毎日、秀逸なジョークで楽しませてくれるデーブ・スペクター氏(放送プロデューサー)のツイッターに、4月23日、いつもとはだいぶ趣の異なる投稿がされた。

「つかぬ事を言いますが、全てのテレビ局が全てのドラマを止めた方がいいと思います。

進化してないし海外ドラマから何も学習してないし、相変わらず視聴者を無視する芸能プロダクション先行で不適切なキャスティング。2年間の休憩してリセットする事を勝手ながら勧める。オチがなくてすみません」(※原文ママ)

 これに対して、インターネット上には賛否両方の反応が現れた。ツイッターの140字という制限のなかでは、考えていることのほんの一部しか言えなかったに違いない。そこで、デーブ氏から真意を聞いた。

「『日本のドラマが100%ダメ』とは言わないです。松嶋菜々子さんが主演した『家政婦のミタ』(日本テレビ系)なんかは、ハイ・コンセプトだし楽しいじゃないですか。芦田愛菜ちゃん主演の『マルモのおきて』(フジテレビ系)も、完璧と言えるくらいすごくよかった。

 役者で言えば、役所広司さんや豊川悦司さんは上手いと思います。だけど、名前は出さないけれど、すごく有名で人気のある役者でも下手な人が多すぎる。演技が古くさくて、ナチュラルじゃないんです。歌舞伎のせいなのか宝塚の影響なのか、すべてがオーバーでいつも叫んでいる感じ。


 日本のいいドラマの例としてよく挙げさせていただいていますが、20年前にTBS系で放送された『青い鳥』があります。駅員(豊川悦司)が駅の近くに住む人妻(夏川結衣)と不倫するというストーリー。何がいいかと言うと、すべてが抑制されていて、オーバーな演技や描写が一切なかったのです。みんな、『青い鳥』は見るべきですよ。

 下手な役者ばかりがドラマに出ている理由は、芸能事務所とのつきあいとか、CMにたくさん出ている人を使うとか、広告代理店と芸能事務所のナァナァの関係とかがあるからで、演技が上手いか下手かをまったく考慮しないでキャスティングが行われているからです。

 たとえば、脇役でいい役者がいたとしても、“事務所の力”でキャスティングされた役者が主役を張って高いギャラをもらっているのを見たら、やる気をなくしてしまいますよね」(デーブ氏)

●かつてのフジテレビドラマは違っていた?

 では、海外ドラマの役者事情はどうなのだろうか?

「アメリカでは、ドラマ出演をきっかけに有名になる役者が多いですね。キャスティングされた時点では、知名度はほとんどない。大ヒットしたドラマを見ても、当時は知られていない役者がけっこう起用されています。

 日本のドラマだって、ネームバリューだけで視聴者を引きつけるのではなくて、有名無名にこだわらずに演技の上手い人を探したほうが、作品が活きてくると思います。

 僕が日本に来てすぐの頃、フジテレビに熱心なディレクターさんがいました。僕が『アメリカのドラマを見せたい』ということで、当時は8ミリビデオで何時間もかけて、2人で僕の部屋にこもって見ていました。『今の瞬間、見てください』『ここのポイントはこうだ』と僕が言って、彼も熱心に見ていたのです。


 そのなかでも、はっきりと覚えているシーンがあります。刑事が警察署内の食堂の冷蔵庫を開けてコーヒーを飲むときに、ミルクを入れようとする。そのときに、ミルクのにおいを嗅ぐんです。腐っていないかどうかを確かめるために。これ、その役者さんのアドリブなんです。この演技ひとつで、『警察にはそんなに予算がないから、ミルクが賞味期限間近で古いものかもしれない』ということが伝わってきますよね。

 ディレクターさんも『なるほど』と言っていて、フジテレビの昔のドラマは、そうした学びを活かすことができたのです。そういう研究熱心な人がいれば、違うんですよね。でも、今の日本のドラマでは、そこまでの演技は誰も期待もしないし、役者だってやらない。

 アメリカが特に優れているということではないですよ。たとえば、韓流ドラマを見て感心せざるを得ないのは、下手な役者がいないこと。下手な役者は淘汰されるから、みんな上手い。
人気や事務所の力だけでキャスティングされることがなくて、実力勝負ですからね。台本はベタで繰り返しのパターンが多いのですが、演技が上手いから感情移入できて見入ってしまいます」(同)

●子役の演技が上手いのはドラマを見ないから?

 では、なぜ日本の役者の演技は下手なのだろうか?

