4月9日、オーバーブッキングが発生した米シカゴ発ルイビル行きのユナイテッド航空国内線で、搭乗済旅客を機内から力づくで引きずり下ろす事件が発生した。同乗していた旅客がこの顛末の一部始終を撮影したビデオがインターネット上で炎上し、同社CEO(最高経営責任者)が自ら陳謝せざるを得ない事態に陥った。
暴力により旅客を引きずり下ろすのは論外だが、米国では航空会社が予約済旅客を搭乗拒否するケースは少なくない。米運輸省の統計では、2016年の1年間に47万人がバンプオフされている。これは、全搭乗旅客1万人当たり7.1人に相当する。日本の国内線の場合は、同期間に約9000人、1万人当たりにすると1.1人と極めて少ない。
日米の違いは、日本の場合は航空会社の緻密な予約管理と低い座席搭乗率にあるといえるだろう。米国の航空会社の平均搭乗率は85%と極めて高く、日本は70%である。当然のことながらオーバーブッキングは満席便だけにしか発生しないのだから、平均搭乗率が高くなればなるほど搭乗拒否の確率は高くなる。
だが、航空会社が予約済みの旅客を搭乗拒否するのは、何もオーバーブッキングの場合だけではない。たとえば、以下のようなケースがある。
・3月26日、同じくユナイテッド航空のデンバー発ミネアポリス行きで、レギンスをはいた少女2人が搭乗拒否されている。「特典航空券利用者のためのドレスコードにそぐわない」というのがその理由であるが、了見が狭く、若者の自由な装いの気風を理解しない同社の対応に大きな批判が沸き上がった。
・4月22日、サンフランシスコ発ダラス行きのアメリカン航空の機内で、ベビーカーを持ち込んだ双子の子供の母親と乗務員との間でトラブルが発生、この母親を擁護する乗客と乗務員の間で殴り合いの喧嘩寸前となる騒動となった。
・6月13日、世界最大のLCCであるライアン航空(アイルランド)のブリュッセル空港チェックインカウンターで、搭乗券発行手数料50ユーロを請求された米国人旅客が激怒して大声でわめき散らして騒いだため、搭乗を拒否された。
・14年10月、クウェート航空のニューヨーク発ロンドン経由クウェート行きのニューヨーク=ロンドン間を予約したユダヤ人旅客の搭乗拒否が発生した。クウェート航空は、クウェートとイスラエル間は国交関係が存在せず、政府からイスラエルとのいかなる商取引も認められていないため、ユダヤ人を搭乗させるわけにはいかなかったと主張した。しかし米運輸省はこれを一切認めず、差別的対応の搭乗拒否を続けるならば米国乗入れの事業免許を剥奪すると警告した。板挟みとなったクウェート航空は、最終的に35年間も運航してきたこの路線を、16年1月をもって運休してしまった。
●なぜ、オーバーブッキングが発生するのか
なぜ、オーバーブッキングはこんなに多いのだろうか。航空会社が、ノーショー(予約したにもかかわらず、現れない顧客)による機会損失、すなわち「儲け損ない」をオーバーブッキングでヘッジしているからだ。予約には、航空会社などのサービス事業者泣かせのノーショーがつきものである。ノーショーとは、無断で予約を取り消す顧客である。予約とは将来のことを前もって約束することであるから、ノーショーの顧客は約束を守ってくれない人たちだ。ノーショーは、来ると思って用意していた商品が無駄になってしまうのだから、特に航空券などの在庫が効かない無形商品では、収入の機会損失が発生してしまうことなる。
航空会社は、イールド・マネジメント・システム(YMS)によって、航空便一便一便ごとの過去数年間の予約履歴を分析している。W月X日(Y曜日)のZZZ便の出発前数カ月から出発までの全クラスの予約の出入り(下図:予約曲線)の予約軌跡、ノーショー、搭乗実績を詳しく分析し、将来の同月同日の最も近い同曜日の同一便予約発生を統計科学的に予測している。航空会社は、YMSを使ってノーショー率を予測、その予測に従ってオーバーブッキング数を決めているのだ。
全日空の国内線の一日当たりの平均出発便数は832便(16年)、一便平均席数240席とすれば、一日当たりの総席数はおよそ20万席の膨大な規模となるので、YMSはビッグデータの解析システムであるともいえる。しかし、いかに優れたシステムといえどもすべて正確に予測することはできないので、どうしてもある程度は予測が外れて予測したノーショー旅客数の過不足が発生する。予測数より実際のノーショーが多い場合は、それだけ機会損失が発生し、その反対に少ない場合はオーバーブッキングが発生してしまうことになる。
100席の航空便の場合を想定してみよう。YMSによりノーショー率を5%と予測し、5人のオーバーブックングを行って、予想通り5人がノーショーすれば搭乗率は100%となる。オーバーブッキングは発生しない。しかしノーショーが4人以下0人となる場合は、1~5人のオーバーブッキングが発生してしまうことなる。下図「オーバーブッキング概論」で示す通りである。
●オーバーブッキング以外の対策
航空会社は、オーバーブッキングのほかにもノーショーの対策を練っている。予約前払金(デポジット)をはじめ、予約変更や取消の場合の手数料を徴収して、機会損失を最小限にすることを試みている。ノーショーをしづらくしてしまうという考えだ。予約変更の頻度が比較的多いファーストクラスやビジネス旅客運賃では、前払い金も取消手数料も一切かからず、至って使い勝手のよいな運賃だ。
しかし、厳しい運賃規則を導入しない代わりに、運賃を高額にしてノーショーのリスクヘッジをしている。また一部の航空会社は、取消や予約変更手数料とは別に、ノーショー・ペナルティー料金なるものまで徴収している。
一方これとは別に、格安運賃のLCCでは、予約と同時に運賃決済が必要になる制度を導入し、しかもその運賃を払戻不可としてノーショーによる機会損失を完全になくすことに成功している。ノーショーすれば、購入した航空券はただの紙切れ同然になってしまう。つまり、ここではすべての座席を“売り切る”販売手法が取られている。LCCは、顧客に予約変更の権利を放棄させる代わりに格安運賃を提供していることになる。最近では、フルサービスの航空会社も、このようなLCC運賃モデルをエコノミークラスのベーシックフェアー(格安運賃)に導入し始めている。
(文=牛場春夫/航空経営研究所副所長)