オリンパスと同社の人事部長、法務部長を相手取って訴訟を起こした社内弁護士は、名前を榊原拓紀という。西村あさひ法律事務所を経てオリンパスに転職した若手の弁護士である。

同社によって榊原弁護士が社用メールの送受信をできないようにされた頃から、同社はどこかが壊れてしまったらしい。

 前回記事で触れたように、オリンパス社員から「お恥ずかしい話ですが、お力をお貸し下さい」とメールが来たのと前後して、同社の中国・深センでの贈賄疑惑に関するさまざまな資料が引っ切りなしに筆者のもとへ送られてくるようになった。ある資料はメールに添付されて送信され、またある資料は差出人不明のまま郵送されてきた。オリンパスのロゴが入った封筒に、宛先も差出人も記入されないまま、「FACTA」編集部の郵便受けにこっそり投函されていたこともある。

 それまでも問題が浮上するたびにオリンパス社員からと思われる情報提供があったが、多くは散発的なものだった。しかし今回は違う。毎週、新しい内部資料や、深センで問題が浮上した頃の古い資料、問題にかかわった社員の消息、社内の雰囲気などがもたらされ、記事を書くための材料に事欠かなくなった。

「FACTA」(2月号)で深セン問題を記事にした後、筆者はオリンパスと社外取締役たちに対して、その無為を責めると同時に、一種の強度実験を試みた。榊原弁護士が社外取締役や他の役員、幹部社員に送ったメールには、メールの送り先アドレスがずらりと並んでいる。そこで社外取締役全員に対して、深圳問題をどう認識しているのか、そしてどう対応するつもりなのかを問う質問状を送った。

 社外取締役たちは自分のアドレスを筆者らが把握しているとは、よもや思っていまい。そこに質問状が送られてくれば、多少なりとも驚くだろう。
逆に社外取締役とオリンパスが動揺せずに一致結束していれば、私の質問状など意に介せず、いつものように無視するのではないか。この質問状で結束の強度がわかるだろう。

 質問状を送った翌日の夕刻、オリンパスの広報担当者から筆者に苦情の電話が入った。

「社外取締役に直接メールを送るのはやめてほしい。取材依頼は広報・IR部で対応するから」という内容だった。強度実験は成功した。

●患者が相次いで訴訟

 話を訴訟に戻す。榊原弁護士が会社と人事部長、法務部長を相手取って、損害賠償請求訴訟を起こしたのは、1月19日のことだった。公益通報者保護法違反と職場環境配慮義務違反により、500万円を支払えという請求内容である。

 訴状を読むと、単に公益通報者保護法違反と職場環境配慮義務違反について記してあるだけでなく、中国・深センで贈賄が疑われる契約や取引があったことについて、詳しく記されていた。

 民事訴訟の一審と控訴審は「どのような事実があったか」も争われるため、なぜオリンパスが公益通報者保護法などを犯すに至ったのかも争点にしたかったのだろう。社内弁護士は深セン問題を単なる内部告発事件として矮小化するのではなく、企業統治も内部統制もできていないオリンパスが起こした贈賄事件としてはっきりさせることを狙っているのではないか。
訴状のほかに関係者の間で交わされたメールや、法律事務所から取得した意見書、そして前回記事で触れた社外取締役宛ての通知書などが証拠として添付されているのは、そのためだろう。オリンパス内部でどのような問題が生じていたのかだけでなく、その処理方法をめぐって意見の対立が深刻化しているのかを物語る内容ばかりだった。

 榊原弁護士が起こした訴訟がメディアで報じられている間にも、「FACTA」編集部には毎週のように内部資料が届けられていた。次にやってきたのは、オリンパスが国内外で抱える144件もの訴訟(2017年9月末時点)のリストだった。米国でオリンパス製の十二指腸内視鏡が超耐性菌の大量感染問題を起したことで、米国を中心に患者が相次いで訴訟を起こし、損失隠しその他も合わせると驚くべき件数の訴訟を抱えているという内容だった。

 上場企業が業績などに影響を及ぼす訴訟を抱えたり、偶発債務が発生する恐れが生じた場合、有価証券報告書に記すことがある。しかしオリンパスの有価証券報告書には144件もの訴訟を抱えているとの記載はない。一件当たりの訴額が比較的小さいうえに、将来支払いを求められる可能性がはっきりしないためであろうが、弁護士費用は年間50億円前後に達している。これらは株主が知らないまま支出される可能性があり、情報開示上の問題があるはずだ。

 これとは別に、もうひとつ重要な資料も送られてきた。海外の有力法律事務所から取得した3通の意見書である。オリンパスのアジア・パシフィック地域統括会社(OCAP)のマネジャーが2017年に3つの法律事務所に意見書を求めたところ、いずれも「深センでのコンサル契約は米連邦海外腐敗行為防止法(FCPA)に違反し、高額の罰金を支払わなければならないリスクが高い」という趣旨だったことは、前回記事で触れた。
その3つの意見書が届けられたのである。

 2015年に西村あさひ法律事務所などがまとめた「最終報告書」は日本語で書かれているのに対し、3通の意見書はいずれも英文で記されている。「FACTA」の英訳記事を読んでいる海外の読者からは、しばしば「オリンパスの報告書や意見書に英語版はないのか?」と問い合わせが来ており、これを「FACTA」のHP上で公開すれば、海外のうるさ型の投資家は深セン問題を座視していられなくなる。

 筆者は「FACTA」の阿部重夫主筆と相談し、6月に3通の意見書をそのHP上で公開した。もちろん閲覧は無料である。日本以上に投資対象企業のコンプライアンス(法令順守)に厳しい海外の投資家の目に触れれば、6月の株主総会を簡単には乗り切れまい。
(文=山口義正/ジャーナリスト)

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