感、株価低迷や赤字による無配転落など不満が鬱積(うっせき)した株主から、再建への期待と同時に経営への批判が渦巻いたのだ。
筆者は、一般株主として15年から毎回、日産株主総会に出席している。以前のゴーン元会長時代は、筆頭株主のルノーを意識して配当を積極的に行っていたし、ゴーン氏自らがサービスする株主懇談会も行われているなど、株主との関係性は良好だった。
だが、18年のゴーン氏の逮捕劇以降、後任の西川廣人元社長の報酬問題、元副COOの関潤氏の早期退任からアシュワニ・グプタ元COOの不可解な退任による“トロイカ体制”の崩壊など、ここしばらく、紛糾する株主総会も多かった。今回の株主総会も、株主から再三の動議がなされるなど、最終的に3時間を超える異例の長丁場となった。
現場にいた筆者としては、初の議長役を任されたエスピノーサ社長の表情はどこか不安げで、不満が鬱積した株主への対応も頼りなげだったという印象だった。
ここで、株主総会の大まかな流れを振り返ろう。
まず、10時スタートの株主総会は、巨額赤字転落に対するエスピノーサ氏の陳謝から始まった。再建計画の説明に進んだが、国内外7工場削減とうたったものの、国内工場の閉鎖など具体的な対象は「まだ決まっていない」と述べ、説明に30分もかけた割には具体的な中身はなく、筆者には冗長な時間に感じられた。
そこから、第1号議案から第7号議案の説明をすると、突然会場から「議長解任」の動議がなされた。これについては、事前に用意されていたであろう“台本”に沿って否決されたが、早くも総会は荒れ模様となった。
続いて、木村康取締役会議長から「ホンダとの経営統合破談について」の説明があった。「当初対等の統合を検討していたが、ホンダから日産への完全子会社化が提案されたことで、日産固有の持ち味を維持するのは困難と判断し、受諾しないことを取締役会で決めた。だが、ホンダとは引き続き、戦略的提携への検討を進める」と、従来通りの説明を繰り返した。
そして、株主からの代表質問に移ると、くじ引きにより16人の株主が決められ、質問が行われた。なお、この間も内田氏への発言を促す動議や8人の社外取締役不信任の動議がなされており、不穏な空気が流れていたが、いずれも粛々と否決された。
株主からは、エスピノーサ新社長に対し、決意表明や責任などを求める発言や、下請法違反への対応とサプライヤー対策、EV戦略からトランプ関税対応と、日産の経営方針に対する幅広い質問が行われた。果ては「やっちゃえ、日産」とCMが流れているが「何をやっちゃうの?」と揶揄(やゆ)する質問もあった。
議案の採決に移ると、会社提案の12人の取締役案などは可決され、第3~7号議案の株主提案はいずれも否決された。
それ自体はシナリオ通りといえるが、筆者が注目したのは、株主総会招集通知に「株主から木村康、永井素夫、井原慶子を選任しない(不再任とする)旨の株主提案がなされたが、会社提案に対する反対の意向表明と整理されるため、議案として取り扱わない」という趣旨の記載があったことだ。
その株主提案では、「日産の業績は壊滅的な状況にあり、25年3月期は国内完成車メーカー9社中、日産と日野自動車のみが最終赤字でその結果、日産の時価総額はスズキとスバル、いすゞ自動車にも抜かれて9社中6番目にまで落ちた。
これに対し日産は、3人が「当社の成長に寄与してきた実績があり、今後も彼らのリーダーシップが必要である」として、株主提案に反対を表明した。
業績悪化に対する株主の意見としては当然の内容だが、日産はあくまで3人の再任という“現状維持”を選択した。その姿勢は株主の目にどう映るだろうか。
また、株主の質問で上がったのが「巨額報酬」に対する不満だ。3月末をもって退任した内田氏、坂本秀行前副社長、星野朝子前副社長、中畔邦雄前副社長ら4人へ計6億4600万円もの「退任に伴う報酬」が支払われたことが招集通知に記載されており、「報酬委員会」への疑問の声が上がった。
赤字転落の“戦犯”である前経営陣への高額報酬は誰が聞いてもおかしいし、当事者は返上するのが当然と考えるのが世論だ。
だが、報酬委員長の井原慶子氏の説明は木で鼻をくくったような説明に終始した。役員報酬に関してはここ数年、毎年のように株主から不満の声が上がっていたが、今回も株主が納得する回答はなかった。
大荒れで長丁場となった株主総会だが、2年前の23年6月の株主総会でも、今回のような事態に至る“兆候”が見えていた。
当時、構造改革による業績改善やルノーとの資本関係改善などで経営は順調かに見えたが、23年の株主総会では、実質的な経営執行のリーダーと目されてきた当時のグプタCOOと、経済産業省出身で指名委員会委員長だった豊田正和社外取締役が退任したのだ。
