政府が米空母艦載機の離着陸訓練(FCLP)の移転候補地として買収を決め、事実上内定していた「馬毛(まげ)島」(鹿児島県西之表市)をめぐり、島の99%を所有する「タストン・エアポート」(旧社名・馬毛島開発)で社長の立石薫氏が解任され、追放されていた父で前任社長の立石勲氏が社長に復帰していた。

 今年1月、「島の土地を160億円で購入することでタストン社と合意した」と一斉に報じられたが、「約400億円での買収」を提案していた勲氏の復帰で、契約交渉が難航する。



 防衛省は4月1日、「年度内に売買契約を結べなかった」と明らかにした。社長交代は2月19日。タストン社の株を100%所有しているのは、護岸工事の立石建設グループの日開企業。極秘裏に開かれたタストン社の臨時株主総会で薫氏の解任を可決した。社長の薫氏が、2018年度内の馬毛島売却に向け、防衛省と詰めの折衝をしている最中のことだった。

 薫氏は自ら代表を務めているタストン社の登記が、自分が知らないうちに変更されたとして、警視庁に電磁的公正証書原本不実記録の疑いで告訴したが受理されなかった。さらに薫氏は東京地裁に勲氏の社長就任を無効とする仮処分を申請したが、これも4月8日に却下された。これで勲氏の社長復帰が確定した。

 防衛省との間に結ばれた仮契約書にハンコを捺した薫氏が解任されたため、年度内とみられていた本契約が次年度に持ち越され、全国紙は「交渉は長期化」と伝えている。

●タストン社の負債は240億円

 馬毛島は鹿児島県種子島の西12キロに位置する面積8平方キロの無人島。鹿児島県出身の勲氏が設立した立石建設のグループ企業が、島の開発を手がけていた馬毛島開発を旧平和相互銀行から4億円で買収し、タストン・エアポートに社名変更。滑走路の造成を進めてきた。


 06年5月の米軍再編ロードマップでは、神奈川県・厚木基地所属の米空母艦載機を山口県・岩国基地に移転することで日米政府が合意。これに伴い、東京都・硫黄島を中心に行われていた空母艦載機離着陸訓練の移転も検討されることになり、07年に馬毛島が移転先として浮上した。

 11年には日米安全保障委員会(2プラス2)合意文書に、「馬毛島に自衛隊基地を建設し、FCLPの代替地とする」と初めて明記された。その後、交渉は停滞したが17年1月、米国でドナルド・トランプ大統領が誕生して再浮上する。「日本は在日米軍の駐留費をもっと負担すべきだ」と主張するトランプ大統領に、安倍政権として誠意を見せる必要があったからとされる。

 ここでネックとなったのが、タストン社が滑走路の造成によって抱えた借金だ。ブローカーや金融業者が「国に高く売れるから」という勲氏の言葉を信じて資金をつぎ込んだ。タストン社の負債総額は240億円に膨れ上がった。

 一方、防衛省は17年、馬毛島の評価額を45億円と鑑定。最低でも200億円ともくろむ勲氏とは、大きな開きがある。勲氏は400億円と吹っかけて揺さぶりをかけた。

 18年6月、タストン社の債権者が破産を申し立てた。
勲氏が社長でいたのでは、いつまでたっても売れないので、破産させて管財人の手で売却させようという計画と取り沙汰された。ところが、債権の3億7000万円が返済され、8月に破産が取り下げられた。その直後、別の2社が破産を申し立てたが、これも10月に4億2000万円が返済され、破産申し立ては取り下げられた。

 破産を免れたのは、金融業者がスポンサーについたからだ。スポンサーの支援の条件が、「勲氏の退任と次男・薫氏の代表就任。それとスポンサーに交渉を委ねるというもの」だった。

 18年10月に薫氏が社長に就き、交渉はトントン拍子で進んだ。19年1月、タストン社との間で「土地・建物の売買条件について大筋合意した」との報道が一斉に流れた。当初の鑑定額45億円の3倍強となる160億円で合意したと伝えられたのである。3月中の正式な契約締結を目指すとしていた。

 これで馬毛島の買収問題は一件落着するものとみられた。だが、売却額160億円ではタストン社の負債240億円を返済できない。
薫氏の交渉に不満を募らせた勲氏は、薫氏を解任して社長に復帰した。売却価格の引き上げを狙う。

 160億円の価格を引き上げることは、国会で認められる可能性が低く、難しいといえる。そのため、タストン社の債権者との話し合いで160億円を支払ったうえで、残る80億円を債権者に払うことができないタストン社を破産させて幕引きを図るのが現実的な道筋だとみられる。実際にそのような説が永田町で流布したことに勲氏が猛反発したというのが、社長交代の“真相”とされている。

 政府は、どう決着させるのか。「日米での合意を白紙に戻して、馬毛島以外の候補地を探すことはあり得ない」といわれており、打つ手は自ずと限られている。

 5月7日付でタストン社は「交渉打ち切り」を文書で防衛省に通告した。「2月に立石勲社長が就任して以降、防衛省側が面会に応じず、前社長と防衛省との合意内容もできない」と主張している。

 条件闘争なのか、本当に打ち切りなのかは、今後の推移を見ないと判然としないというのが、関係者の受け止め方である。
(文=編集部)

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