私たちが仕事で持ち歩く「カバン」も、あまり知られていない部分で、さまざまな取り組みがされている。品質もかなり進化した。
素材も、そのひとつだ。以前に比べて「革製」のカバンが減り、ナイロンを含めた「布製」が主流となった。関係者からは、「昔は新幹線の棚に置かれるカバンは革製が多かったが、最近は少なくなった」(都内の皮革問屋経営者)という声も聞かれる。
その理由はいくつか考えられる。たとえば、中に入れる荷物の変化だ。ノートパソコンやスマートフォン・携帯電話といったモバイル機器は仕事に欠かせなくなり、中身も重くなった。そうなるとカバン素材も軽くて丈夫なものが求められ、耐用性を高めた布製が優位なのだ。
だが、革カバンに愛着を持つ人は一定層いる。今回は、そうした人に向けた人気メーカーの取り組みを紹介しながら考察したい。
●10万円でも大人気の「大人ランドセル」
ランドセルで知られる土屋鞄製造所は、「OTONA RANDSEL(大人ランドセル)」という商品が人気だ。大人が通勤に使うリュック型で、創業50年の2015年から販売している。10万円(税込み)という高額だが品薄が続き、製造態勢を整えて通常販売となった。
持ってみると、思ったほど重くない。カバン本体の重量は約1.7~1.8kgだという。
「お子さま用ランドセルは、6年間と使用期間がはっきりしていますが、大人用は使用期間が明確ではありません。そこで『長く使える丈夫さ』を大切にしながら、ビジネスシーンにも似合うスマートな背負いカバンを開発しました」(広報担当・前田由夏氏)
色は黒と茶色の2種類。それぞれシボ(表面のシワ模様)があるイタリアンレザーと、ヌメ革がある。大きさはA4版のクリアファイルが入る。ノートパソコンもサイズによっては入るが、PC保護機能にはなっていない。スタイリッシュ派向けの商品といえよう。
同社は1965年の創業以来、「日本の職人の手づくりによる革製のカバン」が信条だ。布カバンが主流となった現在も、革カバンの訴求にこだわる。
●「水に強い」革カバンも開発
2018年には、水に強い「Plota(プロータ)」という男性向け革カバンに新色を投入した。一般に、革素材は水に弱く、濡れるとシミになったり、水ぶくれしたりするというデメリットがある。
「この商品で取り入れたのは、『防水ファインレザー』という素材です。革の表面にコーティングするのではなく、強力な防水剤を繊維にまで浸透させました。防水や防油性を持たせつつ、 天然皮革が持つ質感を保つようにしています」(同)
最近の通勤電車内では、スーツにリュック姿の会社員も目立つ。とはいえ、たとえば得意先が固い業種の場合など、大切な商談の場にリュック姿で行きにくい場合もあるだろう。
「重要な役職を務める女性も増え、『プレゼンテーションの場でも持参できるようなカバンが欲しい』という要望もありました。そこで、女性向けには『HINON(ヒノン)』という別シリーズを開発。こちらも“雨にも負けない仕事鞄”として訴求しています」(同)
近年は、急なゲリラ雷雨や、頻繁に上陸する台風など、天候不順も続く。「雨が降ったら使いにくい」といわれた、従来の革カバンのイメージを変える商品だ。
高品質ではあるが、価格はそれなりにするのが土屋鞄の特徴。「プロータ」シリーズは、たとえば「防水フラップファスナーショルダー」(肩かけタイプ)が4万8000円、出張に使える「防水グランドボストン」は7万6000円(いずれも税込み)となっている。
●「少しカジュアル」な雰囲気にする
「ポーター」や「ラゲッジ レーベル」といったブランドで知られる吉田カバンも、「Made in Japan」を掲げ、すべての商品を国内職人の手づくりにこだわる。「丈夫さ」でも人気だ。
現在は、年間総数で約200万本ものカバンを製作し、「ポーター」ブランドからも、さまざまな革製カバンを派生商品として展開。年2回発表される「新商品展示会」では、毎回、意欲的な革製新商品を訴求する。
