振り込め詐欺は新たな手口が次々に考えられ、被害はあとを絶たない。そんななか、千葉県柏市が市区町村行政では全国で初となる「柏市振り込め詐欺等被害防止等条例」(以下、同条例)を平成28年4月に施行、昨年4月で3年目を迎えた。
●条例の趣旨
――同条例が施行されて、昨年4月で3年目を迎えられました。柏市は条例だけでなく、さまざまな施策を展開されて、柏モデルとして千葉県以外の市区町村からも非常に注目されていると伺っています。改めて、条例の趣旨について教えてください。
竹之内氏 一言でいえば、柏市、市民等及び事業者それぞれの責務を明文化し、一丸となって振り込め詐欺被害の撲滅を目指すという理念を定めるものです。
――各条文について簡単に教えてください。第8条に被害者への支援が盛り込まれた理由や、条例施行後に被害者支援をされた実例があれば、教えていただけますか。
竹之内氏 被害者は経済的だけでなく、精神的ダメージも大きく、そのケアが必要として盛り込まれました。実例として、被害者の方の裁判に同行させていただいたことがありました。実際の裁判は、千葉県内で裁判が行われるケースだけではありません。
――第5条の「市民等にも責務」というのが気になります。
竹之内氏 やはり、被害防止のためには行政だけの取り組みという一方通行では限界があるととらえていました。一般の方が被害防止に自ら努めるということも不可欠ではないかと思っています。
――市民の方に理解や協力が得られないことがあったわけですか。
竹之内氏 たとえば、金融機関やコンビニなどでお客様の様子から、職員の方がお声をかける場合があります。ところが、お客様ご自身は詐欺だと思っていませんので、「自分のお金をおろすのに、なぜガタガタ言われなくてはいけないのか」と反論される方も、なかにはいらっしゃいます。ただ金融機関サイドでは、「法的根拠がなく、それ以上、踏み込むことができない」という声がありました。
●被害の未然防止数が増加
――金融機関の後ろ盾となるための条例でもあるのですね。
竹之内氏 そこに都道府県と市区町村の役割の違いがあります。多くの市区町村には警察署が配置されていますが、それらは都道府県の組織です。つまり、市区町村では警察力を持ちません。私たちは、住民により近い市区町村ならではの強みを生かそうと考えたのです。市民の協力を得る、市民と継続的に接するといったことは市区町村の得意分野ですからね。
――条例を制定された意義は深かったというわけですね。金融機関などの声掛けの反応も違ってきましたか。
竹之内氏 条例を制定しただけでなく、金融機関などから意見をもらいながら、市民の方の理解を得られやすいようにチラシも作成しました。お声掛けの時には「柏市で条例ができたので、お声を掛けさせていただいています」とお見せしながら、ソフトな対応を心掛けていると聞いています(写真1)。チラシを見せながらの効果はあったようで、お客様とのトラブルは減少したとの感想も届いています。
――チラシに、「もし間違って声をかけられても、温かく受け止めていただくようにお願いします」と書かれているのも、いいですね。効果のほどは、いかがですか。
竹之内氏 金融機関の職員の方などによる被害の未然防止の数は増えています。これにより、条例の浸透・広報の効果が一定程度表れているものと思われます。ただ残念ながら、条例制定以後の本市における振り込め詐欺被害件数は、全国的な傾向に比例するように増加しています。金融機関を経由せず、手渡しによりキャッシュカードを騙し取る手口の増加などが要因と考えられます。犯人も金融機関のチェックが厳格化していることは知っていますから、こういったことの対策は今後の大きな課題です。
――条例を制定したことで、被害を水際で防止する抑止力につながったということですか。そもそもですが、条例をつくったきっかけは、なんだったのですか。
竹之内氏 実は、切羽詰まった事態に直面したのです。平成25年に、柏警察署管内で刑法犯認知件数が10年前と比較して約半減したにもかかわらず、発生した振り込め詐欺被害は全国平均の2倍近い被害率、被害額は1億9500万円となってしまったのです。
――それはちょっとビックリな結果ですね。
竹之内氏 いえいえ。むしろ逆で、ポスターやチラシを配布して、啓発活動は熱心に取り組んできたつもりでした。それだけに、こうした結果を突きつけられて、担当部署の職員はいうまでもなく、柏市役所全体としても、言葉に表せないぐらいのショックを受けました。
●社会全体で詐欺に対応する必要性
――何か理由は思いつかれたのですか。
竹之内氏 関係者で話し合いを行っても、行政としてやるべきことはいろいろと手がけて、一生懸命にやってきたつもりでした。それだけに、答えを見つけることができませんでした。そこで、犯罪学者であり、柏市が所属している全国安全都市会議の議長も務める清永賢二氏に相談に行きました。
自分たちが行ってきた啓発活動をお話させていただいたところ、「広報・啓発の方法が間違っている」と、ご指摘をいただきました。我々が行ってきたのは、結局、一般的で広義の啓発活動で、必要な人に届いてはいなかったということだと指摘を頂戴しました。
――手厳しいですね。
竹之内氏 とんでもないです。
――アンケートでは、どんな質問をされたのですか。
竹之内氏 町名、性別、年齢層、同居人の有無、近所との関係、さらに直近2年間での被害の有無を丸で囲んでいただく質問を設けました。このほか、振り込め詐欺対策についての意見を自由に書き込める欄もつくりました。それ以外には、被害実態をお聞かせいただきたかったので、防災安全課や老人クラブ連合会の連絡先を書いておきました。どれぐらいの反応があるのか心配しましたが、期間内に3241人からご回答をいただきました。実際に被害を受けたときの話をお聞かせいただいて、「役立ててほしい」という方も結構いらっしゃいました。
――アンケートの結果分析から見えてきたことがありましたか。
竹之内氏 結論としては、誰もが被害者になり得るということでした。
(文=鬼塚眞子/一般社団法人介護相続コンシェルジュ協会代表、保険・介護・相続ジャーナリスト)