古来、用地買収というのは自治体にとって最難題の一つである。全国ではビルや民家などの立ち退き拒否で、予定の道路が何十年も造れないケースも多い。
明石市の泉房穂市長(55)の「超暴言」の録音記録が公開され問題になった。JR明石駅と山陽明石駅南側の国道2号の交差点で死亡事故などが起きたため、市は道路を拡幅する方針を打ち出した。しかし、所有者が買収に応じないビルが一つ残っていた。
報道によれば、2017年6月14日、用地買収の担当者が市長室に呼ばれた。泉市長は「7年間、何しとってん、ふざけんな、何もしてないやろ。7年間。(事業が始まった)平成22年から何してた。7年間。お金の提示もせんと。(中略)あほちゃうか、ほんまに」と叱責。職員が「すみませんでした」と答えるとさらに激高する。
「立ち退きさせてこい。お前らで。今日、火つけてこい。今日、火つけて捕まってこい、お前」
「燃やしてしまえ、ふざけんな。もう行ってこい。燃やしてこい。損害賠償個人で払え。当たり前じゃ」
職員がほとんど反論しないなか、一方的にまくし立てたのだ。音声の公開で、泉市長は全面的に非を認め「パワハラであるだけでなく、さらにひどいことと思う」「工事の完成予定から半年以上すぎていた。非常に激高した状況で口走ってしまった」など反省するも、辞任を否定していた。
しかし、一転して2月1日午後、突然、市議会に辞表を提出して辞任会見を行い、「いかなる動機であっても発言は許されない」と全面的に謝罪した。「怒りを抑えることができない性格はリーダーとして失格」などとした上、「関心のあることや得意な分野だけを優先し、道路行政などの苦手な分野を後回しした。
しかし、記者から何度も問われた市長選への出馬については「自分は人の意見を聞かず、なんでも決めてきた。今度だけは周りと相談して」と言葉を濁した。公職選挙法では選挙管理委員会が通告を受けてから50日以内、今回の場合、3月下旬には市長選を行わなくてはならない。仮に泉氏が出馬して当選すれば、任期は残留期間のみのため4月の統一地方選では再度、市長選が行われることになる。3月には議会も開かれる。この時期の辞任は「はた迷惑」とも言えるのだ。
怒号や暴言が初めてなら、職員も録音の準備などしていないはず。普段から相当の暴言癖があったようだ。ある職員は「幹部職員らは市長室に呼ばれる際は録音機を忍ばせ、怒号や朝令暮改などに備えているんです」と打ち明ける。
●強まる市長擁護の声
泉市長は明石市出身。県立明石西高校から東大教育学部へ進学し、NHKに就職。ディレクターも務めたが退職して司法試験に合格した。橋下徹前大阪市長は司法修習時代の同期。人権派弁護士として活動してきたが、03年に旧民主党の公認で衆院選に出馬し比例で当選、一期務めたが05年は落選した。11年に市長に立候補して当選し、2期目を務めていた。
エリート意識から市職員を馬鹿にしていたというよりは、生来が相当「短気」な性格のようだ。優秀で多くの改革を成し遂げて仕事も早い市長から見れば、旧態依然と決まったことだけをこなして禄を食んでいる職員にはイライラしたかもしれない。しかし辞任会見では「市職員が仕事をしていないような報道がありますが、市職員は必死に仕事をしています」と訴えた。暴言報道があった当初、9割が市長への批判だったが、市長批判は半減し、「職員が怠慢すぎる」などの批判が増え、市長擁護の声が強まっていた。
それにしても、2年も前の録音がなぜ今頃、表沙汰になったか。明らかに選挙である。明石市は11人が亡くなった01年の歩道橋事故で大きな批判を浴びるなか、03年から北口寛人氏(現県議)が市長を2期務めた。11年に無所属の泉氏は、北口氏の後任と目された自公推薦候補と一騎打ちになり、69票差で当選した。
今回、録音記録は密かにメディアに渡されていた。ある放送局の幹部は「メディアはみんな知っていた。公示になってしまうと選挙報道の公平性から録音のことを報道できなくなるので今のうち、という感じでしたね。まあ市長選に出馬を表明している北口陣営の思惑でしょうが」と振り返る。
泉氏は、所得制限なしで中学生以下の医療費や第2子以降の保育料を無料化する、離婚して元夫からの養育費が滞っている女性に対して市が立て替える、犯罪者から被害者へ払われていない賠償金を市が立て替える、など斬新な政策を次々と断行した。評価の高い政策は他の自治体からも勉強に訪れるほどだ。地方都市が軒並み凋落するなか、評判のよい明石市は人口が増えている。
「火をつけてこい」は褒められた言葉ではないが、相手もそこは冗談と受け止めてくれると思ったから発しているわけだ。
ちなみに問題となっていたビルはその後、交渉がまとまり今は何事もなかったかのように更地になり、道路拡幅を待つばかりになっている。
(写真・文=粟野仁雄/ジャーナリスト)