若者の街といえば、その代名詞にもなっている渋谷を真っ先に思い浮かべる人も多いだろう。実際、渋谷のセンター街をはじめ109、パルコなどには若者に人気の服や雑貨を取り扱う店が多数ある。

それら渋谷の店は、時代の最先端をいくファッションを発信してきた。

 そんな渋谷に今、異変が起きている。2020年の東京五輪を目前に控えて、東京のあちこちで都市改造が進められている。それは、渋谷も例外ではない。渋谷駅周辺では急ピッチで都市改造が進む。その都市改造では、若者を前提にしたまちづくりの理念は薄い。


 今般、日本は人口減少が顕著になっているが、東京にもその影が忍び寄っている。人口減もさることながら、都市開発事業者は人口構成と世代別の購買力を重視するようになっている。平たくいってしまえば、20代の若者は絶対数が少ない。だから、消費額も少ない。一人あたりの消費額で見ても10~20代は低い。もう、ビジネス対象にならないのだ。
効率良く稼ごうとする都市開発事業者にとって、20代は無視してもいい存在になりつつある。

 一方、50~60代の絶対数は多い。若者の街で売り出して人気のない街になってしまえば、テナントの入居や店舗の出店が鈍化してしまう。そうした事情から、“若者の街・渋谷”は“大人の街・渋谷”へとイメチェンを模索する動きが出てきている。

 従来、東京における“大人の街”といえば、銀座や日本橋といった東京の東側だった。しかし、最近の銀座や日本橋は訪日外国人観光客が多く、日本人の富裕層は落ち着いて買い物ができなくなりつつある。
銀座で買い物をするにしても、富裕層と訪日外国人観光客は棲み分けが可能だが、そこからはじき出されたアッパーミドル層の受け皿として、渋谷や恵比寿が機能しつつある。

●若者向け店舗の撤退と淘汰

 2013年、東京メトロ副都心線が東急東横線・みなとみらい線と相互直通運転を開始。当時は、相互直通運転によって渋谷駅が通過駅になってしまうことから、渋谷の求心力低下を心配する声も聞かれた。渋谷の凋落を阻止すべく、“渋谷の盟主”東急は都市開発に取り組む。

 渋谷駅から延びる田園都市線や東横線の沿線は、東急平野とも称されるほど生活に東急が入り込む。鉄道だけではなく、日用品を買うにも東急ストア、家庭で使用する電気やガスも東急パワーサプライ、といった具合で東急なしでは生活が成り立たない。


 東急の沿線民は、愛国心ならぬ愛線心が強いといわれる。東急平野の人口は、おおよそ540万。それだけ多くの沿線人口を顧客として抱える東急が、渋谷を再開発して街をつくり替えても、東急平野の住民がそっぽを向くとは思えない。また、沿線民が新宿や池袋に足を向けるような事態が起きることも考えづらい。相互直通運転による通過駅化で凋落するという事態は、杞憂に終わりそうだ。

 東急は自由が丘や二子玉川といったハイクラスな街を沿線に抱える。
それだけに、渋谷を高級化するノウハウを持ち合わせている。若者の街からオフィス街もしくは大人の街にシフトさせることは東急にとって難しい話ではない。

 こうした渋谷のオフィス街への方向転換を受け、これまで若者をターゲットにしてきた店の撤退と淘汰が始まっている。そして、銀座や日本橋といった老舗まではいかないまでも、準高級路線の店の進出も動き出している。渋谷区の職員は言う。

「これまでの渋谷は若者の街というイメージで売り出してきましたが、人口減少社会に突入している今、若者だけをターゲットにしている時代ではなくなりました。
オフィスワーカー、家族連れといった多種多様な人たちを取り込まなければ生き残れません。渋谷駅は東急田園都市線や東横線の根本ですから、特に沿線に住む人たち、働く人たちをがっちりと囲い込むことが重要になってくるでしょう」

 若者の街を脱して、渋谷が向かおうとしている先はオフィス街化だ。これまでにも渋谷を拠点にする企業は少なくなかったが、ここ10年で五反田や大崎といった渋谷から至近の駅にITベンチャーが勃興してきた。特に五反田は、日本のシリコンバレーとも称されるほどIT企業が集積する。そうしたITベンチャーと取引関係がある企業が渋谷にオフィスを構えるようになっている。そうしたIT企業に勤めるオフィスワーカーは、退勤後に渋谷で夜を楽しむことが多いだろう。それが、渋谷のオフィス街化や大人の街化を後押しする。

 渋谷の後背地とされてきた恵比寿・中目黒・代官山にもその波は波及している。代官山には、2015年にクラフトビールを楽しむ「スプリングバレーブルワリー東京」がオープン。同店は、クラフトビールの聖地となるようキリンビールが満を持して出店した。

 代官山というオフィスワーカーと無縁なオシャレな街で、ビールを楽しむ。これまでにはなかったトレンドが、渋谷を動かしつつある。

●渋谷の若者離れは歴史的必然

 渋谷駅界隈では、今年中に5棟の大型オフィスビルが完成する。この大型オフィスビルには、多くのIT関連企業が入居すると見られる。

「IT企業をはじめとするベンチャー企業や大手企業は自宅勤務を推奨し、働き方改革の後押しもあって都心部でのオフィスを縮小するような傾向があります。それでも、現在の東京のオフィス事情は新しいオフィスビルが次々と建設されており、しかも空室率は低水準で推移しています。これは、渋谷だけの現象ではなく、たとえば森ビルが開発に力を入れている虎ノ門エリアでも同様です」(都市開発企業社員)

 そもそも、渋谷は脱・若者の街へとシフトしているのか。

「若者は経済力が低く、そのために若者相手の商売は客単価が低いのが常識でした。これまでは客単価が低くても、数が多いので薄利多売として成立していたのです。しかし、若者の総数が減少してしまえば、薄利多売のビジネスモデルは崩壊します。だから、大人の街へと脱皮し、高単価のビジネスにシフトしているのでしょう」(同)

 さらに、若者の消費行動が大きく変化していることも見逃せない。物心ついたときからインターネットに親しんできたミレニアル世代は、ネットでモノを買うのが当たり前。そして、可処分所得が少ない。街まで出かける交通費を節約し、その分を買い物代金に充てる。ネットで買うから、そもそも街で買い物をする頻度が減る。それゆえに渋谷の小売店、特に若者をターゲットにした薄利多売の店は立ち行かなくなってきている。

 渋谷の若者離れは、そんな今を反映した結果だ。平成が終わるとともに、“若者の街・渋谷”という概念にも終止符が打たれようとしている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)