「日本のドラマの演技は、先進国のなかでもっとも不毛。前の世代の演技を見て、それを真似しているからだと思います。よく見ているとわかりますが、日本の役者はセリフを言うとき、必ず間に息を吐き出すんです。そんなこと、誰も普段の生活ではしないでしょう? おかしいんだけど、みんなやるんですよ。なぜやるかと言えば、ほかの役者のそうした演技を見ているから。

 役者でも、子役は上手いですよ。芦田愛菜ちゃんは別格ですが、ほかの子役もうまい人が多い。なぜかといえば、子役は小さいから夜は早く寝ている。ドラマを見ていないから、まだ“悪いクセ”を覚えていないんですよ。

 ところが、10代になると見るようになって“クサイ演技”が身についてしまう。だから、僕がいつも子役にするアドバイスは『テレビを見るな』ということです」(同)

●キムタクのドラマで現実ではあり得ないミスも

 役者の演技以外にも、日本のドラマに問題点はあるのだろうか?

「リアリティがないことです。
木村拓哉さん主演の『GOOD LUCK!!』(TBS系)を見ていてビックリしたのですが、飛行機が飛行場の誘導路にいるのにハンドルを切っているんですよ。飛行機は地上では足でペダルを踏んで操作するので、ハンドルは利かないです。そんな単純なミスを犯してしまっているのが、日本のドラマの現状です。セリフも『もう一度、空を飛ばせてください』って、『誰がそんなことを上司に言うか』っていうくらいクサイものだったし……。

 それに、『科捜研の女』(テレビ朝日系)で沢口靖子さんが着ている白衣、糊が利きすぎてパリパリじゃないですか。普段から着ている感じが全然しないですよね。ドラマに出てくる子どもも、着ているのは『いかにもスタイリストが用意しました』っていう感じの、シワの1本もないコーディネートされた服装じゃないですか。そういうところを見ると、『日本のドラマは、予算が少ないことが問題なのではない』と思いますね」(同)

 まだまだ、日本のドラマをめぐる問題はありそうだ。

「コメディならコメディって言うべき。ドラマは基本的にシリアスですが、日本のドラマはコメディのような笑いをバンバン入れています。『ドラマ』と言っているのに軽い。だから、みんながっかりするんです。


 アメリカの場合は『シチュエーションコメディ』という言い方で、ドラマとははっきりと分けられています。しかし、日本では明確なジャンル分けがされていない。これも、早急に直すべき根本的な問題です」(同)

●ドラマの撮影現場は気合いだけの軍隊式?

 なぜ、アメリカと日本のドラマの質や構造はこれほどまでに違うのだろうか?

「アメリカには『エミー賞』という、アカデミー賞のテレビ版があります。みんな、その受賞を目指してがんばるんですよ。新聞や雑誌のテレビドラマに関する批評も、とてもさかんです。日本では、ドラマについて書く人はほんの一部でしょ。『テレビドラマ批評』っていうジャンルがないんですよ。

 欧米では、いいときはもちろんほめて、悪いときはメチャクチャに叩く。きちんとした専門的知識に基づいて、そうした批評がなされるわけです。日本でも、音楽や文学、美術などのジャンルでは、きちんとした批評が行われていますが、テレビドラマの評論家はいないですよね。

 映画だって、『試写会に呼ばれなくなる』『テレビCMを買わなくなる』『来日するスターのインタビューができなくなる』ことなどを恐れて“忖度”があるから、きちんとした批評がほぼない。しかし、テレビドラマは映画と違って“忖度”する必要がないのに批評がなされていないのです」(同)

 デーブ氏のドラマ批判は、まだまだやまない。


「もうひとつ、肝心なことがあります。欧米の場合、テレビ局やスポンサーの関係者は、ドラマが放送される時間帯に家にいるんですよ。日本は働き方改革で少しは改善されたのかもしれませんが、決定権のある人、つまりテレビ局の社長や編成部長、制作部長、営業の責任者などがゴールデンタイムに家にいますか? 残業や接待で、おそらく1人もいないでしょう。

『よし、このドラマが始まる!』という感じで、家で家族と見るという環境がない。つまり、深く関心を持っていないんですよ。局で後から見るのかもしれませんが、リアルタイムで見ていない。つまり、視聴者の気持ちで見ていないということですよ。テレビ局だけではなく、制作会社、スポンサー、広告代理店の人たちも、まず家で見ていないでしょう。日曜日はいるかもしれませんが、ゴルフで疲れて寝ちゃってるんじゃない?」(同)

 最後に、デーブ氏はドラマの撮影現場にも苦言を呈す。

「撮影の現場は、とにかくその日の分を終わらせたいから、23時や24時までやっているんです。技術スタッフなんかは朝早いから、もうヘトヘトに疲れています。現場に行くとわかりますが、撮影は『気合いでやる』といった感じで軍隊式なんですよ。今話題の『教育勅語』みたいな感じですよ。とても『みなさんが楽しめる作品をつくろうね』という雰囲気ではない。お弁当も冷たいし……ケータリングだったら、まだましですけどね」(同)

 誰のために、何を目的として、日本のテレビドラマは存在しているのか? デーブ氏の提言を基に、今一度考え直すべき時期が来ているのかもしれない。
(文=深笛義也/ライター)

編集部おすすめ