安倍晋三首相がロシアとの交渉を進める北方領土の「二島返還」。1月下旬にはウラジーミル・プーチン大統領との首脳会談が行われたが、共同記者発表でプーチン大統領は「(平和条約交渉については)双方が受け入れ可能な解決策を見いだす条件を形成するため、今後も長く綿密な作業が必要だ」と語っている。

これは、安倍首相が描く「日ロ間平和条約の基本的合意」を根本から否定する内容であった。

 事実上、北方領土の二島返還交渉はロシア側に蹴飛ばされたかたちに終わったわけで、安倍首相の「北方領土問題は次の世代に先送りしない。必ず終止符を打つ」との宣言は絵に描いた餅に終わる可能性が高い。

「そもそも二島返還などハナから無理です。領土問題とは、そんな簡単に結論が出る話ではありません」と、領土問題に詳しい政府関係者のA氏は語る。

「先の首脳会談では、日本国民に期待を持たせただけでなんの成果も得られませんでした。そもそも、膨大な国益を生み出す領土がそう簡単に返還されるわけがありません。外交交渉とは国家の『力関係』で決まります。そして、北方領土もそうであるように、領土とは軍事力で奪うものです。わかりやすくいえば、『ケンカをしたらどちらが勝つか』という話です」(A氏)

 現実的にはあり得ないが、仮に日本とロシアが戦争をすれば核保有国であるロシアが勝つ可能性が極めて高いだろう。その“勝てない相手”であるロシアに対して「お金をあげます(経済的援助をする)から歯舞島と色丹島を返してください」と交渉してきたのが日本である。

「経済力を元にした交渉は理解できますが、こうした交渉は相手国を有利にさせるだけです。
圧倒的に有利な立場にあるロシアは『返還しても主権は譲らない』などと意味不明な言葉で日本に揺さぶりをかけていますが、これは『日本から搾れるだけ金を搾り取ろう』というのが狙いです。そうした事情は、インテリジェンス(情報戦略)に長けている人なら誰もが承知しています」(同)

●ロシアが危惧する返還後の米軍基地問題

 北方領土交渉の歴史や外交交渉の基本を踏まえて考えると、日本がどのような譲歩案を示そうとも、北方領土が返還される可能性は限りなく低いといえる。ただでさえ、ロシアは武力で領土を奪ってきた国家であり、北方領土に関しては「正式に勝ち取った領土」という認識を持っている。四島一括はもちろん、日本が譲歩するかたちの二島ですら、返還する気はさらさらないだろう。

「当然です。アメリカが日本国内のどこにでも米軍基地をつくる権利を有している以上、ロシアが二島を返すわけがありません。そもそも、日本はアメリカに完全服従状態で事実上“アメリカの51番目の州”です。そんな国に歯舞島と色丹島を返還したらどうなるか。プーチンが理解していないはずがありません。返すような素振りを見せて、経済的援助を引き出そうとしているだけです」(同)

 プーチン大統領の“腹の内”を理解していないのか、あるいは今夏の参議院議員選挙に向けたパフォーマンスなのか。安倍首相は北方領土交渉を進めてはいるが、A氏は「返還は土台無理な話」と言う。

「もはや北方領土返還は『力ずくで奪う』しかありません。
つまり軍事的優位に立たなければ無理なわけですが、アメリカに守ってもらっている今の日本には不可能でしょう。太平洋戦争後、日本の領土が返還された事例といえば半世紀前の沖縄返還がありますが、その見返りにアメリカは沖縄に駐留してアジア諸国ににらみをきかせました。この返還は『属国』である日本に対してアメリカが国益を優先した結果であり、北方領土問題とはまるで異なるものです」(同)

 ロシアを刺激したくないのか、2月7日の「北方領土の日」に開催された北方領土返還要求全国大会ではアピール文から「不法占拠」の文言が消え、安倍首相はあいさつで「北方四島の帰属問題」に触れることはなかった。しかし、そもそも相手の顔色をうかがいながら下手に出ている現状では、領土が戻ってくることはないだろう。

「北朝鮮による拉致被害者が返されないのも同じことですが、核保有国に対して非保有国がどのような外交交渉をしても、聞く耳を持ってもらえません。なぜなら、外交交渉とは『軍事力の強いほうが勝つ』と決まっているからです」(同)

 腕っぷしの強いほうが勝つという意味では、外交交渉も基本的には子どものケンカと同じようなものなのかもしれない。粘り強く交渉を進める安倍首相だが、このままではいいようにあしらわれてお金だけを搾り取られるのがオチだろう。
(文=後藤豊/ジャーナリスト)

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