9月20日に開幕し、11月2日に南アフリカの優勝によって幕を閉じた「ラグビーワールドカップ2019日本大会」。事前の予想を大きく裏切り、関係者も驚くほどの盛り上がりを見せたのはなぜなのか? ラグビー日本代表チームにおいて、海外にルーツを持つ選手を追ったルポ『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)の著作があるノンフィクション作家の山川徹氏が、その理由に迫る。
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ラグビーW杯が終わり、2週間が過ぎた。
W杯前、日本でこれほどラグビー熱が高まるとは誰が想像しただろうか。
いまも、ワイドショーやバラエティ番組に日本代表選手たちが出演し、書店には関連する書籍が並び、ネット上でもラグビー関連の記事が日々発信されている。
ブームのトリガーとなったのは、史上初のベスト8進出を果たした日本代表の躍進に違いない。だが、ラグビーに馴染みが薄かった人たちの心をつかんだのは、日本代表の活躍や激しいプレー、ゲームの面白さだけではなかったように思う。ラグビーというスポーツが培ってきたカルチャーにふれたからこそ、たくさんの人がラグビーの虜になったのだ。
44日間の開催期間に起きた出来事を振り返ってほしい。日本代表にかかわるものだけでも、こんなエピソードが思い浮かぶ。
被災地でボランティア活動を行ったカナダ代表9月20日のロシアとの開幕戦後、日本代表主将のリーチマイケルが、相手チームのロッカールームを訪ねた。日本代表チーム内で決めたロシア代表チームのMVP選手の健闘をたたえ、模造刀を渡すためだった。
9月28日のアイルランド代表との第2戦。日本代表は、W杯前に世界ランキング1位だったアイルランドを破った。
ノーサイドのホイッスルが響いたあと、アイルランドの選手たちは客席にあいさつすると2列に並んで、ピッチを去ろうとする日本代表を賞賛の拍手で送り出した。死力を尽くしたゲームのあと、敵味方のサイドがなくなり、仲間になる。それが、ラグビーならではのノーサイド精神である。アイルランド代表がノーサイド精神を体現した光景は、ジャイアントキリング以上に、熱戦を見守った世界中の人たちの胸を打った。
10月5日のサモア戦の前には、サモア代表が公の場ではタトゥーが目立たぬよう長袖のシャツを着用していると報じられた。サモアやトンガなどポリネシアの国々では、タトゥーは家系やルーツを表現する伝統文化である。一方、日本では入れ墨やタトゥーは、反社会組織と結びつけて考えられる。サモア代表は日本の慣習を尊重したのである。
決勝トーナメント進出を決めた10月13日のスコットランド戦後に記憶に残ったのは、日本代表のトンプソンルークのコメントである。
「台風に比べて、ラグビーは小さいことね。亡くなった人もいる。
彼は自分たちの勝利を喜ぶよりも先に、台風19号の被災者を気遣ったのだ。
また、試合後、観客席に向かってお辞儀する各国代表選手たちや、他国の国家を大声で歌うエスコートキッズの姿も話題になった。
カナダ代表は、釜石で10月13日に開催予定であったゲームが台風19号の影響で中止になったあと、被災地でボランティア活動を行った。路上に積もった土砂をスコップでかき出す大男たちに、日本中から感謝の声が送られた。一方、カナダの対戦相手だったナミビア代表は、宮古駅でファンとの交流会を行った。岩手の子どもたちにサインを書いたり、記念撮影をしたりして、被災地を元気づけた。ナミビア代表が宮古市に打診し、実現したイベントだった……。
ラグビー憲章の「情熱」「結束」「品位」「規律」「尊重」こうして振り返ってみると、ラグビーには選手が互いに健闘をたたえ、賞賛し合って、他者を思いやる文化が根付ているように思える。
それは、ラグビーというスポーツが長年、大切に守ってきた「価値」に由来する。
世界のラグビーを統括するワールドラグビーが掲げる「ラグビー憲章」に5つの「価値」が明記されている。「情熱」「結束」「品位」「規律」そして「尊重」の5つである。
ラグビーは、見ての通り、肉体を極限まで鍛え上げ、ぶつかり、ボールを奪い合うスポーツだ。闘争本能剥き出しの姿は、原始的ともいえる。
けれども、原始的な闘争本能だけでぶつかり合っていたら、やがてただの殴り合いのケンカになってしまう。だからこそ「規律」と「品位」が重要になる。
「情熱」がなければ、200センチ、120キロに迫る巨人にタックルできない。
さらにラグビーは球技としては最多の1チーム15人でプレーする。一人ひとりが自分勝手に動いたら、チームとして機能しない。ここで必要になるのが「結束」と「規律」である。
そして5つ目の「尊重」。
ラグビーでは、100キロを超える巨漢にも、160センチ程度の小兵にも、200センチを超える長身にも、足が遅くても、さほどパワーがなくても、それぞれに特技や長所を活かせるポジションやプレーがある。個性が異なる15人が、ひとつのチームをつくる。だからこそ、ラグビーは多様性のスポーツなのだ。
自分にはない特徴や個性を持ち、異なる役割を果たしてくれるチームメイトの存在なくしてはチームは戦えない。加えて試合をするには、最低でも15人の相手とレフリーが必要だ。相手チームやレフリー、応援してくれるファンを「尊重」しなければ、ラグビーは続けられない。
そうしたラグビーカルチャーが凝縮されたのが、優勝した南アフリカキャプテンのシヤ・コリシの言葉だろう。母国で応援する貧民街に住む人やホームレスの存在にも触れて、彼はこう語ったのだ。
「私たちは異なるバックグラウンド、異なる人種が集まったチームだった。でも、ひとつの目標を持ってまとまり、優勝したいと思ってきた。それが証明できた。目標を達成したければ、異なる人種や文化を持つ仲間たちと協力し合えるということを……」
格差と分断が広がる現代ニッポンその言葉を体現して、日本に示したのが「one team」を掲げた日本代表チームである。
改めて説明すれば、日本代表は、ニュージーランド、トンガ、オーストラリア、南アフリカ、サモア、韓国、そして日本の7カ国にルーツを持つ選手からなる多国籍チームだった。海外にルーツを持つ選手は31人のメンバーのうち、約半数を占めた。
日本代表が、そして南アフリカ代表が、異なる文化や言語を持つ仲間とともにスクラムを組み、ひとつになれると証明した。
日本は4月から外国人労働者の受け入れをスタートさせた。ラグビーのありようは、国際化が進み、他者との共生が求められる、日本社会の指針になるはずだ。格差と分断が広がり、他者の尊厳を踏みにじる言葉が飛び交う社会に暮らすからこそ、他者を尊重し、ルーツをこえてひとつの目標に向かう日本代表を、たくさんの人たちが応援し、熱狂したのではないかと感じるのである。
(文=山川 徹)
●山川 徹(やまかわ・とおる)
ノンフィクションライター。1977年、山形県生まれ。東北学院大学法学部法律学科卒業後、國學院大學二部文学部史学科に編入。著作に、『捕るか護るか? クジラの問題~いまなお続く捕鯨の現場へ~』(2010年、技術評論社)、『カルピスをつくった男 三島海雲』(2018年、小学館)、『国境を越えたスクラム ラグビー日本代表になった外国人選手たち』(中央公論新社)などがある。