グプタ氏は辣腕(らつわん)で知られ、ホンダのインド現地法人からルノー入りし、日産アライアンスで要職を務めたほか、内田体制でCOOに就く前は三菱自動車でCOOを務めており、ルノーも信頼を置いていた逸材だった。また、豊田氏も通商政策通であり、経産省のバックアップの要人でもあった。特にグプタ氏の退任には不可解な点があり、23年の総会ではグプタ氏に直接の弁を求める声が上がったが、当時の議長だった内田氏は、一切グプタ氏に発言させなかった。グプタ氏の退任に際して日産は、5億8200万円の退職慰労金を支払っている。
今回の総会でも、株主は内田前社長の弁を度々求めたが、結局自身で弁明することはなく、当時の“口封じ”をほうふつとさせた。
ルノーとの疎遠が鮮明に
新たな提携戦略が必須
さて、大荒れの総会なだけに、株主の発言や批判などに注目が集まるが、筆者は今回の株主総会の最大のポイントは、「仏ルノーのスナール会長が日産取締役から辞することで、四半世紀にわたるルノー支配が実質的に終焉。日産は自力再生ができなければ、どうなってしまうのか」という点にあると受け止めている。
今回の株主総会で、19年から日産取締役を続けてきたスナール氏と、ルノーの筆頭独立社外取締役であるフルーリォ氏が退任した。ルノーが指名する2人が新たに取締役に就いたが、直接のルノー関係者ではなく、ルノーの影響力が一段と低下することになるのだ。また、定款変更でスナール氏のためのポストである取締役会副議長も廃止された。
四半世紀前となる99年、巨額赤字を計上し2兆円を超える有利子負債を抱えた瀕死(ひんし)の日産に救済の手を差し伸べたのがルノーだった。ルノーは6430億円を日産に出資し36.8%の筆頭株主(その後43%に)となり、COOとしてルノーから派遣されてきたのがゴーン氏だった。
その後、政権が長期にわたる中で、16年に三菱自動車工業を傘下に収めたゴーン氏は、3社連合による世界制覇の野望を抱き、グローバル生産・販売拡大に拍車をかける。一方で長期政権の負の側面も浮き彫りとなり、18年にはゴーン氏の特別背任の疑いなどによる突然の逮捕と、19年末のレバノンへの逃亡によってゴーン時代は終わりを告げた。
だが、日産はそのゴーン時代の拡大路線のツケを払わせられる。生産・販売体制の無理な拡大が業績悪化につながり、それは現在まで尾を引いている。
そうした混乱が続く中で、日産の“手綱”を握ってきたのが、スナール氏だった。日産取締役会でのスナール氏の存在感は大きく、5年前の19年12月に社長に就任した内田氏とCOOのグプタ氏の人選でも、スナール氏の影響が大きかったとされている。
加えて、両社の資本関係も大きく変わった。一時は仏政府の意向もあり、ルノーが日産を統合するもくろみも存在したが、23年11月には、両社が15%ずつ相互出資する“対等関係”へと変わった。さらに、今年の3月にアライアンス契約を見直し、両社が相互出資しなければならない最低限の比率を15%から10%に下げると発表されている。
つまり、いまや日産は“ルノー支配”から明確に脱したことになる。資本面から見ても、スナール氏の退任から見ても、両社の“疎遠”は明らかだ。
日産は、ルノーが分社化して設立したEV会社「アンペア」への出資も見送った。ルノーでは、スナール氏とともにトップにあったルカ・デメオCEOが辞任し、仏ラグジュアリー大手のケリングCEOに転身する。ルノーの経営陣が刷新されることで、日産との関係も不透明感がある。
日産は再建計画の中で、三菱自も含めたルノーとの提携について、グローバル地域展開で協業を継続することにしている。だが、両社の実態を見れば、ルノーとは異なる新たな連合を組むことで生き残りを目指す、という選択肢も十分に考えられるのだ。
なお、スナール氏とフルーリォ氏は、今回の株主総会はパリからのモニター出席となり、両社の関係を薄める“静かな退任”となった。壇上に出席した内田氏が株主から再三、「経営悪化の説明、反省の弁を聞かせろ」と針のむしろ状態だったのとは、対照的だった。
日産再建を託されたエスピノーサ氏
課題は山積
さて、かつてのゴーン氏による日産再建は、当時の実力者のシュバイツァー会長によるルノーの後ろ盾と“持参金”に加え、ミシュラン時代から帝王学を若くして学んだゴーン氏のカリスマ性があって、V字回復につながった。
だが、今回の再建は前提条件が異なる上に、エスピノーサ氏の経営者としての手腕は未知数だ。
エスピノーサ氏は、メキシコ日産の商品企画を皮切りに、タイ日産など一貫して商品戦略・企画畑を歩んできた。日産本体でも商品企画で頭角を現した。しかし、子会社も含めて経営者の経験がない46歳という若さのエスピノーサ氏が、果たして日産の自力再生を達成できるのか。
さらには、提携路線にも不透明感が残る。ルノー支配から脱したいま、改めてホンダとの協業路線を強化し、再度の“統合”まで行き着くのか。はたまた新たな連携を求めるのか。
株主総会を乗り切っても、日産の行方は予断を許さない。
(佃モビリティ総研代表 佃 義夫)