三菱重工業傘下の三菱航空機が開発中のMRJ(三菱リージョナルジェット)の初飛行が、10月後半に行われます。航空機ファンならずとも、日本初のジェット旅客機の門出を楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。



 飛行機は、多くの人に夢や希望を与える存在であると同時に、多額の開発費を回収し、その後、大きな利益をもたらす商品にならなければなりません。

 では、一般の人間にはまったくなじみのない、旅客機のビジネスやマーケティングの世界は、どのようなものでしょうか。筆者は8月にアメリカで学生と一緒にボーイングのスタッフから、旅客機のビジネスやマーケティングに関するプレゼンを聞く機会があったので、その概要を紹介したいと思います。

 MRJは小型旅客機なので、当面のライバルは同モデルを主力商品とするカナダのボンバルディアやブラジルのエンブラエルです。しかし、旅客機ビジネスという大きな枠組みで捉えれば、大型旅客機を主力とするボーイングのビジネスやマーケティングも多くの点が参考になるはずです。

●ボーイングの「Working together」精神

 アジア事業を統括するマネージャーのプレゼンは、現在、職場のキーワードとなっている「Working together」という言葉で始まりました。直訳すると「ともに働く」、多少意訳すれば「みんなでがんばろう」といった意味になると思いますが、マネージャーはこの言葉を大変気に入っているそうです。

 当たり前ですが、ボーイングは飛行機の会社なので、従業員は飛行機が好きで、みんなで夢を共有できる雰囲気があり、同時にそれがボーイングにとって大きな強みであると語っていました。

 確かに、飛行機はいつの時代も憧れの対象になる商品であり、そういう会社にはモチベーションの高いスタッフが集まるのでしょう。

 次の話題は、テレビショッピングのような展開を見せました。まず、ボーイング747(ジャンボジェット)のスライドが提示され、「みなさん、いくらだと思いますか?」「約400億円です」「ただし、エンジンや座席は別料金となります」「しかしながら、大幅割引があります」「タイミングがよければ、半額も夢ではない!」と続いたのです。

 筆者も学生も、その金額の大きさに圧倒されると同時に、テレビショッピングのような軽いトーンでテンポよく進んでいくため、大変盛り上がりました。
ちなみに、エンジンは747に限らず、機体を購入する航空会社がロールス・ロイスほか2社から選ぶ仕組みになっています。

●エアバスとしのぎを削るボーイング

 ボーイングの弱みに関しては、「開発をはじめ、すべての意思決定のスピードが遅い」ということが挙げられました。創業から約100年の同社の従業員は20万人に迫っており、日本でいう大企業病のような状況に陥っているようです。

 具体的には、「テスラモーターズやスペースXを率いるイーロン・マスクのような強いリーダーシップを持った人物が不在で、日本の自動車メーカーのような生産性もない」と語られました。

 さらに、「確かに、旅客機は多くの人の命を預かる特殊な商品であり、安全性が強く求められるため、時間がかかるのは仕方ない面もあるが、それでもなんとかしなければいけない」と、この点は強く問題視されていました。

 また、ライバルとの対比についても聞くことができました。「これまでは小型旅客機に重点を置いてきたボンバルディアが大型機に着手し、近い将来、中国の航空機メーカーも勢力を拡大してくる」といった前置きの後、最大のライバルであるヨーロッパの国際協同会社・エアバスの話になりました。

 30~40年前、ボーイングの国際シェアは70%近かったものの、近年ではエアバスと並んでいます。ボーイングは、技術力では決して負けていないものの、エアバスのほうがマーケティング力で上回っているのが、その要因のようです。

 ボーイングのマネージャーは、「航空機の開発には通常10年を要するため、10年先の市場の状況を推察しなければなりませんが、エアバスはそうした力=マーケティング力が長けている」という認識でした。

 また、新興国などへの売り込みには、外交など政治力も重要ですが、イギリス、フランス、ドイツ、スペインというEU加盟4カ国が後押しするエアバスは、そういった意味で有利な点も多いようです。

 さらに、ヨーロッパといえばなんとなくエレガントなイメージがありますが、エアバスはアグレッシブで、伝統のある大手航空会社より新興の航空会社に売ったほうが、営業マンの評価が高まるシステムになっているようです。


「そういえば、残念ながら経営破綻に陥ってしまったスカイマークに機体を納入することになっていたのは、エアバスだったな」と、妙に納得してしまいました。

●ボーイングの強みとは?

 ボーイングの強みといえば、まずは技術力に長けているということでしょう。次に、これは素人の筆者にはわからない領域でしたが、型式証明を取る能力が大きな強みになっているようです。型式証明とは、新たにつくられた航空機の型式の設計が、安全性や環境適合性の基準を満たしていることを証明するものです。

 国ごとに決められている基準に細かな記載はなく、いわば大雑把になっているのですが、基準をクリアするには、長い歴史で培った技術や経験がものをいうとのことでした。

 こうした航空機ビジネスのスケールの大きさ、外交をはじめとする政治力、経験に裏付けされた技術力などの話を聞くと、日本初のジェット旅客機であるMRJの立ち上げには、多くの難題が待ち受けているように感じます。しかし、そうした問題をクリアして、国際市場に大きく羽ばたいてほしいものです。
(文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授)

編集部おすすめ