2011年に登場したアップルの音声アシスタント「Siri(シリ)」。当時は革新的だったが、ChatGPTなど賢いアシスタントが躍進する今、海外メディアで使い勝手の悪さが相次いで報じられている。
今年4月には日本でも新機能「アップル・インテリジェンス」を投入したアップルだが、AI開発の遅れは挽回できるのか――。
■スマートなアップル製品のなかで悪目立ちするSiri
洗練されたデザインで、スマートな機能を、わかりやすく使いこなせる。アップル製品への主立ったイメージは、こんなところではないだろうか。他社よりも製品が割高だったり、込み入った機能が省かれていたりすることもあるが、日常的に必要な機能の9割を、他社製品よりも9割少ないストレスで使える印象だ。
スタイリッシュなデザインと、総合的な使い勝手の良さが受けているのだろう。調査会社IDCによると2024年第4四半期、スマホでは国内シェアの54.4%を1社単独で占めている。2位以下のシャープ(11.9%)、レノボ(10.0%)、グーグル(7.7%)、サムスン(3.9%)と大きく水をあけた。スマホ以外では、iPadやMacの人気も根強い。
ところが、現在のアップルには明確に不評を買っている機能がある。音声アシスタントのSiriだ。14年前のデビューから歳月が流れ、ChatGPTやGeminiなど人間の意図を汲んで応答する生成AIが普及しつつある今、もはや旧式のツールとなった。
評判は本国アメリカでも芳しくない。
ニューヨーク・タイムズ紙は、Siriは答えを返すのに時間がかかるうえ、簡単な質問にも答えられないケースが多いと指摘する。記事は、「(全米プロバスケットボールの)ボストン・セルティックスの試合はいつ?」と聞くと、Siriは「申し訳ありませんが、現在その情報を入手できません」と返すだけだったと具体例を挙げている。
■何を頼んでも「すみません、わかりません」
もちろん、決まり切ったタスクを頼む限り、Siriはかなり便利に使える。単に「3分」と言えば、カップ麺のタイマーをスタートしてくれる。「牛乳をリマインドして」と言えば、買い物リストに項目を追加してくれる。
しかし、できないことがあまりにも多い。テック系サイトの9to5マックは、「Siriは『今、何月?』との質問にさえ答えられない」と指摘する。記事に添えられたスクリーンショットでSiriは、この質問に対し、「すみません、わかりません(Sorry, I don't understand.)」と返すのみであった。筆者の手元の日本語環境のiPhoneで試したところ、「2025年5月XX日(X曜日)です」と表示されたが、質問に直球で回答しているとは言い難い。
スマートスピーカー市場でも劣勢は明らかだ。英メディア「スタッフ」によると、アップルのHomePodに「今日の天気は?」といった基本的な質問を投げかけても、「ウェブでいくつかの結果が見つかりました。iPhoneでもう一度質問していただければお見せできます」と突き返されるだけという。
スマートスピーカーとして、ほとんど役に立たない状況が続いている。
■14年前には革新的だったが…いまやお荷物の基本設計
アメリカだけでもサプライヤーを含め200万人の雇用を生み出しているというアップルが、なぜSiriの改善にこれほど手間取っているのか。
問題の核心は、時代遅れの技術構造にある。ニューヨーク・タイムズ紙に元アップル従業員が明かしたところによると、Siriは「雪だるま式」の古い設計で構築されており、単純な機能を追加するだけでも数週間もかかってしまうのだという。
2011年に導入されたSiriは当初、単純なコマンドを実行するよう設計されていた。ユーザーのiPhoneにすでに存在するプレイリストを参照し、「U2の曲を再生して」などのシンプルなタスクを実行できれば、当時として十分に先進的であった。発話のなかに存在する特定のキーワードを拾い上げ、関連しそうな操作を実行する「コマンド・アンド・コントロール」と呼ばれる仕組みだ。
しかし、あらかじめ決められたキーワードに反応するこの仕組みでは、ChatGPTのように自然言語からユーザーの意図を汲み取るような(あるいは人間と対話しているかのような)快適な使用感を生み出すことは難しい。
コマンド・アンド・コントロールの基本構造を14年間踏襲しつづけてきたSiriは、現代のAIアシスタントに求められる複雑な対話能力や柔軟性を備えていない。古い設計思想が足かせとなり、進化を妨げているのだ。
■肥大化したデータベース、更新に6週間かかる
2014年にSiri改善を担当した元アップル従業員のジョン・バーキー氏は、新機能の追加になぜ手間取るのか、その根本原因を突き止めたという。
バーキー氏は「Siriのデータベースには、音楽アーティスト名やレストランなどの位置情報を含む膨大な単語リストが約20言語分蓄積され、『一つの大きな雪だるま』と化していたのです」と語っている。

