昨年12月、本連載で福島県立医科大学の医師派遣が利権化していることを紹介して以降、同大学関係者からいくつかの情報をいただいた。「このままでは福島の医療は崩壊する」という問題意識を持っている方が少なくないようだ。

彼らが危惧するのは、同大学のガバナンス。具体的には、「理事長が暴走している」ことだ。

 福島医大の理事長は菊地臣一氏だ。1971年に同大学を卒業した整形外科医で、2008年より理事長を務めている。11年3月に退任予定だったが、東日本大震災で任期延長された。菊地氏は、医局に君臨する古いタイプの教授のようだ。少し長くなるが、以前から菊地理事長の資質を問題視していた小松秀樹医師の文章を引用しよう。

「数年前、福島県立医大整形外科医局の忘年会旅行の余興の問題映像が外部に流出して大騒ぎになった。この事件当時の整形外科教授が現在の菊地臣一学長だった。破廉恥な余興を若い医師に強いる背景には、絶対服従の人事権があったと想像する」

 さらに小松氏は、菊地氏のコラム『学長からの手紙 医師としてのマナー』を引用する。以下は、菊地氏が公に述べた見解だ。

「先日の医局旅行で、出欠表になかなか記載をしないスタッフ達がいました。
私はこの時、彼等に苦言を呈しました。医局旅行は、医局の行事として恒例のものです。やる以上は、その目的の達成にスタッフは努力すべきです。スタッフが努力せずに、誰に旅行の成否を賭けるのでしょうか」

 小松氏はこの文章に対し次のように述べている。

「達成すべき医局旅行の目的とは何なのか。複数の知人と、学長が学内に訴えかける文章として、合理的解釈が可能か考えてみたが、不可能だった。文面からは、医局旅行を嫌がる医局員、それでもやれと命ずる上司という構図が透けて見える。非合理を押し付ける蛮性が大学の統治に関連するとすれば問題が大きい」

 かつては菊地氏のような教授は珍しくなかった。人事権を盾に医局を支配し、部下である医局員に無理難題を押しつけた。ただ、時代は変わった。いまや、このようなタイプの教授はほとんど見当たらない。菊地氏は例外だ。


●福島県民にしわ寄せ

 このような人物が理事長になると、大学は混乱する。近代的な組織運営ができないからだ。最終的に福島県民にしわ寄せがいく。

 たとえば、いわき市の整形外科医療だ。2015年12月4日付けの本連載記事で、東北大学がいわき市の福島労災病院から整形外科医を撤退させたのを契機に、いわき市から年間6000万円の寄附と引き替えに、磐城共立病院に3名の整形外科医を派遣したことを紹介した。残業代などは病院持ちであるため、福島医大には、人件費を差し引いて年間3000万円以上の「自由に使える金」が入ることになる。

 現在、福島医大には膨大な税金が投入されている。「行政サービス実施コスト計算書」によれば、14年度に福島医大の運営のために国民が負担した金額は約160億円だ。医学部を有する総合大学である横浜市大(約177億)と遜色ない。福島医大の総資産は724億円で、横浜市大(567億円)を上回る。ところが、総資産回転率は0.381で、自治体病院の平均値0.836(08年度)を大幅に下回る。税理士の上田和朗氏は「資産が大きいのに、それをうまくくいかしきれていない」という。


 このような事情を知ると、福島医大への見方も変わってくる。同大学にはすでにあり余るほどの金があり、設立の趣旨を考えれば、自治体から寄付金を取らずとも整形外科医を派遣すべきだ。

 浜通りこそ、東日本大震災で直接的に被害を受けた地域であり、その復興が最優先されるべきだ。もし派遣可能な医師がいれば、長年にわたり地域の整形外科医療を支えてきた福島労災病院と、磐城共立病院の両方にスタッフを出せばいい。

 幸い、福島医大には大勢の整形外科医がいる。整形外科とは無関係な医療人育成・支援センター、地域連携部、動物実験施設長などの教授には整形外科医局員が名を連ねている。いずれも「菊地氏が引き上げた」(同大学関係者)。彼らが赴任すればいいだろう。福島医大OBで東北地方の民間病院で働く医師は、「東日本大震災以降、福島医大は教授の肩書きを濫発し、収拾がつかなくなっている」という。さらに「教授人事がフェアでない」と感じている人が多い」と付け加える。

 福島医大の最大の使命が「東日本大震災からの福島の復興」であると考えれば、理事長のやり方は問題ではないか。

●被災地支援は二の次

 菊地氏に期待されるのは、リーダーシップだ。
目標を定め、実現するように全力をつくすことだ。もちろん、結果に対して責任を負わねばならない。菊地氏は12年3月7日、エムスリーという医師専用ネットメディアのインタビューで以下のように発言している。

「(県民健康調査の)基本調査票の回収率を20%から50%に上げる、子供たちについては今後、フォローを続ける。これが我々に求められる役割」
「地元の方々から大学に来ている要望は、100%以上満たしています。しかし、それだけでは問題解決にはならない」
「“医療崩壊”の原因、医師不足にあらず」

 筆者はこの発言を読んで開いた口が塞がらなかった。15年末現在、基本調査票の回収率は27.4%だ。福島県の地元から福島医大に寄せられている医師派遣の要望にはまったく応えられていない。福島労災病院のようなひどいケースもある。福島県の医師不足が深刻で、それが医療崩壊の主因であることは、いまさらいうまでもない。

 菊地氏は現状認識が甘いし、自らが公言した目標を達成できなければ、責任を負うべきだ。ところが、その気はまったくないようだ。
リーダーとして相応しくない人材だ。

 筆者は、菊地氏は理事長に適切でないと思う。幸い、菊地氏は来年3月に退職予定だ。東日本大震災後、特例として任期を延長されたが、今回はそうはならないはずだ。

 ところが最近になって、菊地氏の任期延長を求める声が高まっている。教授会では「福島の危機を救えるのは菊地先生しかいない」(前出の福島医大関係者)と言う人までいる。8年にわたる理事長在任中に「独裁者」と化し、誰も反抗できなくなっているからだろう。

 福島医大を仕切るのは理事会と教授会だ。数こそ力である。菊地理事長は子飼いの教授を増やしてきた。筆者には、被災地支援など二の次に見える。果たして、こんなことでいいのだろうか。
このままでは福島の医療は崩壊し、医療難民であふれかえることになる。
(文=上昌広/東京大学医科学研究所特任教授)

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