3月某日、筆者のところに都内のH市役所から電話がかかってきた。H市は、筆者の母が暮らす街であり、筆者の故郷でもある。
電話をかけてきた市役所の職員は、介護保険係の担当者だった。母の代理で、数週間前に郵送で提出していた母の介護保険の更新手続き用書類が、市役所に届いていないのだという。同封し忘れた添付書類を別便で後送していたのだが、不自然なことに、その別便のほうが先に担当課に届き、市で用意した返信用封筒に入れて送った肝心の更新手続き用書類のほうが届いていなかったのだ。つまり、郵便事故の発生である。
問題は、その更新手続き用書類に、母の「マイナンバー」を書き込む欄があったことだった。返信用封筒は普通郵便扱いだったため、郵便局に追跡調査を頼んだところで探してはもらえない。更新手続き用書類は再度、送り直してもらうことにしたものの、行方知れずとなった母の「マイナンバー」入り郵便をどうすればいいのかがわからない。これは、筆者や母が対処すべき問題なのか、それとも市役所で対処してもらうべき問題なのか――。
筆者にしてみれば、市役所からの指示に従い、提出用の書類に母のマイナンバーを書き入れ、それを市が用意した返信用封筒に入れて送っただけなのである。市役所の担当者は、筆者や母にはなんの落ち度もないことを認めてくれたが、どうやらこのような郵便事故は初めてのケースだったようで、どのように対処すればいいのか、わからない様子だった。
●「お客さまからすれば、気持ちのいいことではないので」
以下、電話の相手はH市役所の介護保険係担当者である。
担当者 今後の対応について、2つほどご案内したいと思います。
――マイナンバーを変更しなければいけなくなるようなトラブルがさまざま起きているということは新聞報道で知っていましたが、まさか自分の母までそうしたトラブルに巻き込まれるとは、まったく予想していなかったんですが。
担当者 本当にそうですよね。申し訳ございません。ですので、番号の変更が必要であれば、市役所の市民窓口課でお手続きができます。大変お手間をおかけして申し訳ございません。それと、マイナンバー制度自体のご相談窓口としまして、総合フリーダイヤルの電話番号をご案内させていただきます。
――それは国の総合フリーダイヤルですか?
担当者 そうですね。マイナンバーに関する国のお問い合わせ窓口です。0120-95-0178です。こちらは平日の9時半から20時まで、土日祝日は9時半から17時半、年末年始を除く、となっているようです。
――しかし、私はその「ご相談窓口」に対して一体何を相談したらいいんでしょう。
担当者 ご相談いただくに当たっては、お客さまの場合、そういった内容になってしまうかと思いますけど。
――普通郵便でマイナンバーのやり取りをさせてはダメである、ということですね。これまでと同様に、提出する書類にマイナンバーを書き入れる欄などなければ、書類を書き直して再送するだけで済む話でした。
担当者 うーん。今回のことでは、私もちょっとビックリしてしまっているので。
――私もビックリしています。何も私は、文句を言っているわけではなくて、要は封が開けられていないかたちで、母のマイナンバーが書かれた封書が見つかればいいだけなのです。
担当者 そうですね。でも、普通郵便ですと、追跡調査をすることができないようなので、郵便局に問い合わせをしても見つけるのはなかなか難しいかもしれませんね。
――そうなると、一般庶民としてできる対処は、行方不明になった母のマイナンバーが悪用されないよう、マイナンバーの変更手続きをする、ということ以外になさそうですね。
担当者 今、考えられる対応というのは、そういうことですね。
――今回の場合、申請すれば「マイナンバー」の変更が認められるわけですか?
担当者 漏洩の危険があるということであれば、変更は可能かと思います。お客さまからすれば、気持ちのいいことではないので。
――まして今回、行方不明になった書類とは、マイナンバーとともに住所、氏名などが書かれた書類なんです。
担当者 そうですね。1枚の紙に、そうした情報を書いていただいたものです。
●被害者の「気持ち」任せ
結論から言えば、個人で対処し、どうするかは自分で決めるしかない――というのが現実だった。総合フリーダイヤルに電話したところで、「気持ちのいいことではない」と愚痴をこぼしただけで終わりだろう。時間のムダであり、何の解決にも至らない。
そこで、更新期限が迫っていた母の介護保険の更新手続きは、当初のマイナンバーのまま行うこととし、手続き終了後に母のマイナンバーを変更することにした。マイナンバーの紛失で被るかもしれない不利益と比べて、介護保険の更新期限内に手続きを終えられないことによって被る不利益のほうがはるかに大きいと判断したからである。
それにしても驚かされるのは、市役所は筆者から指摘されるまで、たとえマイナンバーが記入された書類が郵便事故で行方不明になろうと「大した問題ではない」ととらえている姿勢が垣間見えたことだ。
しかも突き詰めれば、今回、行政機関が母のマイナンバー変更を認めた理由とは、なんと「お客さまからすれば、気持ちのいいことではない」からだった。こんなことが発生するたびにマイナンバーの変更作業に追われることになる地方自治体職員の皆さんが、気の毒でならない。
明確な変更基準が用意されているわけでもないのは、今回、筆者の母を見舞ったようなトラブルが、マイナンバー制度導入の際になんら想定されないまま、見切り発車してしまったからなのだろう。
被害の救済や回復の中身は、被害者の「問題意識」次第であり、すべては被害者の「気持ち」任せ――。これで、いいのだろうか。
(文=明石昇二郎/ジャーナリスト)