●消極的になりがちな中小企業の戦略

 大企業と比較すると、人材、資金、設備など、さまざまな経営資源において中小企業は不十分な場合が多いでしょう。こうしたことを言い訳に、中小企業では何事においても消極的な戦略を取る場合も少なくはないはずです。



 しかしながら、大企業に比べて中小企業がすべての面で100%不利な立場にあるとはいえず、大企業よりも勝るポイントが必ず何かしらあるはずです。

 現在、札幌の高級豆腐市場で大きな影響力を持つ豆太は、老舗のような長い歴史や豊富な資金や特別な設備など、何ら保持していなかったにもかかわらず、2000年に高級豆腐市場に参入し、現在に至るまで順調な販売を維持しています。

 今回は、豆太の高級豆腐への取り組みを通じて、中小企業における商品開発やマーケティングについて検討していきましょう。

●高級豆腐誕生の背景

 豆太の前身となる岡内食品の豆腐は、卸売価格35円、店頭の小売価格48円が基本で、セール時には3丁100円で販売されていました。当時の取引先は安売りの個人商店が中心であり、大手小売業者が台頭してくる状況のなか、豆腐の売り上げは下降傾向になっていました。

 販売ボリュームを維持するために、大手スーパーなどとの取引を拡大させようと交渉を試みたものの、原価割れが生じるほどの価格要求があり、最後には「お宅の豆腐でなくても、どこでもいいんだよ」といわれる始末でした。実際、岡内食品の豆腐はなんの特徴もない普通の豆腐で、そう言われても仕方のない状況でした。

 こうした状況において、強力な流通パワーを回避し、適正価格で取り扱ってもらえる、また今後の成長が見込める業態ということで自然食品の店をターゲットにしました。もともと他社との差別化のため、こだわりのおいしい豆腐を北海道産大豆と天然にがりと天然水でつくろうと考えていたこともあり、自然食品の店とはそういう意味でも相性がよかったわけです。

 1年間ほど、自然食品店を中心に北海道産大豆と天然にがりによる豆腐の市場性についてリサーチし、「どういう商品なら消費者に喜ばれ、適正な価格で販売できるか」ということを考え続けました。こうしたリサーチを行っていた際、ある自然食品の店主から「消泡剤を使わず、豆腐をつくってほしい」との要望がありました。

 消泡剤は、昔は灰や揚げなどを揚げた後の油などが用いられ、その後はシリコンなどからつくられていました。
人体への影響に関して問題にはなっていませんでしたが、食品衛生法においてシリコン樹脂の使用量の上限は決められていました。そのような背景を知る消費者に対して、「消泡剤不使用」は人工的な添加物を使っていないというアピールになったわけです。

 こうして原料は北海道産大豆、天然にがり、天然水のみとし、消泡剤不使用による「人工添加物ゼロで体に優しく、最高においしい豆腐」というコンセプトが誕生しました。 

●製品開発

 ところが、消泡剤を使わずに豆腐をつくるのは非常に困難でした。そもそも豆腐製造機械は消泡剤を入れることを前提につくられており、完全にセットになっていました。よって消泡剤の使用に誰もなんの疑問も抱いておらず、消泡剤を使わずに豆腐をつくるというのは常識外れの発想でした。社長は当時を振り返り、「まだ素人のような者だったから、素直にやってみようと思えた」と語っています。

 その後、消泡剤を使用せず、豆腐をつくれる釜を扱うメーカーが九州にあるとの情報を得て、中小企業にとっては大きな投資となりますが、購入を決断します。しかしながら、その釜を用いても、なかなか納得のいく製品はできませんでした。一般の凝固剤(硫酸カルシウム化合物)ではなく天然にがりを使用したこともあり、そもそもまったく固まりませんでした。気温に合わせ、大豆を水に浸す時間やにがりの量と入れるタイミングなどを試行錯誤する日々が続きます。

 最初の2~3カ月は36丁に1丁程度の歩留まりで、うまくできた商品があれば1丁でも自然食品の店に持っていくという有様でした。
しかしながら、こうした状況にもかかわらず、楽しみにしてくれる顧客が現れ始めます。商品はとにかく柔らかく、「何もしていないのに溶けた」、「容器から出せず、スプーンで食べている」など、顧客から言われる日々が続きました。ただ、そうした声はクレームではなくエールであり、「とにかく味は最高」という評価でした。結局、初年度の販売数は600丁程度にすぎませんでした。それから3年が過ぎ、やっと納得のいく豆腐が製造できるようになり、現在は1日1000丁程度の販売数となっています。

