「これも胃薬なのに、さらに胃薬を飲んでもいいのですか?」という質問を受けます。これは、いい時とダメな時があります。
●違いは胃の機能を理解しないとわからない
胃の機能は大きく分けて3つあります。
(1)摂取した食物をとりあえず蓄える
(2)胃酸とタンパク質分解酵素を出す
(3)食べ物をドロドロの状態にしたのち十二指腸へ送る
さらに(2)について詳しく説明していきます。胃に食べ物が入ると、胃の粘膜層から胃酸とタンパク質分解酵素が出ます。胃酸の働きは食べ物を殺菌することと、タンパク質分解酵素を活性化させることです。しかし、この酵素を活性化された状態で出してしまうと、すべてのタンパク質を無差別的に分解します。胃そのものもタンパク質でできているので、自身の胃も分解してしまいます。
したがって、酵素はタンパク質を分解しない状態で出しておいて、胃酸と出会って初めてタンパク質を分解できる状態にしておきます。そして粘膜層から粘液を大量に出して胃壁と食べ物の間に大きな隔たりをつくっています。このおかげで自身の胃壁が酵素で溶かされるのを抑えつつ、食べ物のタンパク質をしっかり分解できるようになります。ポイントは胃酸、タンパク質分解酵素、粘液です。
そして(3)についても説明しておきます。ここでポイントになるのが「蠕動運動」です。
●胃薬は3つに分けて考える
胃の調子が悪いという時は胃の働きのどこかが悪くなっていると考えます。薬としては次の3つを考えていきます。
(1)蠕動運動を活発にさせる薬
(2)消化しやすくする薬(消化酵素)
(3)胃酸を抑える薬、粘液を増やす薬(守りの薬)
多くの患者さんはこの3つを区別して考えないですし、薬剤師側としても時間の制約上、「胃薬」としか説明しないので(1)~(3)が別物であっても「胃薬」という認識になってしまいます。
(1)同士は重ねて飲むことはできませんが、(1)と(2)は重ねて飲むことで「胃もたれ」に対して、より効果が高まります。胃もたれは胃の中に食べ物がいつまでも入っている状態です。その食べ物を消化酵素で分解して蠕動運動で素早く十二指腸へ送ってしまえば、胃の中の食べ物がなくなります。
また、仕事でプレッシャーを感じて胃がキリキリと痛むような場合は、守りの薬を使います。過剰なストレスで胃酸の分泌が増えてしまい、自身の胃を溶かしている状態です。実際には胃酸を抑える薬と、粘液を増やす薬をそれぞれ使います。そのため、2種類の「胃薬」を飲むことになります。しかし、胃酸を抑える薬は1種類だけにして、重ねて飲むことはしません。
年を重ねると、なんとなく胃が弱ったと感じることがあります。今まで余裕で食べられた食べ物がきつくなってくるのです。すべての機能が落ちてくるのです。蠕動運動が落ちてきます。また、胃の入り口のしまりが悪くなってきます。粘液を出す機能が落ちてきます。
●安易に市販薬を使ってはいけないケース
「病院で胃薬をもらっているんですが効かないので、市販薬で何かないでしょうか?」
そのような質問をよく聞きます。どの薬を飲んでいるか尋ねてみると、「ネキシウム」と答えてくれます。この薬は逆流性食道炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍の治療薬で、胃酸が出るのを強く抑える薬です。もちろん市販薬ではなく処方箋医薬品です。ここまで強い薬が処方されていれば、市販薬でできることはありません。このように私たち薬剤師に質問してくれれば、きちんとお答えするのですが、個人の判断で「太田胃散」や「第一三共胃腸薬」などを飲んでいる方も多いのではないでしょうか。たとえば「太田胃散」の添付文書には、医師の治療を受けている人は相談するよう注意書きがあります。個人の判断でこっそり飲まないで、医師や薬剤師にぜひ相談してください。
「太田胃散」の成分は、大きく分けて3つあります。生薬、制酸剤、消化酵素です。生薬は蠕動運動を活発にする効果があります。制酸剤は文字通り、胃酸を制御する薬です。消化酵素には食べ物を溶かす効果があります。
すでにネキシウムが処方されているのに太田胃散をこっそり飲むと、胃酸を抑える薬が重なります。といってもネキシウムが強いので、制酸剤は飲んだ分だけ無駄になります。しかし、制酸剤でも酸を抑える以外の効果は発揮されるので、便秘や下痢などの副作用が出ます。また、腎臓に負担がかかります。太田胃散には蠕動運動を活発にする成分が含まれていますが、もしネキシウムを処方した医師がその成分が必要だと考えていたなら、当然ながらその薬を処方していたでしょう。
個人の判断で胃薬を服用することは、治療の妨げになることもあるのです。
(文=小谷寿美子/薬剤師)