“10分の身だしなみ”を謳い、いわゆる“1000円カット”の走りでもあるヘアカット専門店「QBハウス」。洗髪や顔剃りといったサービスは省いてしまい、散髪のみをスピーディーに行うという効率性の高さは、多くの人々の支持を集めてきた。
そんなQBハウスについて、運営元のキュービーネットホールディングスは、今年2月1日から全店舗で価格を改定すると発表。これまでの1080円という料金設定から、1200円(どちらも税込)に値上げするとのことだ。
値上げの理由について同社は、昨今の理美容業界における人材確保の難しさを挙げている。つまり今回の価格改定は、スタッフの待遇改善が狙いというわけだが、もはや「QBハウス=1000円カット」とは呼べなくなってしまうだろう。
この思い切った決断は、今後の運営に吉と出るか、それとも凶と出るか。また、ライバル店にはどのような影響を及ぼすのか。『お金持ちの教科書』(CCCメディアハウス)などの著書がある経済評論家の加谷珪一氏に話を聞いた。
●消費税増税など、来年の値上げ後もQBハウスには逆風が続く?
「今回の値上げの背景にあるのは恐らく、運営元が発表しているとおりの理由ですね。QBハウスはフランチャイズよりも直営店のほうが多く、大半のスタッフはQBハウスに直接雇われています。しかしパートやアルバイトを新たに集めようと思っても、今の理美容業界では、時給1000円程度では人が全然寄ってきません。それなりにお金を払わなければスタッフを確保できず、人件費が利益を圧迫しているという状況なのでしょう。
また、QBハウスは昨年3月に東証一部に上場しましたが、これまで複数のファンドなど運営元が次々と変わってきたという、ややこしい歴史があります。
要するにQBハウスは、業績を拡大しないと、銀行からペナルティーを科されてしまう立場にあるのです。価格改定の要因が人件費の高騰であることは確かなのですが、その一方では、売上も伸ばさないといけない。その2つの課題が重なってしまい、やむを得ず値上げに踏み切ったのではないでしょうか」(加谷氏)
改定後の1200円という価格は、現在の1080円から約11%増で、これがQBハウスにとってギリギリの落としどころだったということか。
なお、1996年11月に1号店がオープンしたQBハウスは、もともとは税込1000円ポッキリで髪が切れるという、真の意味での1000円カットだった。それが2014年4月の消費税増税を機に税金分が実質値上げとなったわけだが、今年10月には、さらなる増税が予定されている。QBハウスにとって3度目の値上げが行われる可能性もありそうだが、加谷氏いわく、ここ数年で日本の情勢は大きく変わるようだ。
「10月になって消費税が上がれば、人々が支払うお金も増えてしまいますので、当然ながら消費への意欲は失せるでしょう。これはQBハウスに限らず、コンビニやスーパーなど、すべての業態に当てはまる話です。
さらに、今年4月からは『働き方改革関連法案』が施行されます。時間外労働の上限を超えると罰則になりますので、残業はガクッと減ると思うのですが、残業代を込みで年収をキープしている人も少なくありません。残業が減れば年収も下がり、消費はますます冷え込むのではないでしょうか。
オリンピックイヤーである2020年には、年収850万円以上の人々を対象とした所得税の増税も控えていますし、今年から来年にかけては、消費への逆風が強くなります。こうした状況下で値上げするQBハウスは現実問題、かなり厳しいはずですが、先述しましたように、利益が出ないことには企業としてどうしようもないのでしょう」(同)
●値上げによる客数減は避けられても、多店舗展開にはブレーキか
値上げを断行して客離れを引き起こした事例は、過去にいくつもある。たとえば居酒屋チェーンの「鳥貴族」は2017年10月、全品280円均一から298円均一(どちらも税別)に価格を改定した結果、その月の客数は前年比7%減となった。
では、QBハウスもここまで露骨に客足が遠のきそうかというと、それは違うらしい。
「QBハウスには、鳥貴族ほどの影響は出にくいでしょう。というのも、値上げにもっとも弱いのは外食産業なのです。外食では『絶対にこの店で食べなければいけない』という理由が見つかりにくいですし、ほかの店舗に行ってもいいわけですから、値上げが実施されると、客は簡単に流れてしまいます。
一方でQBハウスのような業態は、自宅や職場の最寄り駅など、生活圏の近くに店舗があるから利用するという人がほとんど。同じエリアに1000円カットの店舗が何軒も密集しているとは考えづらいため、値段が100円や200円上がっても『まぁ、いいか』と渋々納得し、また次も通うという人が多くなりそうです。
とはいえ、長い目で見れば、値上げがQBハウスの運営にとってマイナスであることは間違いないでしょう。QBハウスは昨年6月の時点で国内に552店舗ありますが、1996年の創業から約22年がすぎても、思ったような多店舗展開には成功できていないというのが私の印象です。
なぜならQBハウスは、いくら1000円カットの走りだといっても、ほかの店舗に真似ができないサービスではありません。
多少の値上げがあっても従来のQBハウスの客はついてくるが、新たな店舗展開を進めるうえでは障害になりかねないということか。
「もちろん、最初に1000円カットを始めたという点でQBハウスにはアドバンテージがありますし、ライバル店よりも有利な場所に出店しやすいのは事実です。ただ、これから破竹の勢いで成長していけるかというと、それは難しいのではないでしょうか。だからこそQBハウスは近年、国内ではなく、海外展開を主軸にしているのだと思います。
ライバル店も、1000円という料金設定のままQBハウスへの対抗を続けるのは、まず無理でしょう。人件費の高騰は日本中で起こっていますので、タイミングのズレはあるにせよ、QBハウス以外の店舗も徐々に値上げすることになるはずです。
これがメーカーのようにモノをたくさん作り出す業態でしたら“ボリュームメリット”といって、売り上げが大きくなればなるほどコストを下げることができます。ところが理美容店ですと、一人の従業員が10分で髪を切れる量は変わりません。何か工夫をしても、10分で2倍の客をさばくことはできないのです。店舗を回すために人件費を上げると、その分だけ店舗にとっての損失になりますから、これを無視して1000円カットを維持しようとするのは、原則的に不可能だといえます」(同)
加谷氏は「今回の価格改定によってQBハウスの業績が急降下することもなければ、劇的に改善されることもない」と語る。いずれにしてもQBハウスの値上げは、1000円カットというシステムの限界を、業界全体に突きつけているようだ。
(文=A4studio)