小学生から高校生までの生徒を対象とした英語塾、J PREP斉藤塾が東京・渋谷の新校舎に移転した。この1年だけで在籍生徒数が1000名以上増加したという。
その割合は前年対比で5割増だ。前回記事では、その躍進を支えてきた「顧客満足経営」を斉藤淳代表に語ってもらった。
首都圏で急成長を遂げてきた評判のJ PREP創業者代表、斉藤淳氏は、元イェール大学助教授(政治学)であり、国会議員を務めた経歴も持つ。この「やりたい放題の経歴」を有する少壮経営者は、いかにして教育産業での創業に至ったのか。そしてモニュメントともいうべき大箱の校舎を開校した後、どこを目指そうとしているのか。
●イェール大で日本人の英語力に絶望
――なぜ英語教育産業で創業しようと思ったのですか。
斉藤 ビジネス的な見地からいえば、「市場のゆがみ」に気づいたということです。「市場のゆがみ」とは、その市場では「安い、早い、うまい、素敵」の逆、すなわち「高い、遅い、まずい、ダサイ」のすべて、あるいはいくつかの不備なことが起こっているということです。日本の英語教育の現場では、まさにその「市場のゆがみ」が起こっていて、参入機会があると思ったのです。
――そして代表には英語の素養があった、と。
斉藤 もともとは外国語学部で応用言語学も学んでいますし、都内の英語塾で自分自身教えた経験もありました。何より、イェール大学で教鞭を執っていたときの体験も大きかったと思います。
イェール大で私は日本出身の教員ということもあって、日米学術交流プログラムのコーディネーター的な仕事もしていました。このプログラムに関連して多くの日本人の教授や知識人がイェール大を訪れて来ました。そこで、英語ができないというだけで多大な損失を被る事実を見て愕然としました。私はこの現状は、日本の国益を損なっていることだと本当に思いました。
――そこで、ご自分でなんとかしようと。
斉藤 英語教育産業に「市場のゆがみ」が起きていて、おそろしく非効率になっている、これを正すことは私に課せられた社会的ミッションだとも思いました。
――創業の地を東京・自由が丘とした理由は?
斉藤 自由が丘は「習い事のメッカ」であり、教育熱心な家庭の多い地域の中心にあります。この地域の保護者なら、私が目指す英語教育を理解して共鳴していただける方たちがいるのではないかと思いました。
――最初の年は、どのくらいの規模で始められたのですか。
斉藤 生徒数20名ほどでした。ソーシャルメディアと知人を介してが半分、折り込みチラシを見てきてくれた生徒が半分、といった具合でした。私自身が生徒全員を教えていましたし、少数精鋭でしっかり勉強してもらいました。
最初に教えた中学生も、今では東大をはじめとする難関大学や医学部、海外大学に進学しています。嬉しいのは卒業生が、「大学に入ってますます、J PREPで勉強していて良かったと感じた」と言ってくれることですね。入試よりはその先を見据えて指導してきましたので。
●教育者から経営者へ
――J PREPは学校法人ではなく、株式会社J Instituteが経営しています。斉藤代表はそれまで大学教授、つまり教育者で、起業は初めてだったため、企業の運営や経営にはご苦労があったのではないですか。
斉藤 当初は講師こそ私のほかに何人かいたのですが、経営という観点では本当にひとりで始めました。最初の年は財務諸表の読み方というよりも、複式簿記の初歩から勉強しました。領収書を整理して経理ソフトに自分でデータを入力するようなこともしながら、経営のイロハを学びました。
――特に困ったことは?
斉藤 創業間もない会社なので信用がなく、自由が丘で校舎を拡張移転する際に不動産を借りるのにも苦労しました。
――創業は2012年ですが、経営上で大きなブレーク・スルーとなったのは何年のことですか。
斉藤 おかげさまで最初の5年間は生徒数が年々、倍々で増えました。自由が丘校での生徒数が600名に達したとき、次の拠点として2015年に渋谷に進出したときでしょうね。
宮益坂の交差点に面するビルのフロアを借りて、当初は100名ほどの生徒数でした。
――自由が丘の次に渋谷を選んだのは、どのような判断だったのですか。
斉藤 山手線のターミナル駅に進出することで、山手線の東側からの需要にアクセスできること、それから自由が丘とは東急東横線で1本、各駅停車でも10分ほどですので、拠点間の連絡がいい、ということからです。
――戦略的にいえば「ドミナント展開の出店」というわけですね。山形県の酒田校のほうはどうなったのですか。
斉藤 酒田校は、私の出身地という思い入れから創業時に同時開校して、私も今でも週に1度は教えに帰っています。しばらくは授業から教室の掃除まで、何から何までひとりでやっていました。しかし今では、ビジネス的な見地から重要な拠点に育っています。
――というと?
