新垣結衣主演のドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』(TBS系)が、12月6日放送の第9話で平均視聴率16.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録するなど、回を重ねるごとに人気と注目度を高めている。
主に話題となっているのは、新垣のかわいさと、出演者が星野源の主題歌『恋』に合わせて踊るエンディングの“恋ダンス”だ。
しかし、実は『逃げ恥』で本当に注目すべきなのは、このドラマが「恋愛のゴールとしての結婚生活」を描くのではなく、「お互いのことをほぼ知らなかった男女の結婚」が物語のスタート地点になっていることだ。
『逃げ恥』は、高学歴ながら就職活動に失敗し、派遣切りに遭った新垣演じる森山みくりが、星野演じる恋愛経験のないエンジニアの津崎平匡と「仕事として」結婚し、交際日数ゼロのまま同じ屋根の下で生活するというストーリー。もちろんベッドも別々で、第9話終了時点では男女関係もない。
今や、日本には結婚どころか交際相手すらいない20~30代の男女があふれている。今年9月に国立社会保障・人口問題研究所が発表した「出生動向基本調査」によると、未婚の男女(18歳以上35歳未満)のうち「交際相手がいない」が男性で約7割、女性も約6割に上っている。
いくら結婚したくても相手すら見つからないという状況なのだ。
こうした中、ひそかに増えているのが、『逃げ恥』のように「結婚するためには恋愛が不可欠」という固定観念を最初から外し、「共同生活の延長線上としての結婚」を選択する男女である。
●セックスなし、食事バラバラ、でも円満
「これまでは、恋愛・交際というプロセスを経るのが結婚と思われてきました。ところが、最近では『共同生活の相手』という観点で男女が意気投合し、結婚するというケースが意外にも多く存在しているんです。私は、このような共同生活を軸においた結婚を共同生活婚、つまり『共生婚』と呼んでいます」
そう話すのは、恋愛や結婚問題についての著書を多く持つ作家の亀山早苗氏だ。亀山氏は近年、恋愛感情がないまま結婚しながら、同じ屋根の下で円満に生活している男女の話を聞く機会が増えたという。
しかし、やはり疑問に思うのは、最初は恋愛感情がなくても、男女が一緒に暮らしていれば恋愛に発展することもあり得るのではないかということ。
ところが、亀山氏は「共生婚の夫婦は、相手を男だとか女だとか、異性として意識することはありません」と語る。
「だから、結婚前も後もセックスしませんし、ベッドや部屋も、もちろん別々です。『男は外で働いて稼ぐ』『女は家事をする』という役割意識もありません。共生婚の夫婦の多くは相手の時間に合わせる感覚もないので、食事も普段はバラバラ。半年に1回、一緒に外食に行く程度だそうです」(同)
夫婦でありながら、お互いの時間や生活が完全に独立している奇妙な結婚生活。だが、意外にも破綻するどころか、共生婚の夫婦は結婚後、何年たっても当初の関係性を保ち、双方の家族づきあいもうまくこなすのだという。
「年末年始は互いの実家に顔を出してきちんとあいさつしたり、誕生日には『おめでとう』のLINEを送ったり。距離感が近すぎないからこそ、お互いへの感謝の気持ちも忘れない。周囲には、普通の仲良し夫婦に見えていると思います」(同)
●共生婚の夫婦、子どもはどうする?
しかし、結婚相手を探すのが困難な時代とはいえ、恋愛感情がまったくない相手と結婚することに意味やメリットがあるのだろうか。亀山氏は、その点について「最初から結婚や結婚相手に対して理想や夢を抱いていないので、現実とのギャップに落胆することがない」と語る。
また、主に20~40代の未婚の男女にとって、常に悩まされるのが家族や周囲からの「結婚しないの?」というプレッシャーだが、共生婚によって一応は「結婚」というかたちをとることで、親を安心させてあげることもできるという。
「なにより、共生婚は自分の自由な生活が送れるという良さがあります。相手の生活スタイルや寝食の時間も気にしないでいいので、ストレスがたまりません。仕事も辞めなくていいし、ひとり暮らしのように自分のペースを保った生活を送りつつ、困ったときは声をかけ合える。それも、決して過干渉にはならず、壁越しの会話で相手の存在を感じたりする程度です」(同)
確かに、従来の結婚には「1人の時間が奪われる」というイメージがあるのも事実。2012年6~7月に「マイナビ賃貸」が既婚者や同棲カップル500人を対象に行ったアンケートでは、「ひとり時間は欲しいですか?」との質問に対して8割以上が「はい」と答えている。
周囲にいる未婚の男女に話を聞いても、未婚の理由として「まだ自由でいたい」「お金を自分のために使いたい」「働き続けたい」「家庭に縛られたくない」などの声が多い。共生婚は、こうした不満を解消する新しい結婚のかたちともいえる。
ただし、夫婦がお互いの自由を担保できる一方で、共生婚にはデメリットがないわけでもない。その最たるものが、子どもの存在だ。恋愛感情を抱かず、性的関係も持たない以上、精子提供や人工授精などの方法をとらない限り、共生婚の夫婦に子どもができることはない。
「ただ、共生婚を選ぶ人は、もともと『セックスがあまり好きじゃない』とか『子どもはほしくない』という男女が多いんです。そういう人たちにとって、子どもができないのは、それほど大きな問題ではありません」(同)
●共生婚や『逃げ恥』夫婦、さらに増加か
恋愛というプロセスを省いて「共同生活の延長線上としての結婚」が増えているのは、恋愛にいい思い出がなかったり、恋愛相手の干渉や束縛に疲れてしまったりする人が多いという事情もあるようだ。
その点、恋愛感情がない結婚なら干渉し合うことがなく、自分のペースを崩さなくて済む。相手に期待しなければ、感情を乱して失敗することもない。
「もともと、共生婚を選択する人には仕事も家事も1人でなんでもできてしまう人が多いんです。自立しているからこそ、『1人でもいい』と結婚から遠のいていたタイプです。でも、そういう人たちが、東日本大震災などをきっかけに『やっぱり、1人でいるより誰かと一緒にいたほうが安心できるんじゃないか』『結婚すれば周囲の目を気にすることがなくなり、人生が落ち着くのではないか』と思うようになりました」(同)
つまり、恋愛するのは面倒だが、誰かとは一緒にいたい。そういう男女の思惑が合致したのが、共生婚などの新しいかたちの結婚なのだ。
「結婚に『絶対』は存在しません。一緒に生活する当人同士がよければそれでいいわけで、今後は共生婚が増えていく可能性も十分あります」(同)
もちろん、『逃げ恥』のみくりと平匡のように、互いのことを知らなかった男女が契約結婚というかたちで同居を始め、その後恋愛感情を持つようになるケースも出てくるだろう。
相手探しを含めて恋愛の難易度が高くなったことで、結婚のあり方も多様化しているわけだ。今後は、共生婚や『逃げ恥』のような夫婦がさらに増えていくのかもしれない。
(文=藤野ゆり/清談社)