10月4日に投開票されるわが国の政権与党・自民党の総裁選で、5人の候補者が多数派獲得をめざし、選挙戦を繰り広げている。
自民党総裁選といえば、「札束が飛び交う」といった表現に象徴されるように、かつては「カネ」がものを言うというのが暗黙の了解だった面がある。
しかし、昨今、同党をめぐっては旧安倍派を中心とした「裏金」の問題が多くの国民の非難を浴び、自民党が2度の国政選挙で相次いで大敗する要因ともなっている。
現在、自民党総裁選と「カネ」との関係はどうなっているのか。国会議員秘書を10年間務めた経験があり、政治資金規正法や公職選挙法など「議員法務」に詳しい三葛敦志弁護士は、自民党をはじめとする政党内の力関係において「カネ」の位置づけが変容していると同時に、過去にはなかった新たな問題も生じていると指摘する。

党内選挙でどれだけ「買収」しても「合法」?

まず、自民党総裁選のような党内の選挙については、公職選挙法による法規制は存在しない。あくまで「公職」の「選挙」の「法」だからである。
過去には、自民党総裁選をめぐって「札束が飛び交った」などの噂が後を絶たなかった。しかし、「法律違反」「法的責任」が大きな問題になることはなかった。
「政治とカネ」を規律する法律が政党内部の選挙に干渉しないのはなぜか。その理由として、三葛弁護士は政党の内部自治を挙げる。
三葛弁護士:「伝統的に、党内政治はその政党の内部自治に属するものなので、よほどでない限り外部から干渉すべきでないという考え方があります。
もし法律をもって規律しようとすると、時の多数派政権による少数派や野党への干渉を招くおそれもあります。
たとえば、野党の党首選挙について『カネの問題』があるなどという口実を設けて捜査することができてしまうなど、政権側にかっこうの弾圧の道具を与えてしまうことになりかねません。国家権力が政党の内部規律に踏み込むことは、民主主義の健全な発展の見地から、好ましくはないと考えられてきた面があります。

ただ、厳密には、広い意味での政治活動である以上、そのお金の流れを事後的に公開することは求められます」

総裁選で「カネの問題」があれば重大なリスクに

では、実際問題として、自民党総裁選等の党内選挙で、水面下での「カネ」のやりとりは存在するのか。
三葛弁護士:「現在の総裁選で、現金が飛び交うことがあるのかどうかは、正直なところ分かりません。しかし、少なくとも、カネで支持を取り付けようとすることは、政治資金規正法や公職選挙法等に抵触せず合法だとしても、リスクが大きく、おおっぴらにはできない状況になっています」
一例として、今年3月、石破茂首相が新人議員との会食の後に『お土産』として1人10万円分の商品券を配ったことが、物議を醸した件を挙げる。
三葛弁護士:「政治資金規正法上、お金の出し入れを記載し公開していれば基本的には法的責任を問われることはありません。そのため、直ちに違法とまでは言えません。
しかし、世論からは強く非難を浴びました。一部の議員はその事実を自ら公表もしました。国民が物価上昇に苦しんでいるのに加え、旧安倍派の裏金問題に代表されるように『政治とカネ』の問題によって自民党が衆院選で大敗した直後だったこともあるでしょう。
10万円分の商品券でさえそうなのですから、ひるがえって、現在行われている自民党総裁選でも、もし『カネ』のやりとりがあったと報じられようものなら、個別の候補の大幅なイメージダウンにつながることはもちろん、自民党にとっていわば『とどめ』となり、政権維持すら厳しくなることでしょう」

「カネ」が機能しなくなった今日の「課題」とは

有権者の「政治とカネ」に対する目が以前にもまして厳しくなっているという。
三葛弁護士:「たとえば、自民党安倍派のパーティー券のキックバック、裏金が大問題になりましたが、20~30年前までの『政治とカネ』のスキャンダルとは金額のケタが違います。
また、政治家による『地元への利益誘導』なども、今は公共事業の入札等のあり方が罰則を含めかなり透明化しているので、うかつにどうこうできるものではなくなってきています。
以前とは異なり、政党や派閥が一体感を保つためのツールないし潤滑油として『カネ』は機能しなくなってきているのです。むしろ、火をつけると燃え上がる危なっかしいガソリンになっています」
では、「カネ」による統制が機能しなくなっている今日、自民党のような大きな政党の中で、多数派を形成する上でのポイントとなるのは、どのようなものだと考えられるか。
三葛弁護士:「個々の議員にとっては、まず、自分が次の選挙で当選して議員の身分を確保できることが最優先です。
政策を実現したくても『バッジ』を失っては元も子もありません。
そこで、次の選挙をにらみ、自分の当選を目指す上でメリットが大きいと思われる候補に投票するということになります。
今回の自民党総裁選でいえば、主義主張や政策がその時の有権者のニーズに合致しているか、連立相手としてどこを選べば有権者の人気を得られるか、政策を有利に進められるかといったことが関心事となるのかもしれません」

「原点回帰」が求められている

しかし、三葛弁護士は、個々の政治家がそのような態度で動くことは、ともすれば場当たり的で、その時のトレンドに飛びつくだけになってしまいかねず、危険をはらんでいると指摘する。
三葛弁護士:「問題を単純化し、耳ざわりの良い言葉や威勢の良さで有権者の支持を集めようとすることはできるかもしれません。しかし、それが政治を混乱させ、場合によっては国を危機に追い込みかねないことは、歴史が証明しています。
実際の政治は、分かりやすくも面白くもない部分がたくさんあります。現実の世の中が複雑で人々のニーズが多岐にわたる以上、政治が複雑になるのは当然だからです。また、目立つ意見だからといって、客観的に正しいとは限りません。
だからこそ、国会議員は『全国民の代表』(憲法43条)であることを忘れてはならないのです。
政治の場で『カネ』が機能しなくなってきているということは、裏を返せば議会制民主主義の原点に回帰しているともいえます。
個々の政治家には、『どのような社会を目指すのかを第一に考え、それを軸に志を同じくするメンバーと結集し、国民に対し政策や主張を伝え、その必要性と合理性を根気強く説明し、支持を得ようと努める』という、シンプルだが困難な仕事こそが求められているといえます」


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