液晶パネル大手のジャパンディスプレイ(JDI)は5月18日、東入来信博副会長執行役員が次期社長に内定していた人事を撤回し、有賀修二社長が続投すると発表した。東入来氏は代表権のある会長に就任し、最高経営責任者(CEO)を兼務する。

代表権は東入来氏一人が持つ。

 上場企業が内定した社長人事を、健康上の理由などがなく変更するのは異例なことだ。JDIの株式の35.58%は筆頭株主の官民ファンド、産業革新機構が持っている。

 会社側は有賀氏について「液晶事業に詳しく、(社長続投が)最適だと判断した」と説明しているが、同氏は平取締役に降格することが決まっていた。

「東入来氏がトップであることに変わりはない」という説明も説得力に欠ける。JDIのトップ人事の決定権が会社側にないから、こういう変則的な人事がまかり通ることになるのだ。

 JDIは2017年3月期決算で、3年連続の最終赤字(316億円の赤字)となり、「17年3月期は、なんとしてでも黒字にする」という公約が破られ、株価が急落したばかりだ。

 今回、会長兼CEOをクビになった本間充氏は「17年3月期に最終黒字にするのが私の責任」と胸を張っていたのに、5月10日の決算発表の席にも姿を見せず、敵前逃亡した。経営責任の放棄である。

 JDIの業績が低迷しているのは、技術動向と米アップルの戦略を読み誤ったからにほかならない。JDI発足前から、韓国サムスン電子(現・サムスンディスプレイ)は有機ELパネルを量産していた。JDIも有機ELの量産化を視野に入れていたが、需要が立ち上がるのはもっと先だと判断していた。
ところが、米アップルが17年後半に発売する、iPhone発売10周年記念の「iPhone 8」プレミアムモデルに有機ELを採用することを決め、サムスンに大量発注したという。JDIは17年春に千葉県の工場で有機ELの試作ラインを動かすが、アップルへの供給は当然、間に合わない。サムスンの独壇場になりそうだ。

●アップルに振り回されたJDI

 経営判断の狂いはほかにもある。15年3月、スマートフォン(スマホ)向けの液晶パネルを生産する石川県・白山工場の建設計画を発表した。建設費や製造装置を含めた総投資額は1700億円。資金の大半を、アップルからの前受け金で賄い、16年5月の稼働を目指していた。スマホ換算で月産700万台分の液晶パネルを生産する予定だった。だが、14年秋発売のiPhone6の販売不振を受け、アップルは16年9月発売のiPhone7の生産台数を当初予定から大幅に減らした。当然のことだが、JDIの受注量は見込みを下回った。しかも、アップルは17年以降に発売するスマホに、液晶ではなく有機ELを採用することを決めた。白山工場は完成したが稼働は延期となり、「稼働しない最新鋭工場」と呼ばれた。
そのためJDIは一時、白山工場を売却することも検討したという。

 かつての親会社である日立製作所や東芝は、保有していたJDI株の全株を売却した。「JDIの将来性に見切りをつけた」(業界関係者)と評判になった。白山工場は、予定より遅れること半年、16年末にやっと生産を開始した。高価格帯の中国スマホ向けの需要が増えたことで、ようやく操業にこぎつけたわけだ。

 革新機構は、JDIの救済策として「日の丸液晶」プランをぶちあげた。経営が悪化したシャープを革新機構が買収して、シャープの液晶事業をJDIと統合させる構想を練った。ところが、シャープは台湾の鴻海精密工業にかっさらわれた。革新機構が次に捻り出した救済プランが、有機ELパネルを手がけるJOLED(ジェイオーレッド)をJDIの子会社にすることだった。JOLEDは印刷技術による有機ELの開発を進めているが、量産への道のりは遠い。

 JDIは6月の株主総会を経て、本間氏が会長兼CEOを退任し、有賀氏も平取締役に降格することが決まっていた。そして、子会社化する予定のJOLED社長の東入氏を社長兼CEOとして迎える予定だったが、前述したように突然、変更になった。


 JOLEDは革新機構がJDI、ソニー、パナソニックの有機EL事業を統合して15年1月に設立した会社で革新機構が75%出資している。つまり、JOLEDとJDIは革新機構の兄弟会社なのである。東入来氏は長くディスプレイ業界に身を置き、イスラエル企業の経営を15年間担ってきた。だが革新機構が、思いつきで経営に介入する体制が続く限り、誰がトップになっても短命で終わるという醒めた声が社内外にある。

●革新機構に翻弄されるJDI

 三洋電機副社長を務めた本間氏は、15年6月にJDIの会長兼CEOに就任。主要顧客である米アップルのiPhone販売不振などで16年に資金繰りが悪化。株価も低迷し、革新機構が750億円の金融支援を決めた。本間氏の経営責任を問い、革新機構がJDIの経営体制の刷新を迫ったかたちだ。JDIは、革新機構がソニー、東芝、日立製作所の中小型液晶ディスプレイ事業を統合して、12年4月に発足した。

 白山工場の大型投資も社内には異論があったが、革新機構から派遣された社外取締役が工場建設を推進したとされている。白山工場は液晶が有機ELに置き換わる技術トレンドを読み誤った失敗の典型だ。

 経営者としての力量を、きちんと吟味することなく本間氏をJDIに呼び寄せたのは、ほかならぬ革新機構だった。
その本間氏を、今度は革新機構が解任した。

 白山工場の建設を強行した社外取締役は退任するが、革新機構の勝又幹英社長以下2人がJDIの社外取締役に就くことが5月18日、発表された。革新機構から派遣される社外取締役は1人から2人に増える。

 取締役に降格される予定だった有賀氏について会社側は、「経営の連続性を重視し、社長兼COOを続投することになった」と説明するが、有賀氏本人はどのような心境なのだろうか。力を発揮することができるのか。

 有賀氏の降格を決めたのも、一転して留任を決めたのも革新機構である。こんな人事のやり方はない。革新機構に翻弄されるJDIが、独立した企業として存続できるかどうかの正念場が1年以内にやってくる。

 会社側は18年3月期の利益の数字を開示していない。「18年3月期は黒字になるのでしょうね」との記者からの質問に、有賀氏は「できるかできないかは申し上げられない」と答えた。先行きに自信を持てないのだろう。

 17年4~6月期の連結営業損益は150億円の赤字(前年同期は34億円の赤字)。
17年3月期決算と同時に、こう公表した。

 5月10日にはアナリスト向け決算説明会も開催されたが、「有機ELの開発を加速する」と強調するだけで、主力の液晶事業をどうするのかについては触れなかった。自社の技術に関して確かなる自信・展望がないためだと見る向きが多い。

 正念場であることを株価が映し出している。JDIは14年3月に900円で株式を公開して以来、一度もこの価格を上回ったことがない“落第生”である。主幹事証券は野村證券。公開価格が高すぎたといわれている。5月12日に201円の年初来安値を更新した。

 株主も経営者も従業員も報われない会社になり下がってしまったのである。
(文=編集部)

編集部おすすめ