たとえば「ポーター ヘリテージ」というシリーズは、ビジネスでの利用を前提にしつつ、カジュアルでも使えるようなテイストに仕上げた。商品価格は、ブリーフケースが4万4000円(税別)、2WAY(手持ち・肩掛け)では5万2000~5万7000円(税別)となっている。
「このシリーズでは、カジュアルなデザイン性に加えて、革の醍醐味である経年変化を楽しめる植物性タンニンなめしの『革らしい革』を採用しています。カチッとしすぎない雰囲気のビジネスカジュアルのバッグで、幅広い年代の方に人気です。2012年の発売以来、店頭でも安定して売れています」(広報担当・阿部貴弘氏)
実は、「カジュアル化のバランス」は、最近の革カバン商品の特徴でもある。
近年のビジネスシーンは、前述のリュック通勤のようなカジュアル化が進む。クールビズの時季に限らず、1年中ネクタイをしない男性会社員も増えた。紳士用スーツ市場は07年度から13年度までの6年間で約3割も市場が縮小し、現在も回復していない。
だが、行き過ぎたカジュアル化にはならない。真夏でも、Tシャツ姿で執務できる職場は少ないように、仕事の際の服装や持ち物には一定の節度がある。
●町ぐるみで取り組む、兵庫県の「豊岡鞄」
ここからは「カバン製作者の育成」について、2つの事例を紹介したい。若い世代ではモノづくりに関心を持つ人が多く、会社員や主婦でも手がけてみたい人が増えているからだ。
兵庫県豊岡市は、古くからの「カバンの町」だ。奈良時代の柳細工を起源とし、江戸時代の柳行李につながり、現在に至るという。今でも生産本数は日本一で、一定の品質基準を満たすカバンを「豊岡鞄」として認定、地域団体商標にもなっている。市内には約180社の鞄関連企業がある。
そんな町に、14年に誕生したのが「Toyooka Kaban Artisan School(トヨオカ カバン アルチザン スクール)」というカバン職人の育成学校だ。運営するのは第三セクター・豊岡まちづくり会社で、豊岡鞄協会の支援を受けている。
学校の専門課程は1年コースで、授業内容にはミシン特訓講座、図面や仕様書や原価計算もあれば、生地や皮革工場視察、市場調査の課外授業もある。年間授業料は126万円かかるが、すでに4期の卒業生を出し、市内のカバンメーカーなどに就職した。豊岡市工業会も、スポットで学べる「カバン製作教室」をつくり、こちらは無料で受講できる。
9月13日には東京駅前の商業施設「KITTE(キッテ)」の1階に、東京初の旗艦店もオープン。革カバンも含めた、豊岡鞄の情報発信にも力を入れている。
●「手縫いの革製品」の発表会
時期が前後するが、5月下旬に東京の下町で「革手縫い教室展」というイベントが開催された。『手縫いで作る革のカバン』(NHK出版)などの著書を持つ、野谷久仁子氏が主宰する教室の生徒たちの作品発表会だ。
通常の作品展よりもレベルは高い。指導する野谷氏が、バッグデザイナーとして長年の実績があり著書も多いこと、そして吉田カバン創業者(故吉田吉蔵氏)の次女で、創業者から直接、手縫い技術を学んだという人でもあるためだ。
とはいえ、教室は“修業道場”という雰囲気ではない。やわらかな雰囲気のなか、真剣にカバン製作に取り組む。生徒の年齢も職業もさまざまだという。
もともと帽子デザイナーだった野谷氏が、手縫いの革カバンに興味を持ち、手縫い名人だった父の吉蔵氏に「教えてほしい」と頼み込んだ当時、父の答えはこうだった。
「教えるから、学んだら手縫いの技術を広めてほしい」
目の届く範囲で教え続けることで「父との約束」を果たしている。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
1962年生まれ。
足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。
近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。