クラシックコンサートのチケットは、なぜ高額なのでしょうか。たとえば、現在販売されている東京の有名なオーケストラのチケットは、SS席が1万5000円、S席が1万円、A席が8500円、B席が7000円、一番安いC席が5500円です。
一方、日本のポップアーティストのコンサートのチケットは数千円から9000円程度で、人気アーティストでも1万円を超すことはまれです。
さらに、海外のオーケストラに至っては、S席で3万5000円になるようなケースもあります。カナダの人気サーカス、シルク・ドゥ・ソレイユのSS席が1万3500円、S席が1万1000円であることと比べると、その高さが際立ちます。
クラシック音楽も含めたショービジネスには、べらぼうにお金がかかります。アーティストはもちろん、舞台、制作、広告、舞台装置、オーケストラ&コーラスなど、すぐにリストアップできるだけでも多岐にわたります。
ポピュラー音楽やミュージカルなどの分野も莫大なお金が必要ですが、成功すれば大きなお金が転がり込んできます。ロングラン公演にでもなれば、それだけで潤うわけです。しかし、クラシック音楽は事情がまったく違います。
世界で一番有名なベルリン・フィルであっても、公演収入だけでは赤字となるのです。まず、オーケストラは大きな団体であり、その維持自体に経費がかかるという面があります。何度も同じコンサートをすることにより、収支を合わせることができればいいのですが、残念ながら、クラシック音楽愛好家数は、ポピュラー音楽よりも少ないので、それも不可能です。しかも、やればやるほど赤字が増えるコンサートもあります。
そうなるとチケット料金を上げるしか方策はありませんが、値段を上げるにも限界があります。そして追い打ちをかけるように、クラシック音楽専門ホールの客席数は、音響のクオリティを保つためにせいぜい2000席強しかありません。つまり、収入に限界があるのがオーケストラなのです。
結局、オーケストラをはじめとしたクラシック音楽というのは、営利事業ではないのです。どのように運営しているのかは、お国柄と民族性が反映しています。
●音楽文化の違いによる運営方法の違い
もともと、王族や貴族がパトロンとなって音楽文化が育って来たヨーロッパ。革命後、引き継いだそれぞれの国の政府が、自分たちの文化に対して、当然のごとく援助をし続けました。そんなわけで、集客意識よりも、どれだけ文化を高められるかということに重点が置かれる場合が多く、採算度外視の企画もやりやすいといえます。結果、意欲的なプログラムを組みやすいことが、ヨーロッパ文化を常に育てているといえます。
アメリカの場合は、かなり事情が違います。彼らは、もともとヨーロッパからの移民です。
たとえば、世界的なオーケストラであるニューヨーク・フィルハーモニック管弦楽団は、1842年に創設されたアメリカ最古参のオーケストラです。ここもやはり、事業で大成功を収めた音楽愛好家たちによって創設されていますが、現代でも構図は同じです。彼らの年間収入は1億ドルくらいありますが、チケット収入は4分の1程度です。残りのほとんどは個人や企業の寄付金で賄われているのです。なんと公的資金は1%くらいしかありません。
アメリカの寄付金システムはものすごく興味深いものですので、またの機会に書かせていただきます。
ヨーロッパ型、アメリカ型のどちらにも属さない国として、英国は折衷的です。国や市の予算だけでは足りず、スポンサー企業を探して、やりくりをしているわけです。
最後に日本のオーケストラ。もともと、日本にはオーケストラがありませんでした。そこで、音楽家たちが、自分たちでオーケストラをつくったのが始まりです。そんなわけで、さまざまな運営形体があります。放送局や地方自治体が全面的に援助し、財政基盤がしっかりしているヨーロッパ的オーケストラや、企業が全面的にバックアップしているアメリカ的オーケストラもあります。しかし、ほとんどは英国的なオーケストラです。
つまり、地方自治体や、国に援助をもらいながら、それだけでは足りないので自分たちで企業スポンサーを募って、なんとかやりくりしているのです。まだまだ財政的に厳しく、楽員の給料も低く抑えないと存続も難しいオーケストラも数多くあります。ただ、共通していえることは、楽員という被雇用者も、事務局という雇用者と一体となって、自分のオーケストラのためにがんばっているという点です。まるで、日本の企業と海外の企業の違いを見るようです。
僕は、指揮者になって25年になりました。幸運なことに、ロサンジェルス・フィルハーモニック管弦楽団副指揮者、フィンランドのキュミ・シンフォニエッタの首席指揮者、そして、日本では静岡交響楽団の常任指揮者を務めながら、長く在住していた英国のオーケストラをはじめ、ドイツ、北欧、東欧でも指揮活動をすることにより、いろいろな国の民族、文化を実際の目で見てきました。
(文=篠崎靖男/指揮者)