株式市場で、LIXIL(リクシル)の経営に対する不安が高まっている。その背景には、同社の企業統治(コーポレート・ガバナンス)が十分に機能を果たしていないとの懸念があるようだ。
企業統治の機能不全の懸念は、リクシルの前身企業であるトステム創業家出身の経営者にあるとの見方が有力だ。創業家出身の潮田洋一郎氏は、自らの意に従った経営を実現することに集中しているように見える。同氏が目指しているのは海外事業の強化だ。問題は、同氏がかなり強引に組織全体を自分の考えに沿わせようとしていることだ。それが、瀬戸欣哉前CEOの解任につながった。
リクシルが海外戦略を策定し実行するためには、むしろ瀬戸氏の発想が重要だったはずだ。同社のこれまでの経営実績を見ると、創業経営者だけで海外事業を強化することは難しいといわざるを得ない。現状のまま海外での買収などを進めれば、想定以上に経営リスクが増大しかねない。リクシルの経営に関する不透明感は、今後、より高まると見るべきだろう。
●海外事業の強化にこだわる潮田氏
リクシルの経営は、旧トステムの創業家が主導してきた。取締役の構成を見ると、それは明らかだ。現在、リクシルには8名の取締役がいる。
旧トステム創業家出身の潮田洋一郎氏(現LIXILグループ取締役代表執行役会長兼CEO)は、海外進出にこだわってきた。リクシルの創設以降、その考えは強さを増している。理由は、わが国の経済が縮小均衡に向かう恐れがあるからだ。少子化と高齢化に加え、人口の減少が進む中、住宅設備やリフォームへの需要は減少するだろう。
潮田氏は、リクシルの生き残りと成長のために、海外で企業を買収するなどして事業規模を拡大し、収益の増大を実現したい。これは、わが国企業全体に共通する危機感であり、問題意識だ。潮田氏は、自らの構想を実現するために、考えに賛同し、必要な措置を実行できる“プロ経営者”の登用を重視した。理由は、海外企業の買収や、経営の再建などに関する経験と専門性を持ち、実績もある人物に経営を任せたほうが、より大きな成果を実現できると考えたからだろう。
2011年から16年までリクシルのCEOだった藤森義明氏は、海外企業の買収を通した事業規模の拡大を重視した。潮田氏にとって、藤森氏をCEOに置くことは、自らの意に沿った経営を実現するために最適な意思決定だった。
しかし、2015年、リクシルが買収したドイツ企業の中国子会社ジョウユウが簿外債務を抱えていたことが発覚した。
●機能不全に陥ったリクシルのコーポレート・ガバナンス
瀬戸氏はバランスシートの再構築を優先した。同氏は、海外で買収した企業を売却し、経営リスクの抑制と管理徹底に取り組んだ。
特に、瀬戸氏がビル外壁材を手掛ける伊ペルマスティリーザの売却を決定したことは、潮田氏との対立を決定的にした。これを受けて潮田氏は「リクシルの海外戦略を推進するには、自分が経営を指揮するしかない」と決心したのだろう。そのために潮田氏はかなり思い切った行動をとってしまった。同氏は、ガバナンスの理念を尊重するよりも、自らに都合よく行動した部分があるように見える。
リクシルは、指名委員会等設置会社の組織形態をとっている。
昨年10月末の時点で、潮田氏は指名委員会のメンバーだった。通常、指名委員会メンバーがCEOに選出されることは考えられない。しかし、潮田氏はCEOに指名された。これは、リクシルのガバナンスが機能不全に陥ったと考える理由の一つだ。
加えて、瀬戸氏が解任されたプロセスもよくわからない。瀬戸氏は社外から招かれたプロ経営者である以上、地位に執着するつもりはないと発言してきた。これは、具体的な時期を念頭に置いたものではない。あくまでも、同氏の心意気を示していたにすぎない。
リクシルが公表した資料によると、指名委員会の招集に当たり、潮田氏は、瀬戸氏がCEOを辞任する具体的かつ確定的な意思を持っていることをほのめかす発言を行ったと考えられる。
●市場参加者が懸念するリクシルの先行き
国内の株式市場では、リクシルの先行きを不安視する投資家が増えている。すでに、株主(機関投資家)のなかには、瀬戸氏退任の経緯を詳細に説明するよう求めた書簡をリクシルに送付した者もいる。
見方を変えれば、瀬戸氏の経営手腕を評価する投資家は少なくないということだろう。わたしたちは、冷静に同氏の取り組みを振り返るべきだ。瀬戸氏の解任を“プロ経営者挫折”の一例として論じるのは、あまりに早計だ。
前CEOの瀬戸氏にとって、リクシルには海外での買収を行えるだけの組織力が備わっていないと映っただろう。ジョウユウの不正会計問題の発覚は、リクシルのデュー・デリジェンスがおろそかであったことの裏返しだ。リクシルは“性善説”の考えに基づいて、「不正はないだろう」と考え、海外戦略を進めてしまった。それは、あまりに無防備な考えだった。
この考えに基づいて、瀬戸氏は過去の買収を見直し、リスクを管理しやすい組織体制を目指した。市場は、この取り組みを評価した。それは、瀬戸氏在任中のリクシルの株価持ち直しを支えた一因だろう。プロ経営者としての瀬戸氏の手腕と成果の実現を期待する市場参加者は少なくなかったと考えられる。
一転して、昨年10月末に瀬戸氏の退任が発表されて以降、リクシルの株価は下落基調だ。海外買収の失敗に起因する損失発生への対応途中で経営トップが交代したことの影響は甚大である。市場参加者が期待する経営とは逆に、リクシルは海外のリスクをとることを重視する方向に動き始めている。ガバナンスへの不安が高まるなか、同社がどのように経営のリスクを把握し、管理、抑制できるか、先行き不安が高まっている。
今後、リクシルが投資家の理解を得られない場合、株主が取締役の再任に反対する可能性もある。早い段階で同社は、CEO退任の事実をつまびらかにし、市場参加者からの信頼回復に努めるべきだ。それが難しい場合、リクシルが多様なステークホルダーの利害を調整することは、難しくなるだろう。
(文=真壁昭夫/法政大学大学院教授)