年の瀬も押し迫った今、大相撲界では暴行事件で横綱が書類送検されたり、富岡八幡宮の現宮司が元宮司である弟に殺害される事件が起こったりと、日本の「伝統」はどこにいったのかと人々が胸を痛める事件が続いている。

 そこに飛び込んできたのが、野村沙知代さん(85)の突然の訃報である。



 8日、自宅で朝までは普段と変わった様子がなかったが、容体が急変して救急搬送された病院で死亡が確認された。

 沙知代さんの波乱万丈な過去については、これまで何度も報じられてきた。戦後の動乱期に米軍将校と結婚し2人の男児を産んだ後、既婚者だった野村克也さんと交際し、結婚に至った。のちに克也さんが「野村克也引く野球がゼロなら、野村克也引く沙知代もまたゼロ」と語ったのは有名な話である。

 沙知代さんは自由な生き方で知られているが、おしどり夫婦とされながら典型的なかかあ天下であり、沙知代さんが克也さんの財布をすべて握り、沙知代さんの機嫌を損ねたときには克也さんは木製ハンガーで殴打されたというエピソードも知られている。

●沙知代さんとの思い出

 沙知代さんと初めてお目にかかったのは、イベントでご一緒することになったときだ。ハリウッド映画を紹介するイベントで何を話していただくか、面識のなかった私は打ち合わせのため一度だけ田園調布の沙知代さんのご自宅へお伺いしたことがある。豪邸のなかには、イタリア製、フランス製、中国製の豪奢な家具が所狭しと並べられ、リビングの隅には沙知代さんの息子である克則さんの等身大パネルが飾られており、庭には多彩な木々が花を咲かせ、日本で3頭しか輸入されていないという大型犬がいた。

 ひととおり打ち合わせが終わったあと、おもむろに沙知代さんは私のピンク色のケリータイプのバッグを見てこう言った。

「私はピンクが好きなのよ。あなたの持ってる、そのバッグいいわね、私にちょうだいよ」

「このバッグは人さまからプレゼントでいただいた物なので、差し上げられません」と伝えると、「どこのブランドなの?」「どこに売っているの?」「どうやったらプレゼントしてもらえるの?」と、次々質問を投げかけられた。バッグを差し上げなければ私はこの家から出してもらえないのだろうかと、少し焦った憶えがある。


 その後、たびたび紀尾井町にあったヴェルサーチ直営店で偶然お目にかかると、「ピンク色のバッグはまだ元気ですか?」と聞かれた。「少し痛んできています」と伝えると、笑顔で「じゃあ、もういらないわ」とおっしゃる。すでに閉店してしまったその店内には、ヴェルサーチ柄の派手で大きなソファセットが置かれており、そこで沙知代さんはよくお茶を飲んでいた。

「あなたも座りなさい、一緒に飲みなさいよ」と言われ、何度かご一緒させていただいたのだが、沙知代さんが選んでいたのはいつも克也さんの洋服だった。当時プロ野球球団の監督だった克也さんの様子について、さまざまなお話を聞かせていただいた。

 レオナールのショップでも偶然お目にかかることがあったが、そこでは沙知代さん自身の洋服を選んでおられ、私も数点お見立てしたことがある。美しいプリント柄が好きな女性だった。

 そんな沙知代さんが亡くなって、克也さんはどれほど気落ちされていることだろう。準備する間もない死は受け入れがたいことでもある。誰かが克也さんを支えて、悲しみを乗り越える「喪の作業」に寄り添ってくれるよう望むしかない。沙知代さんは、「潔い夫婦の生きざまを見せてあげる。自由闊達に生きて、人さまに迷惑かけることなく退きなさい」と遺言を残したのではないだろうか。


 心よりご冥福をお祈りいたします。合掌。
(文=池内ひろ美/家族問題評論家、八洲学園大学教授)

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