11月28日に俳優の菅原文太さんが死去したとのニュースが、12月1日に全国を駆け巡った。菅原さんは晩年に芸能活動を縮小し、積極的に政治活動にも取り組んでいた。

奇しくも、訃報が流れた翌日に衆議院総選挙が公示された。

 菅原さんは11月16日に投開票された先の沖縄県知事選でも、応援弁士としてマイクを握っている。党派を問わず、自身の理念に近しい候補者の応援演説に積極的に登壇していた。

 そうした菅原さんの政治活動に賛意を送る有権者は少なくないが、菅原さん以外にも選挙の応援弁士として選挙カーに登ったり、決起集会に顔を出す著名人は多い。一例を挙げれば、1999年と2003年の都知事選では舘ひろしさんをはじめとする石原軍団、07年の大阪市長選では歌手の杉良太郎さん、同年の参議院選挙ではタレントの久本雅美さん、10年の参議院選挙では実業家の堀江貴文さん、12年の衆議院選挙では歌手の沢田研二さんや松山千春さん、12年の都知事選ではベストセラー作家の百田尚樹さんが選挙の応援演説に駆けつけている。

 著名人が政治に関与する場合、その多くは非政府組織(NGO)や特定非営利活動法人(NPO)などを通じた社会貢献活動だが、自らが選挙に立候補して政治の世界に飛び込むことも珍しくはない。政党は著名人の知名度・影響力を利用して、党勢拡大をもくろむからだ。その弊害として、選挙を政策競争ではなく知名度競争に変質させてしまった側面がある。そうしたことから「選挙が人気投票化している」といった批判も聞かれる。

 しかし、まったく知らない人よりもテレビで親しみを感じるタレントに一票を投じてしまう有権者の心情は十分に理解できる。その一方で、タレントは知名度があっても政治の素人であるのも事実であり、素人に国の運営を任せるのは不安だと考える有権者がいることも仕方がないだろう。

●芸能人に間近で会えるイベントとしての街頭演説

 そんな相反する心情を納得させる方策が、著名人に応援弁士として協力してもらう選挙戦略なのである。


 有権者にしてみれば、選挙の街頭演説に足を運べば芸能人を間近に見ることができて話も聞けるうえ、運がよければ握手や記念撮影までできる。街頭演説は見方を変えれば一種のファンミーティングともいえ、さながら選挙活動を名目に無料で楽しむことができるイベントである。

 ただし、街頭演説で歌手が歌を披露することは利益供与に当たるとして公職選挙法で禁止されている。「何を利益供与と見なすのか」という基準はあいまいで、元プロレスラーで現参議院議員のアントニオ猪木さんは、「闘魂注入」と称した平手打ちをするパフォーマンスで人気があるが、以前にこの行為が「利益供与に当たるのではないか?」と真剣に議論されたことがあった。

 ちなみに、街頭演説のギャラリー側にも芸能人を見掛けることもある。タレントの春香クリスティーンさんやお笑いタレントの大川豊さんは政治通でもあり、街頭演説に足しげく通っているようだ。

 気になるのは、応援弁士には年配の有権者に人気のあるタレントが多いことだ。その理由はいたって簡単で、「若年層は選挙に行かないから票につながらない。どうせタレントを呼ぶなら、年配者に受けのいい芸能人にしよう」と、各政党が考えているからにほかならない。逆説的に、若者が積極的に政治に関与し投票率が上がれば、人気アイドルや今をときめくお笑い芸人などが応援弁士として現れるようになるかもしれない。

 選挙にはこうした楽しみ方や参加の仕方もあるのだ。投票日まで残りわずかだが、タレント目当てに街頭演説に足を運んでみるのもいいかもしれない。

(文=小川裕夫/フリーライター)

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