みなさんは「大阪」と聞いて何を連想するだろうか。おそらく、「大阪のおばちゃん」「たこ焼き」「グリコの看板」「吉本新喜劇」「関西弁」などが多いだろう。
そのような紋切型の大阪論を「つくり物の大阪的イメージだ」と指摘するのが、『大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた』(幻冬舎)著者の井上章一氏だ。なぜ大阪的イメージが広まり、本当の大阪の姿とはなんなのか。建築史家、風俗史研究者、国際日本文化研究センター教授である井上氏に話を聞いた。
●大阪は不当に貶められている?
本書の中で、井上氏は「大阪のおばちゃん」「大阪はエロい街」「接待は京都で、大阪ではたこ焼きを」といった世の中に出回る大阪論を覆している。一方、京都で生まれ育った井上氏は過去に『京都ぎらい』(朝日新聞出版)で京都の“いやらしさ”を指摘して話題になった。京都に厳しく大阪を擁護しているのは、なぜなのか。
「私自身は京都の洛外である嵯峨に生まれ、大阪にとっても京都にとってもよそ者。東京のメディアによって京都の雅な様子が上げ底で紹介され、大阪が実態以上に下世話な街だと紹介されてきたと感じている。特別、大阪好きで京都嫌いということではなく、それぞれ等身大の大阪や京都を提示したいと思っている」(井上氏)
かつて大阪は「商人の街」といわれ、さまざまな経済指標で東京と張り合ってきた。しかし、名だたる大企業が東京へ移転してしまい、大阪に本社を置く大企業の数は激減する。
「東京へのライバル意識は強くあると感じる。地方のテレビ局は東京のキー局制作の番組を放送しながら自社制作の番組を放送しているが、大阪のテレビ局では自社制作の割合がかつて5割以上、スポンサーが減った現在でも3~4割を維持している。大阪のテレビ局は、テレビの画面を東京制作の番組に汚されたくないと考えていると思う」(同)
自社制作の比率は局によって異なるが、一般的に番組全体の10~20%程度であるのに対し、大阪のテレビ局は30~40%程度と高い。限られた予算内で番組を自社制作するため、ギャラのいらない市井の人々をコミカルに映すよう努めてきたという事情があり、「おもしろい大阪人」や「大阪のおばちゃん」は在阪テレビ局の苦しい予算事情の賜物であると井上氏は指摘している。「大阪のおばちゃん」は何も大阪だけではなく、どの街にもいるのかもしれない。
●阪神間の女子大は“読モ量産校”?
歴史的に見ても、大阪は豊臣秀吉によって海運の利便性などが見込まれ、栄えてきた商都だ。そして、都心が発展していくのにともない、船場などのブルジョアは住まいを阪神間の山手に移した。そのため、芦屋など阪神間の山手には大阪のブルジョア文化が今も息づいていると井上氏は言う。
「戦前の日本を代表する大阪生まれの音楽家・貴志康一や宝塚少女歌劇団は、間違いなく大阪の富が生み出した文化だ。また、阪神間のブルジョアが子息の通う私立大学をつくり、今や神戸松蔭女子学院大学、神戸女学院大学、甲南女子大学は女性ファッション雑誌の読者モデル量産校となっている。
客観的に「美人」を定義するのは難しいが、読者モデルが多いということは美人もさぞ多いのではと推察される。大阪のおばちゃん以上に阪神間の山手美女がメディアに取り上げられる機会が増えれば、大阪のイメージもだいぶ変わってきそうだ。
●知られざる「大阪弁」の真実
本書の中で、「関東の男性が大阪風の表現を使うのは、けちくさい話と猥談を始めるときだ」と指摘している。
「全国的に、大阪弁が出てくると金儲けの話や下世話な話というイメージがあるかもしれない。しかし、作家の田辺聖子さんが『大阪弁でならフランソワーズ・サガンのような都会の恋愛小説が書ける』と言っているように、パリのベルエポックのような退廃的で遊戯的な色恋模様が、阪神間のブルジョアの世界には現実にあった」(同)
テレビでタレントが話す大阪弁を思い浮かべても、サガンと結び付けるのは難しいだろう。そこで、田辺さんの恋愛小説『言い寄る』から引用してみよう。
“「どないしたん?おあがり……」
なんて男は、いう。
こういう言葉、大阪弁のやわらかさ、どきッとするようなエロチズム、底ふかさ、というものは、よその国の男にはない。上方風いろけとでもいうのか、本人は何気なしにいっているんだろうけれども。”
『言い寄る』1973年 田辺聖子
ひとくくりに関西弁といっても、大阪でも北と南ではずいぶん違い、兵庫も地域によって違う。そして、京都弁はまた独特なのだそうだ。関西にお越しの際は、ぜひいろいろな関西弁を聞き分けてみていただきたい。
●2025大阪万博、1970年との決定的な違い
大阪といえば、2025年には国際博覧会(大阪・関西万博)が開かれる。1970年の大阪万博は大きな盛り上がりを見せたが、再び期待できるのか。
「70年当時の為替レートは1ドル360円。今ほど海外旅行に気軽に行けなかった時代だ。来場した6400万人の日本人を動かした最大のモチベーションは『海外と出会える』ということだった。来場者は各国のパビリオンのコンパニオンに、あわよくば文通したいと願ってサインを求めた。サインを嫌うパビリオンではスタンプを用意し対応した。また、プレーンヨーグルトやグレープフルーツを日本人が食べ始めたのは、あの会場からだと思う。現在、大阪の街で外国の方は珍しくないし、珍しい外国料理店もたくさんある。少なくとも、2025年には『海外と出会える』という動機が日本人を動かすとは思えない」(同)
●紋切型ではない大阪の魅力とは?
最後に、紋切型でない大阪の魅力を挙げるとすればどんなところだろうか。
「東京のメディアはあまり取り上げないが、御堂筋や中之島には美しい街並みがある。また、東京の神田と比べるとややスケールは小さいが、阪急梅田駅にある古書街は知られざる大阪のインテレクチュアルな場所だ。
観光スポット、グルメ、関西弁……25年の大阪・関西万博に向けて紋切型ではない大阪の姿が広まれば、既存の大阪的イメージもだいぶ払拭されるかもしれない。
(文=林夏子/ライター)