大阪地検で、護送中の被告を取り逃がす事態が相次いでいる。世間を不安に陥れながら、検事正も出てこず、一切情報を明らかにしない高飛車な記者会見を開くだけだった――。

 11月9日午前4時頃、大阪府東大阪市の路上で、覚醒剤取締法違反などで起訴されていた大植良太郎被告(42)が河内署から枚岡署へ護送中に逃走した。11日午後2時頃に大阪市内の淀川にかかる十三大橋を歩いている姿を発見され、身柄が確保された。大植被告は保釈中だったが3度にわたり公判に出廷せず、保釈が取り消されて8日に収監されていた。

 この間、東大阪市の小学校などでは、児童が保護者に付き添われて登校するなど周囲は不安に陥っていた。しかし、潜伏していたとみられる大阪市には、大阪地検から何も伝えられていなかった。

 今回、ワゴン車には同被告のほか、地検の男女3人の事務官が乗っていた。

女性は運転。2列目に男性の事務官1人、3列目に被告と男性事務官1人が乗り、両側から大植被告を挟むように座ることもしていなかった。「まもなく着きます」と2列目の事務官が枚岡署に電話している時、大植被告が「手錠がきつい。外してほしい」と申し出た。隣に座る事務官は言われるままに片方の手錠を外した。すると同被告は突然、暴れ出して2列目の席に飛び移り、ドアを開けて逃げようとした。
2人で制しきれず、慌てて運転席から降りた事務官が外からドアを押さえたが、力負けして逃走してしまった。車のチャイルドロックもかけていなかった。結局、2日間の逃走後、加重逃走罪容疑で逮捕された。

 事務官らは「油断していた。まさか逃げると思わなかった」「すごい力で止められなかった」などと話しているというが、検察事務官は検察官同様、逮捕術などの訓練などまったく受けていない。肉体的に屈強な人物が採用されるわけでもない。

しかし、犯罪容疑者は起訴されて被告人となってからは、その身柄拘束は警察ではなく検察の責任になる。護送などの際も、粗暴犯や暴力団関係などでなければ警察に応援を求めず、事務官任せになることがほとんどだ。

 大阪地検では10月30日にも、岸和田支部で収用手続き中だった野口公栄(きみえ)被告(49/自動車運転死傷行為処罰法違反)が護送中に逃走し、野口被告の息子が運転した軽自動車に男性事務官がはねられる事案が起きている。野口被告はすぐに捕まったが、この際、大阪地検は岸和田市になんの連絡していないことが問題となった。今回は逃走から2時間後に東大阪市には伝えたが、被告をかくまったとみられる友人の車が大阪市住吉区で見つかり潜伏していると見られたのに、大阪市には伝えなかった。

「回答を差し控える」の連発

 こうした事態に、大阪府の吉村洋文知事は「2件たて続けに(逃走事案が)起きるなどあってはならない。

府民に新たな犯罪被害が生じることがあるとすれば影響は甚大」とし、「再発防止の抜本的対策を求める要望書を田辺泰弘検事正に送った。

 相次ぐ不祥事を受け、大阪地検の上野暁(さとる)総務部長は11日に報道各社に応じたが、「回答を差し控える」を繰り返すだけ。筆者は会見には出席していないが、会見は休憩を挟んで3時間半に及んだという。記者からは逃走時や確保した時の状況、大阪市内で潜伏していた可能性を公表しなかったことなどについて質問が相次いだが、「今後の業務に差し支える」として何も回答しなかった。「捜査上の秘密」を錦の御旗にする検察庁の辞書には「情報公開」や「説明責任」の文字などないのだ。

 1日前に就任会見をしていた田辺検事正も次席検事も、記者たちの要請にもかかわらず出てこず、すべて総務部長任せ。

それでも田辺検事正は各新聞が着任直後に「人」欄で取り上げる恒例のインタビューには嬉々として応じるのだろう。笑ってしまう。

 民間会社などが市民に不安を与える不祥事を起こした場合、幹部たちが会見で必死に謝罪する姿が報じられる。ところが大阪地検の会見では、カメラの持ち込みすら許可しなかった。地検幹部は読売新聞の取材に「大植被告は凶悪犯とまでは言えないことや、保釈中は社会にいたことから危険性は高くないと判断した」と答え、大阪市に伝えなかったことには「潜伏していた情報はあったが、正確とまで言い切れなかった」と答えている(11月13日付読売新聞より)。

 逃走から身柄確保まで大植被告をかくまっていたとみられる友人の塗装工(37)を、大阪府警が犯人隠避容疑で逮捕した。

変な言い方かもしれないが、大植被告をかくまった人物がいたため、社会への危険性が減じられたのかもしれない。覚醒剤使用歴のある男が飲食などに窮して追い詰められれば、周囲が危険な状態になる可能性もある。

ノウハウの伝承に問題か

 基本的な行動を欠く事務官の失態が相次いでいる理由について、大阪地検のあるOBはこう話す。

「犯行現場や家宅捜索に被告本人を連れていくこともあれば、実刑収監させるときなど、事務官が被告人と同行する場面は多い。もちろん、逃げられては一大事。検察庁内の資料課や執行担当などの専門部署が、それぞれの場面について細かいノウハウを先輩から伝承してきていた。そういう伝承が最近、なくなっているのではないか」

 司法試験に合格した検察官が中心をなす「インテリ集団」の検察庁は、政治家の汚職や大企業幹部の背任罪など経済犯罪事案には格好よく「巨悪を挫く」と力を注ぐが、件数も膨大な交通事案や覚せい剤事案などは、検事にとってはおもしろくもないのかもしれない。

 しかし、警察が苦労して逮捕した被告人を簡単に取り逃がしているのでは、なんにもならない。護送の際のチャイルドロックも義務付けられてはいなかったという。手錠の扱いや、挟んで座ることなど基本的な対応の徹底に加えて、屈強な事務官を養成するなり、もっと警察官を同行させるなり、根本から対策を講じるべきだ。

(文=粟野仁雄/ジャーナリスト)