元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな調査は「任意調査」です。



 毎年、国税庁から発表される「査察の概要」には、優先的に強制調査の対象となるジャンルが書かれています。これからは、国際取引、消費税還付、社会的波及効果の高い事案について調査をするそうです。調査をするにも多大なコストがかかりますから、効率良い調査が求められており、より悪質で追徴金額の多い調査対象を選ぶのは、査察部でなくとも同じです。

 しかし、金額が小さいからといって、調査をしないわけではありません。税務調査の役割のなかに「牽制効果」があります。「隣の会社に税務調査があったから、うちも気をつけよう」といった気持ちにさせる効果を意図しているわけです。だから、一般的な会社員以外は、税務調査がいつきてもおかしくないと考えて、正しく申告する必要があります。

 僕の知人で駆け出しのシンガーソングライターであるAさんが税務調査にあったことがあります。彼の年収は300万円くらいだったそうですが、5年分の確定申告をすると、すぐに税務調査の連絡があったそうです。今回は、彼の確定申告の内容と税務調査の結果について解説します。

 Aさんは、アルバイトをしながら音楽活動を行っていました。音楽での収入は月に1万円程度で、CDの制作費や衣装、ライブハウスのエントリーで消えてしまいます。
正確には、消えるどころか赤字です。芸人と同じく、芸能活動の費用はアルバイトで賄わなければいけません。

 アルバイトは2つ掛け持ちしていました。居酒屋と牛丼屋です。昼は牛丼屋、夜は居酒屋でアルバイトをし、週に1度音楽活動があるかないかの生活です。お金には、常に困窮していました。

●確定申告で税金が還付されたが、税務調査が来た

 ある日、音楽仲間にお金のことを相談すると、確定申告をすれば税金が還付になると聞きました。Aさんは、よくわからないけれど税務署に行き、遡って5年分の所得税の確定申告をしました。事前にアルバイト先から源泉徴収票をもらっていたので、申告書の作成はスムーズです。しかし、税務署の職員に「経費を入力してください」と言われました。

 初めての経験なので、経費が何かもよくわかりません。このときは、特に追及されることもなく、優しく教えてもらえました。
職業を告げ、それに関する経費にどんなものがあるのかを職員と考えます。

 しかし、領収証がありません。衣装代やスタジオ代、楽器、CDの制作費など、5年間でいくらかかったのか、わかりません。職員のアドバイスを受けて、“なんとなく”で書くことにしました。「これでいいのだろうか」という気持ちはあったのですが、税金が還付されるのだから、背に腹は変えられません。

 印鑑を押して提出し、1カ月後には還付金が無事に振り込まれました。「あんなに適当でよかったんだ」と胸を撫で下ろしましたが、数カ月後に税務署から「税務調査をしたいのですが……」と、連絡がありました。まさに青天の霹靂です。

 Aさんは困惑し、「脱税で逮捕されるのか」と動揺していました。調査官は、1週間後に自宅に来ると言います。その日まで、音楽もバイトも手につきません。自分はこれから一生、犯罪者として生きていかなければならないと覚悟しました。
親にも恋人にも相談できず、悩む日々が続きました。

 調査当日、10時に調査官はやってきて、Aさんが以前に提出した申告書を見せられます。申告書と一緒に収支内訳書という書類も提出していて、そこに経費を書いたわけですが、調査官はそこを指摘してきました。

「消耗品300000、交通費150000、接待交際費200000となっていますが、なぜ0が並んでいるんですか? 適当に書いていませんか?」

 確かに、適当に書きましたが、脱税で捕まるわけにはいきません。「収入より経費のほうが多くなったので、これ以上書いても無駄だと判断して、端数を切り捨てました」と、断固たる決意で主張し続けました。2時間ほど、このことで言い合いになりましたが、最後は調査官が折れて帰っていったそうです。

 規模が小さくとも、簡単に否認できそうであれば、税務調査が行われることがあります。0を並べて記入するのは、いいかげんな申告の典型的な例ですが、Aさんのように、なんの正当性もなくても強く主張すると、調査官も心がまいってしまうこともあるでしょう。しかし、どんなときも正確な記載が必要です。

 なお、Aさんのような申告で、脱税に問われたり、前科がついたりすることはありません。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)

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