東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)に70回連続出場、総合優勝10回という超名門が揺れている。
日本体育大学陸上部駅伝ブロック監督だった渡辺正昭氏に、部員へのパワハラ疑惑が浮上し、同大は12日に同氏の解任を発表した。
この報道が出たとき、筆者は少しも驚かなかった。なぜなら、渡辺氏の体罰は、陸上界では有名な話だからだ。駅伝強豪校の取材を20年近く続けてきたが、多くの大学でパワハラに近い指導が行われている。しかし、どのような指導がパワハラとなるかは、選手側の気持ちの問題になるため、一概には判断できない。
監督と選手の距離、信頼関係などで、同じ言葉を使ってもパワハラになるかどうかが変わってくるからだ。近年は指導者たちも発言には気をつけており、選手に対して高圧的な言葉で罵倒するケースは少なくなっている。だが、渡辺氏の場合は明らかに言い過ぎの嫌いがある。言葉のチョイスが間違っていたとしか思えない。
しかも渡辺氏は、以前にも体罰問題で物議を醸している。
日体大は、渡辺氏が駅伝監督に就任する際、「(体罰問題は)十分に反省し、再発の恐れがない」と説明したが、今回の報道が事実ならば、“再犯”ということになる。これは大学側の見る目がなかったといえるだろう。
●エースの不自然な退部
そもそも、体罰の“前科”がある渡辺氏が、名門校の監督にふさわしいとは思えないし、就任したタイミングにも違和感があった。13年の箱根駅伝で日体大は、30年ぶりの総合優勝を果たしている。その時に指揮を執っていたのは、渡辺氏より4歳年下の別府健至氏だ。翌14年は3位だったが、15年に15位となると、シード権を逃した責任をとらせるかたちで監督を更迭した。
監督が交代した直後の関東インカレ(15年5月)で、当時のエース・山中秀仁(現Honda)が男子1万メートルで優勝した。振り返ると、彼がレース後に発した言葉に、日体大の危うさが隠れていたように思う。山中は、「監督が代わっても自分が走れることは証明できたので、別府さんを安心させられたかなと思います。このままズルズル落ちてしまうと別府さんも変な気持ちになると思うので」と、前監督のことを気にしていた。さらに、「新監督になって、すべて変わった」と、意味深な言葉も残しているのだ。
そして山中は同年9月、「早期引退」というかたちで部を離れた。陸上関係者の多くは、「何かあったな」と察していたはずだ。この時点で、大学側は山中と渡辺氏、ほかのスタッフなどからヒアリングをすべきだったと思う。そして、問題点があれば、傷が浅いうちに対処していれば、今回のような大騒動にはならなかったかもしれない。
エースが離脱した日体大だが、予選会を悠々と突破すると、本戦でも7位に食い込みシード権を獲得した。
パワハラや体罰は陸上界だけの話ではなく、ほかの競技にも似たような疑惑は多く浮上している。もはやスポーツ界全体の問題といっていい。なぜ今回のような事態が起きたのか。日体大はスポーツマンシップにのっとり、公明正大な調査・報告をして、事件の真相を明らかにしてほしい。それが選手や関係者に対する責務であり、日本のスポーツ界をクリーンにするための一歩になるはずだから。
(文=酒井政人/スポーツライター)
●酒井政人
東京農業大学1年時に箱根駅伝10区出場。故障で競技の夢をあきらめ、大学卒業後からライター活動を開始。現在は「Tarzan」「月刊陸上競技」「東洋経済オンライン」などで、スポーツライターとして陸上競技・ランニングを中心に執筆中。有限責任事業組合ゴールデンシューズの代表、ランニングクラブ「Love Run Girls」のGMなども務めている。