大手遊技機メーカー「ユニバーサルエンターテインメント(UE)」にとって、今後の経営権の行方を左右する重要な証人尋問が、9月14日、東京地裁で行われた。
証言したのは、岡田知裕氏(51)と妹の裕実氏(49)。
岡田前会長は反撃に出た。裕実氏の離反は兄・知裕氏の誤導によるもので、「会社経営に無縁の裕実氏の考えではない」と読んで裕実氏を説得。裕実氏にしても、「まさか、父が会社を追い出されるとは思わなかった」として、オカダHDの株式の返還を求めた。それに対して知裕氏は、自らが原告となって、裕実氏を被告に信託契約が有効であるという確認訴訟を東京地裁に起こした。裕実氏は、その後、オカダHDの所在地である香港で、株式の信託契約が無効であるという訴えを起こしている。
信託契約とは、オカダHDの株を約10%持つ裕実氏が、約44%を持つ知裕氏に信託譲渡したというもの。オカダHDは、UEの株を約7割持つ大株主。2人合わせて約54%となり、岡田前会長の約46%を上回った。だが、裕実氏が兄を離れて父につけば、結果は逆となる。知裕氏はオカダHDから排斥され、その支持のもとUEの経営権を奪った富士本淳社長ら経営陣は、逆に会社を放逐されよう。
●「意図せざる信託契約」
法廷に立つ裕実氏は、「意図せざる信託契約」であることを強調した。まず被告側代理人から、次に原告側代理人から質問があったが、最も象徴的だったのは、裕実氏が「信託が何を意味するかわからなかったものの、兄を信頼してサイン、押印した」という発言を繰り返したことだった。交わされた文書は「株主間契約書」「株式管理処分契約書」「合意解約契約書」「株式管理処分信託契約書」などである。裕実氏は、知裕氏に「父が不正をやって、UEがつぶれるかもしれない。だから信託契約が必要だ」と言われ、狼狽して書類にサインしたという。
説明を受けたのは、2017年3月2日、ホテルの一室で約20分。以降、電話などでの追加説明はあったものの、あとは同年5月23日、公証人役場でサインして押印するまで、知裕氏からも彼の弁護士からも詳細な説明はなく、裕実氏には書類の原本も控えも渡されることはなかった。それでは、契約の意味するところを知らなかったとしても無理はない。
最も重要な「株式管理処分信託契約書」は、<第1章総則の第1条 委託者兼受益者(裕実氏)及び受託者(知裕氏)は、本会社の価値の毀損を防止し、本会社の利益の最大化を図ることを目的として、本信託契約を締結する>から始まる。本会社とは、オカダHDのこと。裕実氏は、知裕氏を信頼、サインすることがUEの窮地を救うことだと信じた。
1時間に及ぶ被告、原告双方の質問に、「父を追い出すつもりはなかった」「兄を信頼していたからサインしたが、(信託期間)30年もの長い間、兄に一方的に有利な契約になっているとは思わなかった。知っていたらサインしなかった」と証言して終えた。
続いて証言台に立ったのは知裕氏である。「私と違って社交的で友達が多い」と裕実氏が語った知裕氏は、縦横に大きな体を証言席の椅子に沈め、快活に答えていく。裕実氏は自分を裏切ったわけだが「それは想定内だった」といい、「だから信託契約を結んだ」という。
「ワンマンの父は、UEの社内で独断専行がひどくなり、公私混同も目立つようになりました。私は、内部に知り合いもおり、情報が入ってくる状態でした。だから、父を経営から排除するしかないと思った。妹もわかってはくれましたが、父親の顔色をうかがって育ったので、父は取締役復帰を狙って妹を取り込むだろうと思いました。妹に負担をかけないためにも、信託契約を結んだのです」
そのため、裕実氏に対し、批判がましい発言は一切しなかった。
「3月2日は、(事前に作成していた)メモをもとに、20分かけて丁寧に説明しました。信託期間が30年であることも、父を解任して戻れないようにすることが目的であることも、裕実は理解していました。(態度を変えたのは)父が裕実の家に行き、長時間居座ったうえで、『信託契約を結んだら、お前は譲渡税で自己破産する』とか『体調が良くなく、先は長くない』などと、あることないことを言って説得したからです」
訴状は、「信託契約の有効性を確認すべき必然性」を、次のように指摘している。
<不正行為を指摘されている訴外和生が、上場企業であるユニバーサル社の代表に返り咲くようなことが万一あれば、ユニバーサル社の企業価値は著しく毀損され、その結果、ユニバーサル社株式を資産の大部分とするOHL(オカダHD)の企業価値も大きく毀損されてしまう>
裕実氏を説得したのとまったく同じ理屈。不正を働いた岡田前会長がUEに復帰してはならないというのである。
●UE、岡田前会長の逮捕を適時開示
その文脈のなかで、8月6日、UEは岡田前会長の逮捕を適時開示した。香港の警察組織とは別の捜査機関であるICACが、「複数の賄賂に関する容疑・罪状で、岡田和生氏を逮捕した」という。香港の捜査事情に詳しい人物が解説する。
「複数の賄賂に関する容疑ではなく、UEが特別調査委員会で問題視した子会社による20億円の貸付問題です。また、ICACは日本のように刑事訴訟法に基づく逮捕を行ったのではなく、自ら出頭した岡田氏に事情聴取しただけ。だから岡田氏も身柄を拘束されることなく、退出を認められている。
20億円の貸付問題とは、オカダHDが元東証上場企業代表者20億円を貸付、その回収のためにUE子会社を経由して同人に20億円を貸付、そこからオカダHDの貸金を回収したという疑惑である。
岡田前会長は「不正な貸付」という疑惑を否定、「現経営陣も承知し、認めた貸付だった」として争う姿勢を見せている。実際、富士本社長がフィリピン金融機関の求めに応じて当時のUE取締役管理本部長を代理人として公証人役場で署名認証を受けた上記貸付に対する追認書類も存在する。
「日本のカジノ王」は、「あと3つはカジノ建設にかかわりたい」といい、「カジノ法案が通過した日本でも」と、意欲を見せているという。そのためには、まず復帰。それが叶うか否かは、兄と妹が結んだ信託契約の有効性にかかっている。
裁判所はどんな判断を下すのか――。
(文=伊藤博敏/ジャーナリスト)