程よい歯ごたえとほのかな甘さ、茹でてよし、ベーコンと炒めてよし、天ぷらにしてもよし、で人気のアスパラガスは春を代表する野菜です。

 原産地はユーラシア大陸西部から地中海にかけての地域で、古代ギリシア・ローマ時代は珍味として珍重されました。

また、中国や朝鮮半島では、滋養強壮作用のある天門冬(てんもんどう)という漢方薬として親しまれています。

 日本に持ち込まれたのは、江戸時代のことです。若芽を食べずに育て続けると、リグニンと呼ばれる補強材のような物質が内部に蓄積し、樹木のように固くなります。その後、鳥の羽のように枝と葉が生い茂り、花も咲いて美しい実もなることから、江戸から明治にかけては観賞用として栽培されていました。

 タケノコのように地下茎で生息範囲を広げ、地下茎から地上に伸びて飛び出してきた部分を食用にします。光を当てずに土中や廃トンネルの中で育てるとホワイトアスパラガスになり、自然状態で育てると光合成を始めてグリーンアスパラガスになります。

 私の恩師であり、微生物を活用して食品成分の大量生産技術の基礎を築いた昭和の俳人・飴山實は

「アスパラの葉にも花にも今朝の雨」(拾遺花譜)

 と、夏を迎える前の陰鬱な雨のなかで美しく開花したアスパラガスを詠んでいます。

 アスパラガスは古くから世界中で食べられていましたが、日本では輸出専用農産物として栽培される時代が長く続き、日本人がグリーンアスパラガスを食べるようになったのは昭和40年代のことです。

 太陽光を当てて元気に育てたグリーンアスパラガスは、タケノコに似た食感と豊富な糖分を含むことによる適度な甘さが日本人にも好まれ、一気に普及しました。

●「性の象徴」として描かれるアスパラガス

 アスパラガスは、ビタミン類を豊富に含む健康野菜です。利尿作用やせきを鎮める作用が知られていますが、最近注目されているのは血圧を下げる作用です。

 グリーンアスパラガスに血圧を下げる効果があることは、古くから経験的に知られていましたが、日本の理化学研究所がアスパラガスに血圧を下げる特殊な物質が含まれていることを2015年に発見し、それをアスパラプチンと名付けました。


 アスパラプチンは、血圧を上昇させるアンジオテンシン転換酵素(ACE)という生理反応を妨害することによって血圧を下げます。

 アスパラプチンの化学的な特徴は、右下に硫黄(S)原子が2つくっついた環状の構造を持っていることです。この部分が失われると血圧を下げる効果が消滅することがわかっているため、非常に重要な部分です。

 しかし、困ったことに、せっかくアスパラガスをたくさん食べて血圧を下げようと思っても、半数くらいの人は遺伝的にこの部分を分解する能力が高く、体内でアスパラガス酸という分子に変化してしまいます。

 アスパラガス酸はさらに消化分解され、体内で硫黄(S)を含むいろいろな物質がつくり出されます。それらの物質はスカンクのおならのにおいと同じ成分なので、人間の場合は尿として排泄される際に、尿からスカンクのおならのようなにおいがするようになります。

 20世紀の西洋を代表するフランスの作家マルセル・プルーストがパリの風俗を克明に記述した未完の超大作『失われた時を求めて』の中には、性の象徴としてアスパラガスが何度も登場します。

 プルーストが、アスパラガスの形をドレスを着た女性に見立てて語る一節があります。そこでは、プルーストが夕食にアスパラガスを食べた夜は必ず一晩中、夢に美しい女性が登場して踊り続け、プルーストの“しびん”は香水瓶に変わった、と意味深な記述があります。

 もちろん、これは尿の中にアスパラガス酸が大量に放出されてくさくなったことを自虐的に描いたものと思われますが、プルーストがアスパラガスを女性に例えたように、古くからアスパラガスが文学や絵画の中で性の象徴として描かれることは多く、それは興味深いことです。
(文=中西貴之/宇部興産株式会社 環境安全部製品安全グループ グループリーダー)

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