この連載では、知を創造する(イノベーションを起こす)基本的なプロセス、知識創造理論のSECI(セキ)モデルを紹介し、それをビジネスパーソンのキャリア形成に当てはめた「SECIキャリア」モデルを解説している。知識創造型人生を歩み、知識創造企業づくりに貢献するキャリアのあり方だ。



 これまでに、第一段階の「Socialization」のステージとして、20代の暗黙知の蓄え方、そして第二段階の「Externalization」のステージとして、自分の立ち位置をはっきりさせる30代の過ごし方、第三段階の「Combination」のステージとして、自分の専門分野から飛び出し、他分野の世界とつながって大きな構想をはぐくむ40代の重要性を伝えてきた。

 そして今回は、SECIモデルの最後の「I」、つまり「Internalization」について考えてみたい。Combinationのステージでは、異分野を取り込んだ大きな構想を打ち立て、自分らしい課題を設定し、実行に移すことが重要だった。40代で創造的に知を実現し、世の中に価値を生み出すことができれば、「社会の進歩という文脈の中で、今の仕事の意義について語ることができますか?」という質問にも、きちんと答えられるだろう。

 多くの仕事は当然のことながら、社会の進歩と密接なつながりがある。しかし、もう一歩入り込み、「『世の中視点』で見ても、そうですか?」と問われたらどうだろうか。

 自分視点ではなく、世の中視点で見るというのは、どういうことだろうか。それは、今の仕事について「もっとこうしたら良くなるのに」という思いを放置せず、「でも、自分の仕事はここまでだから」とあきらめず、自分の所与の責任範囲を超えて「こうあるべきだ」という姿を追い求めているかどうかだ。そこまで行ってこそ「世のため人のため」と言えるのではないか。

 経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは、「イノベーションは知性の偉業ではなく、意志の偉業である」という言葉を残しているが、居心地の良い範囲内で終始してしまうのではなく、あえて火中の栗を拾い、修羅場をくぐり抜け、未知のコミュニケーションに飛び込み、Combinationに進むかどうかが大事である。

 そういった意志で40代を過ごすことができれば、得られる学びや気づきは、とてつもなく大きいものになるはずだ。Combinationというのは、知を貪欲に広げる生き方であり、決して楽ではないが、スリリングなものである。


 こうした40代を過ごした人は、楽しい50代以降を迎えることができる。それは、なぜだろうか。

●50代で訪れる「静の時代」

 SECIモデルの最後の象限は、形式知から暗黙知へと戻る内面化(Internalization)だ。内面化とは、「C」の時代の自己拡大と実践を通じた気づきや学びを振り返り、自分の知をもう一段階引き上げていく局面である。キャリアに当てはめれば、40代の大仕事での学びをどう生かすかであり、その生かし方が50代のキャリアのポイントになる。では、50代で期待されることはなんだろうか。

 産業用冷却・冷凍システムで世界最大手の前川製作所には、実質的な定年がなく、社員の最高齢は80代だという。同社では、55歳までを「動の時代」、それ以降を「静の時代」と位置づけている。

 動の時代はビジネス拡大がメインだが、静の時代ではイノベーションが主な役割になる。動の時代は、ビジネスの最前線でがんばるが、そこで得た知識をそのままにして60歳前後で退職してしまうのではなく、仕切り直しをして再スタートするわけだ。

 55歳からは、新たな設備開発、ビジネス構造のイノベーション、顧客ニーズを広げる市場のイノベーションなど、動の時代にはできなかったことを担当する。動の時代に蓄積した知を原資にして、イノベーションを起こすために、定年なしで働いてもらうというのが、同社の理念だ。


 ここに、50代以降の「I」の時代のキャリアの鍵がある。40代までに広げた知を、50代以降のイノベーションのために使うことが大事であり、動から静に価値観を転換して、自分の居場所を作るのだ。

 前川製作所のように、自社の商品・サービスを根底から見直す研究開発的な役割もあれば、専門性を生かして世界の貧困や健康問題に貢献するなどの大きな視野で、自分の仕事を再定義する方法もあるだろう。今までの産業構造に風穴を開けるようなベンチャー、中堅中小企業のグローバル化や事業承継に絡んだり、NPOやNGOに身を投じるのも、自分のキャリアの再定義だ。

 また、経営者としては、自社のこれまでの土俵での成長戦略(動)を超えて、社会課題解決のために既存の産業の枠を超えた新規ビジネスを考える(静)という方向もあるだろう。静の時代のほうが、ある意味では熱いのかもしれない。

 筆者の場合は、40歳で日産自動車を退職し、「コミュニケーションのパワーで日本を変える」というビジョンのもとで、コミュニケーション戦略のコンサルティングを行ってきた。しかし、50代以降は個々の戦略策定だけではなく、「Thought Leadership」という概念を基軸にして、コミュニケーションの新しいOSを日本企業に提案し、活動の次元を上げるための取り組みをしてきた。また、多摩大学大学院という場を得て、多くのビジネスパーソンに知識創造リーダーになってもらうために自分の経験を伝えてきた。

 このように、50代以降は人生の撤退モードに入っている場合ではなく、いかに社会に貢献できるか、自分の役割を見直せるか、再定義できるかが大事である。それが、静の時代の役割であり「I」のキャリアなのだ。

 50代以降になれば、きっと誰もがそれだけの経験をしているはずなので、「自分は何を得てきたのだろうか」とセルフコーチングを行えば、さまざまな宝が見つかる。
知識創造企業づくりだけではなく、「知識創造社会づくり」をも担っていけるはずだ。

●知の交差点を見つけ、知の文脈を描こう

 以上、5回にわたってSECIモデルをベースにしたSECIキャリアモデルをお伝えしてきましたが、みなさんのキャリア形成のお役に少しでも立てたら幸いです。

 ぜひ、自分の知識を表出化しつつ、SECIキャリア年表を、また今後に向けてSECIキャリア未来図を描いてみてください。そうすることで、いろいろな知の交差点も見つかるはずです。自分の歴史として、知の文脈を描くのは楽しいですよ。
(文=徳岡晃一郎/経営コンサルタント、多摩大学大学院研究科長)

編集部おすすめ