混迷を極めた2020年東京五輪のマラソン・競歩会場の札幌移転問題は11月1日、IOC(国際オリンピック委員会)、大会組織委員会、東京都、日本政府の4者協議を経て、正式に札幌と決まった。これを受け、東京都の小池百合子知事は憮然とした表情で記者会見し、「東京での開催がベストとの判断は変わっていない」「都としては同意できないが、IOCの決定を妨げることはしない」と述べた。

東京都は納得していないという意味で、「合意なき決定」という言葉を繰り返した。

 五輪は大会の計画から運営、決定に至るまでIOCに権限がある。それは東京五輪の開催都市契約にも明記されている。IOCの決定は絶対で、東京都が異論を挟む余地はなかった。小池知事がどんなに悔しさをにじませても、どうしようもない。では、一連の騒動で「小池完敗」なのかといえば、それは違う。

 確かに、IOCのバッハ会長が10月16日突如、「暑さ対策」を理由にマラソン・競歩を札幌に変更する方針を示した直後は、小池知事は惨めだった。バッハ会長は札幌移転を「IOC理事会と組織委が決めた」として2者間の合意を強調。17日には組織委の森喜朗会長が「IOCと国際陸連が賛成したのを組織委がダメと言えるのか。受け止めないといけない」と発言。札幌移転の流れは決定的になった。

 政府も、北海道出身で元五輪選手の橋本聖子五輪担当相が「北海道がさらに大きな舞台となっていくのは非常に喜ばしい」とむしろ歓迎。

「この提案によって他の競技はどうなんだろうかという意見が出てくる」と、マラソン・競歩以外の移転の可能性にまで言及。札幌市の秋元克広市長も「札幌の町を世界中の方々に注目していただく機会になる」。北海道の鈴木直道知事も「万全の体制を取る」と前向きで、17日には早々に北海道と札幌市が受け入れに向けての実務者協議を行っている。

 東京都だけが反対で孤立。小池知事は完全に蚊帳の外で、意図的な「小池外し」といえる状態だった。小池知事がIOCの札幌案を知ったのは、バッハ会長の発表前日、10月15日だった。都庁にやってきた組織委の武藤敏郎事務総長から告げられ、小池知事は「晴天の霹靂」と明かしている。しかし、組織委はその1週間ほど前にはIOCの決定を知っていた。

小池包囲網

 IOCのコーツ調整委員長や政府、東京都関係者の話を総合すると、バッハ会長の発表までの動きは以下のようなものだった。

 酷暑のドーハ(カタール)で10月6日まで行われた世界陸上のマラソンで多数の棄権者が出たため、IOCで東京五輪のマラソン・競歩会場の移転計画が浮上。8日までにはIOCから組織委に札幌案の連絡が入ったとみられる。というのも、10日に予定されていた五輪チケットの2次抽選販売についての記者会見を、組織委は8日、延期すると急遽発表しているのだ。

9日には、森会長が首相官邸に出向き、安倍晋三首相に事情を説明。森会長は10日には橋本五輪相と秋元札幌市長と3人で会談している。

「札幌市は、小池知事が札幌案を知った15日には、すでに『喜んで受け入れる』という内容のコメントを準備していた」(組織委関係者)

「東京都への連絡が遅れたことについて、森会長は『IOCから、混乱するから東京都にはまだ話さず、最後に話すようにと言われた』と弁明していますが、森会長の個人的な“小池嫌い”が影響しているのは間違いない。日本新党の国会議員として初当選した小池さんが自民党に移った後、森さんは自分の派閥(清和会)に小池さんを受け入れて面倒をみてきた。しかし小池さんは、2008年の総裁選に森さんの制止を振り切って出馬。それ以来、森さんは『あいつは永遠に許さない』と恨んでいる」(清和会関係者)

 その後、小池包囲網は広まり、札幌市や北海道からは「移転費用は従来通り組織委と東京都が負担するものだ」とすら言われた。IOCも「予備費を充てるべき」と東京都の負担に言及。これには都議会で小池知事与党の「都民ファーストの会」が札幌開催なら費用が340億円超になるとの試算を発表して抵抗した。

来年の都知事選、小池氏が有利か

 こうした事実が徐々に明るみになると、都民の反発も強まった。小池知事も必死で巻き返し、10月25日の定例会見で、「都民からはマラソンや競歩を東京で見たいとの声をいただいており、思いを受け止めなければならない」と主張。都庁に寄せられた電話やメールの約9割は「札幌開催に反対するもの」だったという。

「さすがに、主催都市の東京都を後回しにする森会長のやり方はマズかった。

都民をバカにしただけでなくアスリートにも札幌移転への反対論が少なくなく、世論の批判は、リーダーシップを発揮できていない小池知事よりも、強権的なIOCとそれと結託した森会長へのほうが強まった。都民のために奮闘する小池知事への同情論も広がった」(自民党関係者)

 当然、小池知事もそれを意識しており、この間の発言では「都民を代表して」という言葉を連発。最終的に札幌移転は覆らなかったが、IOCから「札幌移転で生じる費用を東京都は負担しない」「マラソン・競歩以外の競技は移転しない」という言質を取り、都民に与える“損害”を最小限に食い止めたかたちとなった。「合意なき決定」と繰り返した11月1日の会見では、7~8月開催の夏季五輪について「北半球の都市にとって過酷だ」とIOCを皮肉るのも忘れなかった。

 その先に小池知事が見つめるものは、五輪直前の来年6~7月に実施される予定の都知事選での再選だ。

「都民のために闘って、移転費用負担を阻止した。東京開催のためにがんばった知事を、五輪直前に交代させるなんて、あり得ないんじゃないか。そもそも一般的に、首長は2期目の選挙が最も強いといわれますしね。森さんの独断先行は、来年の都知事選に向けた小池降ろしには逆効果だった。自民党はよほどの対抗馬を探さないと無理。丸川珠代参院議員を推す声もあるが役不足でしょう。小池さんの迷走で築地市場の豊洲移転が遅れたことや、『排除』発言が原因で国政挑戦に失敗したことなどの過去の“汚点”は、今回のことですっかり吹き飛んでしまった」(都庁関係者)

「政界渡り鳥」と揶揄されながらも30年近くしたたかに生き抜いてきた小池知事の本領発揮、ということか。

(文=編集部)

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