結果、既存のデータベースに新たなワードを追加するだけでも「システム全体の再構築が必要となり、最も長い場合では6週間を要する」状況に陥っているという。また、新しい検索機能などの複雑な機能を組み込むには「ほぼ1年かかる」こともあったという。
こうした設計上の障壁が立ちはだかっているため、Siriが「ChatGPTのような創造的なアシスタントへ進化する可能性はない」とバーキー氏は断言している。大規模言語モデル(LLM)のような柔軟な構造ではなく、固定化されたデータベースに依存する設計では、創造的な応答や複雑な文脈理解は実現困難だ。
■音声アシスタントは軒並み「とてつもなく愚か」
もっとも、公正を期すために言い添えるならば、他社製を含め音声アシスタント全般にユーザーは苛立ちを感じている。マイクロソフトのサティア・ナデラCEOは2023年、英フィナンシャル・タイムズ紙のインタビューで、「(マイクロソフト)Cortana、(アマゾン)Alexa、Google Assistant、Siri、そのどれもがうまく機能していない」とし、音声アシスタント全般が「とてつもなく愚か(dumb as rocks)」であると切り捨てた。
音声アシスタントが軒並み硬直化するなか、アップルはアメリカで昨年10月、日本で今年4月から新AI機能「アップル・インテリジェンス」を展開し、巻き返しを図っている。写真のAI編集やメールの要約などさまざまな機能群の一角として、より自然になったSiriとの会話を挙げるが、評判は今ひとつだ。
ワシントン・ポスト紙が正式リリース前の昨年9月に報じたところでは、「笑ってしまうほど奇妙な」誤情報を作り出し、ユーザーの指示を取り違えるケースが相次いでいるという。
ワシントン・ポスト紙のコラムニストであるジェフリー・ファウラー氏は、試用版のアップル・インテリジェンスについて「役立つ場面もあれば、思わず吹き出すほど奇妙な結果を出すこともあった」と率直に評価している。
具体的な例として、「トランプ氏(共和党)がティム・ウォルツ氏(ミネソタ州知事・民主党)を大統領に推薦したと告げた」「私がカリフォルニア大学バークレー校で教鞭を執っているという架空の経歴を捏造した」と挙げる。ほかにも、「明らかな社会保障詐欺のメールを『重要』メールに分類した」「自撮り写真の加工では私を禿げた姿にした」など、ため息の連続だったという。