●マーケティング

 中小企業である豆太にマス広告を利用したプロモーションなどを展開する資金はありません。しかし、大きな投資をすることなく、したたかなプロモーションが行われています。

 例えば、パッケージに関して、普通、豆腐のパッケージは横書きになっていますが、豆太とうふの場合は縦書きです。縦書きにすると、商品を縦に並べなければならず、手間やスペースの問題で小売業者からは敬遠されますが、消費者にとっては一目でわかる差別化が実現するわけです。また、通常、パッケージには“木綿豆腐”や“絹豆腐”が大きく表示されていますが、「豆太とうふ」の場合、ブランド名である「豆太」が手書きの字体で大きく記載されています。

 また、容器には白色ではなく透明の材質を採用しています。白い容器の場合、豆腐の角が欠けるなど不具合があっても消費者はわかりません。
透明の容器には、豆太の品質や安全への絶対的な自信と覚悟が表れています。さらに、消費者に「豆腐の色をよく見てほしい」という思いも込められており、こうした点について「たかがパッケージ、されどパッケージ」と社長は語っています。

 広告に関しては、販売開始3年目に取引銀行主催の商談会に商品を出品した際、地元の北海道新聞に取り上げられ、以後、ほかの新聞社やテレビ局やラジオ局などから100を上回る取材依頼があり、一切お金をかけることなく大きな広告効果を得ています。ここまで大きく取り上げられた要因として、北海道産大豆の使用や新しい製法、安全な商品、パッケージのインパクトなどが挙げられます。つまり、本当に差別化された商品ならばお金をかけなくとも、自然に情報が広まっていくということです。

●豆太とうふの効果

 まず、費用対効果に関して、北海道産大豆の使用など、かなりのコスト増となっているものの、差別化された商品に対して、流通業者からの値下げ要求はなく、適正な利益が確保できています。

 模倣への対抗策に関しては、もちろん商標登録などは行っていますが、それ以上に徹底的にこだわり、手間をかけてつくることが他社にとっては極めて模倣困難なポイントになっています。例えば、消泡剤を使わないため、豆乳の煮こみに手間をかけ、その後、泡取りの作業などを行う必要があります。できあがった製品は非常に柔らかく、壊れやすいため、丁寧に容器に詰めなければなりません。さらに、高濃度の豆乳を用いているため、絞り機の詰まりが激しく、メンテナンスにも時間をとられます。

 こうしたことはすべて手作業であるため、いくら資金力がある大手メーカーといえども、大量生産することは極めて難しいわけです。そもそも消泡剤を使わず、豆腐をつくるためには機械などの設備を変更しなければならず、気軽な新製品投入というわけにはいきません。


 さらに、最も強調すべき点として、従業員のモチベーションの変化が挙げられます。以前は極端なことをいえば、何時に出勤するかわからず、衛生管理も非常に低いレベルでした。社長が何を注意しようとも「どうせ安物だし」ということで終わってしまっていました。当時を振り返り、「自身においても、そういう甘えがあったかもしれない」と社長は語っています。

 しかし、豆太とうふが地元を中心としたメディアで大きく取り上げられ、「近所の人から、あの高級豆腐の豆太で働いているんですね」と声をかけられるようになってから、従業員の意識は完全に変わりました。「それまでは処理するように製造していましたが、現在ではパートも含め、従業員同士が高級豆腐に見合う品質となるようにお互いに注意し、さらに意見を出し合うようになってきており、こうした雰囲気は現在の当社の強みとなっています」と社長は語っています。

 一般に中小メーカーの待遇は大手メーカーほど恵まれておらず、豆太も例外ではありません。しかし、プレミアム商品である豆太とうふにより、極めて高いモチベーションを持つ組織となっています。

●豆太の成功のポイント

 こうした事例は、社長の覚悟と強いリーダーシップ、全社一丸となった柔軟かつスピーディーな対応など、中小企業が保持している強みを徹底して実践することができれば、十分ではない資金や人材や設備をはじめとする経営資源における弱さを克服し、大きな成功をつかむことも夢ではないと教えてくれています。
(文=大崎孝徳/名城大学経営学部教授)

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