斉藤 学校全体のオペレーションの大きな部分を酒田で実施しています。渋谷や自由が丘に電話がかかってくると、実はそれを受けているのは酒田なんです。教材開発やその印刷発注、3000名を超える生徒家庭への発送などはすべて酒田で行っているのです。ITのシステム開発も酒田を拠点として行っています。
東京で実施するより、コスト的な優位がありますし、なにより出身地での雇用貢献ができていると思っています。現在酒田事業所には講師のほかに、サポート・デスクとして20名ほどのスタッフに活躍してもらっています。
――それは実に賢いですね。これから人材雇用はどの業界でもますます難しくなってきます。地方でのオペレーションなら、そのような問題にも対処できるでしょう。
斉藤 実は海外経験や特殊なスキルを持つ人たちが、家族の介護や地域への想いを理由に地元に戻ることが多くあります。この絆を大切に、事業を組み立てるようにしています。教育面でも、全国展開を想定したモデルづくりを行う上で、酒田校で多くの知見を得ています。
●国も戦う場も好きなように選んできた、真の自由人
――J PREPの代表をなさる前の斉藤さんの経歴がユニークというか、文字通りの唯一無二です。
斉藤 私は酒田生まれの純日本人です。上智大学では外国語学部で英語を学びましたが、イェール大学の博士課程で学んでいたのは政治学です。故郷の酒田のため、日本のために役に立ちたいと思い、政治学を勉強していました。
そもそも比較政治経済学を学んでいた理由は、地域経済を成長させるために何が必要か、探究したかったからなのです。ちょうど現職議員が政治資金疑惑で辞職したこともあり、衆議院議員の補欠選挙に立候補して当選したのが33歳のときのことです。
――でも、またイェール大学に戻られた。
斉藤 翌年に総選挙となり、私は落選してしまいました。所属が民主党だったということもあり、その次の選挙を目指すのは断念しました。06年にイェール大学で博士号を取ることができました。それからアメリカの大学で教鞭を執りはじめて、08年から4年間、イェール大学で政治学を教えていました。博士論文は『自民党長期政権の政治経済学――利益誘導政治の自己矛盾』(勁草書房)として上梓させてもらいました。
――この本は、第54回日経・経済図書文化賞を受賞しています。
斉藤 J PREPを創業してからは、英語教育の本に傾注しています。最近著したのは『ほんとうに頭がよくなる 世界最高の子ども英語――わが子の語学力のために親ができること全て!』(ダイヤモンド社)という本で、すべての親御さんに読んでいただきたいと思っています。
●規模より質を、何より在籍者の満足度を
――新校舎、大箱への移転という大きな節目を通りました。
この後はどのように展開していくつもりですか。
斉藤 この校舎と自由が丘、酒田の3拠点で最大4500名の生徒に授業を提供することができると考えています。現在、学童保育を合わせて3600名まで達成しました。しかし生徒数の最大化を目的に経営を行っているわけではありません。規模を追いかけるのでなく、あくまで在籍している生徒、そして保護者の満足度を高めることを目標としたいと思っています。
――地域的な展開は次の段階とすると、教育プログラムの新商品はどうですか。
斉藤 すでに小学生向け英語レッスンと学童保育で500名ほどの在学生がいます。学童保育は共稼ぎ社会を支えるためにとても有意義な事業であり、需要もあります。また英語の初期教育との親和性も高い。ここの在校生も着実に増やしていきたい、と思っています。
――Eラーニング、つまりインターネットによる地方販売はどうですか。
斉藤 きめ細かい最高の授業の品質というと、やはりクラスで優秀な講師から習うことでしょう。iPadを使うアプリもすでに生徒に提供していますが、それらはあくまでも補助教材と考えています。誠実によい英語教育を提供していくことが、当校の、そして私の使命だと思っています。地域的な展開については、慎重かつ真剣に研究しています。
――本日はありがとうございました。
斉藤 こちらこそ、ありがとうございました。
●対談を終えて(山田の感想)
「斉藤代表のなかで、教育者と事業家・経営者の割合はどうなのか」と聞いたら、「創業時は教育者の要素が9割、今は4割でしょうか」と言う。「また教育者の割合を半分以上に戻したい」とも。新校舎に移り、しばらく教育者としての分野に集中が戻ることだろう。しかし、年に1000人ずつ在籍者が増えていくと、2年すると新校舎も満杯となる勘定だ。その時点で次の段階を実現する事業家としての手腕を再び発揮しなければならない。というか、今から次の飛躍に備えてもらいたい。
斉藤代表は声が大きく、底抜けに明るい笑顔が特徴の経営者だ。J PREPのパンフレットには「目指すなら世界の頂点」とぬけぬけと書いてある。代表が生徒たちに向けているこの言葉を、そのまま代表に贈りたい。
(文=山田修/ビジネス評論家、経営コンサルタント)
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