■ChatGPTなら気の利いた受け答えができるのに
ファウラー氏は、アップル・インテリジェンスが「不快なほど多くの事柄をでっち上げている」と批判。これはAI技術の現状が抱える本質的な問題であり、事実と異なる情報の生成(幻覚を意味する「ハルシネーション」と呼ばれる)は、グーグルのGeminiやOpenAIのChatGPTにも共通して見られる課題だと指摘している。
だが、どちらもハルシネーションの問題を抱えているとはいえ、その他の使い勝手の良さではSiriが不利だ。今年5月、米ビジネス・インサイダーがOpenAIの最新モデル「ChatGPT-4o」とSiriを検証したところ、ChatGPT-4oは自然な対話や感情表現をこなす一方、Siriはスムーズな会話ができないことが浮き彫りになった。
ChatGPTは目覚ましい進化を遂げている。大規模言語モデルの恩恵にあずかり、複雑な会話から創作活動まで幅広くこなす。Siriであれば基本的な指示さえ理解できずに戸惑う場面でも、ChatGPTは文脈を把握し、ユーザーのニュアンスを汲み取りながら的確な応答を返せるようになった。
一方のSiriは、そもそも「ヘイSiri」という呼びかけが必須だ。この点でも使用感を大きく損ねているとビジネス・インサイダーは指摘する。日本のユーザーにも、「ヘイ」とどこか気取った呼びかけに気後れするケースは多いのではないだろうか。
■1つのバグを直すと3つのバグが新たに起きる
アップルも巻き返しに動き出した。ニューヨーク・タイムズ紙の報道では、今年後半に発表予定のiOS 19で、大規模言語モデルを組み込んだ次世代Siriを投入する計画だ。
だが、すでに競合他社との差は数年相当に広がっており、単純な命令実行ツールから柔軟な思考ができる対話型アシスタントへの変革は容易ではない。
同社が掲げた「次世代Siri」構想は大幅に遅延し、社内からも批判の声が高まっている。アップル関連のリーク情報に定評のあるマックルーマーズによれば、当初2025年4月の公開を目指していた新Siriだが、アップルのソフトウェア責任者クレイグ・フェデリギ氏がiPhoneでベータ版を試したところ、「宣伝していた多くの機能が実際には動作しなかった」ことが露呈。5月へのずれ込みを経て、現在は無期限延期の状態に陥っている。
アップルのSiri部門トップのロビー・ウォーカー氏は、部内会議で危機感をあらわにした。ブルームバーグのマーク・ガーマン記者によると、ウォーカー氏は「困難な局面に立たされている」と部下たちに劣勢を認めた。
マックデイリーニュースの記事では、ウォーカー氏が遅延を「醜い」「恥ずかしい」と表現し、マーケティング部門が未完成技術の宣伝に走ったせいで事態が悪化したと愚痴をこぼした――との内情が明かされている。
開発の現場は、混乱の極みに達しているようだ。ブルームバーグによれば、Siriチームの内部では「何百という数のバグが山積している」という声があり、「もぐらたたきのようだ。一つの問題を解決すると、新たに3つの問題が発生する」と嘆く開発者がいるほどだという。
■AI時代には「時間をかけて良いモノを作る」が通用しない
テック業界の変革期において、アップルがこれまで得意としてきた「遅れて参入し、洗練された製品で市場を席巻する」という常套手段が、AI分野では逆効果となっている。
アップルは常に製品の完成度を重視し、競合他社が市場を切り開いた後に参入する戦略で成功を収めてきた。
2007年に発売された初代iPhoneでは、それまでマニア中心に支持を得ていたNokiaやBlackberryなどのスマートフォンを、まったく「スマート」ではないと一蹴。本体の下半分を極小の物理キーボードが占めていたスタイルを改め、大画面と2本指以上を認識するマルチタッチの操作を搭載して市場を塗り替えた。
マウスで直観的に操作できるパーソナルコンピュータLisa(1983年発売)とMacintosh(翌84年)に始まり、その後もiPod、iPad、Apple Watchと、「後出しではあるが万人向けの優れた使用感」を武器に成長してきた。
だが、急速に進化するAI技術の世界では、この慎重さが足かせになっている。OpenAIやマイクロソフトが次々と革新的サービスを投入する中、アップルの遅れは積み重なるばかりだ。
この危機感を表す象徴的な発言がある。ブルームバーグによると、アップルのサービス担当上級副社長エディ・キュー氏は同僚に対し、「技術業界でトップというアップルの立ち位置に危機が迫っている」と焦りをみせたという。
「いつもならば出遅れても、10億人超のユーザーベースを活かして粘り強く追い上げれば、勝てる。だが今回はその戦略が通用しない」と弱音を吐いたキュー氏。「iPhoneがNokiaにしたのと同じ仕打ちを、AIがAppleにする可能性がある」と同社の将来を案じている。
「とてつもなく愚か」の汚名をSiriが返上するうえで、雪だるま式に膨れ上がった過去のコードと決別するだけでなく、本腰を入れてAIと向き合う姿勢が求められるだろう。アップルがAI時代を生き残るには、これまでの成功パターンを見直し、実験段階のテクノロジーに食らいつく覚悟が求められている。

----------

青葉 やまと(あおば・やまと)

フリーライター・翻訳者

1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。

----------

(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)
編集部おすすめ