この夏、東北自動車道上り線・佐野サービスエリアの従業員による1カ月間のストライキが大きな話題になりました。それが最近になり会社側から、夏のストライキが違法だとして、組合に対して一日当たり800万円の支払いを求める騒ぎが起こり、11月8日に1時間の再ストライキを決行したと報じられました。

 ストライキの発端となったのは、7月に従業員が会社側に対して、厨房に冷房設備を入れてほしいと要望したことでした。サービスエリア名物の「佐野ラーメン」をつくる厨房の気温は40度を超えるそうで、従業員の方々はこれまでよく我慢してこられたと思います。ところで、何よりもストライキという言葉を日本で久々に聞いた気がしました。

 僕の子供の頃には、ストライキは風物詩のように行われていました。JRの前身である国鉄のストライキなどは、産業にも打撃を与えることはもちろん、小学校の給食にまで影響がありました。ある日の給食の時間に配られた食事は、牛乳、パン、ゆで卵1個、マヨネーズのみでした。不思議に思っているところに、給食室から校内放送が入りました。

「今日は国鉄がストライキをしていて、給食のおかずの材料が来ないため、ゆで卵を潰しマヨネーズを絡めて、パンに挟んでたまごサンドイッチをつくってください」

 子供心には、急なハプニングが楽しかったことを覚えています。当時は子供が多かった時代で、僕の小学校もマンモス校でした。学校給食調理員が、大急ぎでゆで卵を1000個以上つくったことを想像すると、大変な作業だったと思います。

 さて、現在の日本ではあまり聞かなくなったストライキですが、指揮者にとって一番困るのは、海外の航空会社のストライキです。欧米では、指揮の依頼が来て、最初にマネージャーがするのは、飛行機のスケジュールを確認することです。

飛行機の便をうまく確保できなければ、どんな依頼でも泣く泣くあきらめることになります。僕も、日本の地方都市で土曜日の昼にコンサートを指揮して、汗だくのまま新幹線に乗って成田空港に向かい、そのまま夜の便で南アフリカに飛んだり、ヨーロッパから帰国した足でリハーサル会場に直行したことが何度もあります。しかし、ストライキがあるとすべてのパズルが壊れてしまうので、困るどころではありません。

シカゴ交響楽団、楽団員の驚愕の高収入

 僕がまだ英国に住んでいた頃の話ですが、英国航空のストライキがありました。それは、パイロットやキャビンアテンダントではなく、機内食の関連会社の従業員によるストライキでした。僕としては、「たった数時間のフライトで食事なんて要らないから、飛ばしてほしい」と思いましたが、フライトはキャンセルされました。ひとつの部門だけのストライキであっても、すべてが動かなくなってしまうのです。

 ひとつの部門のストライキといえば、ヨーロッパのオペラ劇場のストライキは、とても複雑です。歌手やオーケストラはスタンバイしていても、衣装係や大道具係のストライキが起こってしまえば、もうオペラはできません。もちろん、劇場のオーケストラのストライキもあります。楽員が別々の労働組合に所属している場合もあり、一部の楽員が自分の組合が決めたストライキを決行したために、上演全体が困難になることもあるのです。

 オペラ劇場オーケストラのストライキで、伝説的なエピソードがあります。

それは、イタリアのオペラの殿堂ミラノ・スカラ座で起こりました。理由は楽員の待遇改善、つまりは給与を上げろということですが、当時の音楽監督リッカルド・ムーティ氏は、空になったオーケストラピットにピアノを持ってきて、オーケストラ・パートをピアノで見事に弾きこなして上演を実現し、大絶賛を浴びました。そんなムーティ氏が現在、音楽監督をしているのは、世界三大オーケストラのひとつ、アメリカのシカゴ交響楽団です。そしてなんと今年、楽員により行われたストライキの際には、楽員側に立ったのです。

“一般楽員の基本給を毎年5%ずつ上げて、3年後に年収16万7000ドル(約1820万円)”という楽団の申し出をはねつけて、“毎年12.5%ずつ上げ、3年後に年収17万8000ドル(約1940万円)”という条件を楽団に訴え、楽員は2カ月間も楽器の代わりにプラカードを掲げたのですが、その金額の大きさに驚きます。ちなみに、シカゴ交響楽団のコンサートマスターの年収は51万459ドル(約5570万円)です。

 アメリカのオーケストラが通常行うストライキは、ヨーロッパのオーケストラのストライキとは違い、経営が傾いた楽団が苦肉の策として“賃金カットをしたい”という申し出をした際に対抗して行うことが多いのですが、どちらにしても音楽ファンにとっても不幸な話です。

フィンランドの郵便局でストライキ決行中

 今週、日本を除く欧米のマクドナルドの従業員によるストライキのニュースも報じられているように、欧米ではストライキはまだまだ盛んです。そんななか、同じ欧米でも僕の第二の音楽の故郷であり、2019年度世界幸福度ランキング第1位のフィンランドでは、労働争議などなく、現在の日本のようにストライキとは無縁な生活と思いきや、実は今、郵便局員によるストライキが行われています。2週間の予定ですが、12月8日までの延長もあり得ると報道されています。インターネットの時代とはいえ、やはり大きな物流に支障が出るわけで、産業への打撃も大きいですし、何よりも12月に入れば、欧米では郵便局がてんやわんやとなるクリスマスシーズン。通常は3~4日で届く郵便物が数週間かかることもよくあるこの時期にまでストライキを仄めかす労働組合との交渉は、山場を迎えているようです。

 フィンランドは西側諸国の一員ですが、1991年までは西の国境線の向こうはソビエト連邦だったこともあり、社会主義の影響が強い国です。今年4月の総選挙では、フィンランド社会民主党が第一党に返り咲いたくらい、今もなお社会主義の地盤が強く、まだまだ労働組合も盛んです。ちなみに、僕は8年間芸術監督を務めていたオーケストラのコンサートホールは、100年前に設計された美しい歴史的建造物ですが、本来は社会民主党の建物だったそうです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

●篠﨑靖男
 桐朋学園大学卒業。1993年アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールで最高位を受賞。その後ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクール第2位受賞。
 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後、英ロンドンに本拠を移してヨーロッパを中心に活躍。ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団、BBCフィルハーモニック、ボーンマス交響楽団、フランクフルト放送交響楽団、フィンランド放送交響楽団、スウェーデン放送交響楽団など、各国の主要オーケストラを指揮。
 2007年にフィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者に就任。7年半にわたり意欲的な活動でオーケストラの目覚ましい発展に尽力し、2014年7月に勇退。
 国内でも主要なオーケストラに登場。なかでも2014年9月よりミュージック・アドバイザー、2015年9月から常任指揮者を務めた静岡交響楽団では、2018年3月に退任するまで正統的なスタイルとダイナミックな指揮で観客を魅了、「新しい静響」の発展に大きな足跡を残した。


 現在は、日本はもちろん、世界中で活躍している。ジャパン・アーツ所属
オフィシャル・ホームページ http://www.yasuoshinozaki.com/

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