10月下旬、ソニーは長崎工場の生産能力を引き上げる計画を発表した。それによって同社は、CMOS(イメージセンサー)の生産体制を強化し、画像処理センサー需要の高まりに対応する目算という。
今後、注目したいのは、世界経済の先行きの不透明感が徐々に高まる中で、同社がどのように業績の拡大を実現するかだ。ソニーが技術力などの向上を通して新しいモノを世界に送り出し、それを通して人々に新しい価値観や生き方を提示し、共感を得られるのであれば、さらなる成長は可能だろう。ソニーが先端分野においてテクノロジーを生み出す力を高め、それを用いたヒット商品を創出していくことを期待したい。
新しいモノを生み出してきたソニーの力ソニーは、新しい発想を基に技術力を高め、それを用いた新しいモノを生み出し、成長してきた。
同社が生み出した「ウォークマン」はその代表例だ。その登場によって、世界の人々は、より気軽に、より良い音質で音楽を楽しむことができるようになった。ウォークマンを生み出したソニーは、アップルの創業者である故・スティーブ・ジョブズにも影響を与え、iPodなど、新しいモノの創造に少なからぬ影響を与えたともいわれている。
しかし、1990年代半ば以降、ソニーの経営は従来とは異なる考えを重視し始めた。それがコングロマリットの推進である。
ソニーのコングロマリット経営に関しては、数多くの指摘がなされている。論点を絞ると、コングロマリット経営の推進と引き換えに、ソニーは自社の強みを見失ってしまったと考える。
2000年代に入ってから、米国のITバブル(IT関連企業の株価高騰)の中で一時はソニーの業績期待が高まる場面はあった。
この結果、2003年4月に“ソニーショック”が起きた。同社の業績が大幅に悪化し、市場参加者に衝撃を与えてしまったのである。リーマンショック後も、同社への成長期待は盛り上がりづらい状況が続いた。
CMOSイメージセンサー事業の重要性2012年以降、ソニーは自社の強みを取り戻すべく改革に取り組んだ。
それを支える一つの要素に、5G通信がある。5G通信が普及するとともに、世界全体で通信速度が高まる。
さらに5Gの普及に伴い、モノのインターネット化(IoT)への取り組みも加速するだろう。人工知能(AI)を私たちの“脳”にたとえるとすれば、CMOSイメージセンサーは“眼”に位置付けることができる。企業の生産現場をはじめ、家庭でもAIを搭載したIoTデバイスが浸透しつつある。
AIやCMOSイメージセンサーを用いることによって、私たちはリアルな世界(身の回りで起きている現象)を、より細かく、よりダイナミックにとらえることができるようになると期待される。実際に起きていることを、私たちが認知する以上により細かくとらえることができれば、人々はよりよい生活を手に入れることができるだろう。ソニーがCMOSイメージセンサー分野での競争力を高めてきたことは、今後のネットワークテクノロジーの加速化とその実用化に対応し、収益を得ていくために重要だ。
ここへきて原点回帰を進めるソニーソニー経営陣がCMOSイメージセンサー事業の強化を重視していることは、同社が新しいモノの創出を通して需要を生み出すという原点をしっかりと認識し、その力を高めようとしていることといえる。すでに、その経営方針は成果を上げてきた。本年4~9月期、ソニーの連結営業利益は5098億円となり、前年同期から17%増えた。上半期の業績としては3期続けての過去最高益だ。
昨年来、米中の貿易摩擦の激化などを受けて世界経済の先行き不透明感は増している。この環境下、ソニーでは、CMOSイメージセンサーに加え、映画、音楽などの分野でも収益が獲得され業績が拡大している。ソニーはリーマンショック後のように金融ビジネスに依存した収益体質を改め、自社の強みを認識しなおすことを通して、分散された、持続性ある事業体制を整えることができつつあるといえるだろう。
今後、ソニーに期待したいことは、自社の強みであるテクノロジーの創出力を高め、他企業にまねできないプロダクトを生み出し続けることだ。そのためには、研究開発を含め、同社が連続的かつより迅速に、新しい発想の実用化を目指すことが欠かせない。それが、ソニー流のモノづくりといえる。
経営陣はこの点を冷静に理解していると考えられる。ソニーがコングロマリットの経営を見直すことは容易ではない。それにはあまりに多くの負担が伴うだろう。半導体事業の分離は、ソニーが本来の強みを見失うことにもなりかねない。
利害関係者の納得を得るために、ソニーはさらに先端分野での研究開発体制を強化し、新しいテクノロジーやモノの創出に取り組み、さらなる成果を上げる必要がある。すでに中国経済の減速は鮮明化し、成長率を高めることは限界を迎えている。先行きの不確定要素が徐々に増える中、ソニーが人々の生き方を変えるほどのマグニチュードを持つソフトウェアなどを生み出し、さらにはプロダクトへの実装を通して新しい需要を創出することができるか否かが注目される。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)