11月も終わりに近づき、鍋料理の恋しい季節となりました。中国からの観光客増加に伴うインバウンド消費と関連して最近、街角でよく目につくようになったのが、火鍋を提供する飲食店です。
火鍋は、中国では広く一般に食べられている、トウガラシなどの中華スパイスやニンニクを多用した辛い鍋料理です。肉、野菜、キノコ、海鮮など具材は海山問わずありとあらゆるものが用いられますが、火鍋は内モンゴルの羊肉料理を起源としているため、肉は基本的にラム(子羊)肉が使われることが多いようです。
丸い平鍋を湾曲した仕切りで仕切って、麻辣(マーラー)と白湯(パイタン)など複数の味を楽しめるのも、日本の鍋料理にはない特徴です。この鍋は中央の仕切りを太極、つまり中国哲学において、すべての物の実在を規定する唯一の根元の陰陽に見立てています。味も食べ方も自由度が高く、日本人にはラムが苦手な人も多いことから、牛肉をしゃぶしゃぶのようにして軽く湯に通し、ネギやゴマをベースとしたタレにつけて食べることも一般的です。
一口食べると体の中から熱がわいてきて脂肪の燃焼を感じますし、たっぷりのニンニクによって精力もつき、翌日には腸もスッキリです。日本人向けの火鍋では辛さがほぼないスープを選べる店もありますので、辛い食べ物が苦手な方も、ぜひこの冬には試してみてください。仕事の疲れも吹き飛ぶこと請け合いです。
必須アミノ酸をバランスよく含むラム肉さて、時には「獣臭い」などと言われて敬遠されることもあるラム肉ですが、栄養の観点からは非常に価値があります。羊は、人類が犬の次に家畜化した動物だとされています。その理由は、牛の10分の1ほどの大きさで扱いやすく、群れをなす習慣があるため飼育管理が楽だったからと考えられますが、無意識のうちに、その栄養価が認められていたのかもしれません。
ラム肉は牛肉よりもきめが細かく、煮ると脂肪の一種であるトリグリセリドがスープに溶け出して風味を高めるため、火鍋を調理する際にはラム肉を最初に入れて沸騰させるのが基本手順です。
若い羊の肉をラム、成熟した羊の肉をマトンと呼び分けますが、このにおいは年をとるほど強くなる傾向にあります。においの原因は「スカトール」という化学物質で、アルファルファやクローバーをエサにして育てると、特ににおいが強くなるため、ニュージーランドで日本向けに育てられる羊は子羊時代には穀物をエサとして与えて育て、においを抑える工夫をしていることも多いようです。
フランスなど欧州では逆にこのにおいが好まれる国もあり、牧草を使って年をとらせ、さらに食肉処理後1週間以上熟成させて非常に濃厚な味とにおいにして、ステーキやハムにして食されたりもしています。
ラム肉はほかの肉に比べてさまざまな栄養素をバランスよく含むため健康に良いとされ、ダイエットに効果のある肉として人気が高まっています。特徴的な点は必須アミノ酸を豊富に含むことです。私たちの体を構成している筋肉や臓器は元をたどればタンパク質からできていますが、アミノ酸はタンパク質の原料となります。そのなかでも必須アミノ酸と呼ばれる、体内で合成することができず、必ず食品から摂取しなければならないアミノ酸(人間の場合はバリン、ロイシン、イソロイシン、トレオニン、リシン、メチオニン、フェニルアラニン、トリプトファン)8種類を豊富に含むのです。
さらにビタミン類も多く含まれ、特に脂肪を燃焼させる作用があるビタミンのL-カルニチンがラム肉の特徴です。カルニチンはもともと私たちの体内にも存在していますが、加齢とともに失われていきます。そのため、火鍋にラム肉を入れて食することは、香辛料による新陳代謝の活性化とラム肉のカルニチンによる脂肪燃焼で、より一層の健康効果が期待できます。
最後に話はスカトールに戻りますが、いかにも臭そうな名前のスカトールは想像通り、ギリシア語で糞を意味する「skato」から命名された化学物質です。
(文=中西貴之/宇部興産株式会社 品質統括部)
【参考資料】
『マギー キッチンサイエンス -食材から食卓まで-』(共立出版/Harold McGee 著、香西みどり監訳、北山薫、北山雅彦訳)
「食品成分データベース」(文部科学省)