2022年5月29日(日)、日比谷野外音楽堂にブルースが帰って来た。1986年に始まり日本におけるブルース・フェスの代表格だったジャパン・ブルース・カーニバル(2006年からジャパン・ブルース&ソウル・カーニバルに名称変更)。
気温29度、雲一つない青空。少し汗ばむほどの初夏の陽気の中、ゲート前では15時の開場を今や遅しと多くの人々が列をなして待っていた。かつてのブルース・カーニバルを知るオールド・ファンと思しき方々から20代らしき若者まで世代はさまざま。その表情から皆がこの日を待ち望んでいたことが窺える。
ブルース・カーニバル以外で野音に来ることのなかった筆者にとっては実に10年ぶりの再訪だ。しかもこの2年はコロナ禍でライヴに行くこともままならなかったこともあって、いざ会場に入ると野外フェス独特の雰囲気に懐かしさと嬉しさが込み上げてきた。「久しぶり!」「元気だった?」といった会話があちこちの人の輪から聞こえてくる。筆者も本誌ライター陣の何人かと暫く振りに会うことが出来た。少しずつ、でも確実に以前のようにライヴを楽しめる日常が戻りつつあるのだ、と感じる。
撮影:井村猛
とはいえ、いまだコロナ禍が収束しないなかでの開催。飲食は後方に設けられた専用スペースでのみ可能で客席では禁止、観覧中は必ずマスクを着用するようにと何度もアナウンスされていた。
「Yeaaah!」ブルース・カーニバルといえばこの人、名物MCゴトウゆうぞうがカメリヤマキの弾くギターのシャッフル・ビートに乗って登場、開口一番、威勢のいい雄叫びを上げる。これだよ、これ! この二人が登場した瞬間、ブルース・カーニバルの復活を実感した人は多かったに違いない。「帰って来ました!」という彼の言葉に早くも涙腺が緩みかけてしまう。飲食についての説明などがされるなか、SEで“Got To Blues”が流れ出し、ゴトウの呼び込みでトップバッター、三宅伸治&The Red Rocksがステージに姿を現す。
青色のスーツを着込んだ三宅の「We gotta BLUES!!」の一声から、ジェイムズ・コットン“Boogie Thing”を翻案した〈ブギ・シンジ〉でスタートだ。強烈なブギ・ビート、KOTEZのパワフルなハーモニカ・ブロウに煽られ冒頭から会場はヒートアップ。すでに踊り出す人もいる。
撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー
ここでゲストの鮎川誠が参戦だ。「1986年の第一回に出ました。この10年間寂しかったです。ブルースが野音に帰ってきたぜ!」と始まったジョン・リー・フッカーの“Boom Boom”、鮎川の歪んだ爆音ギターが日比谷のビル街に轟く。「ブルースから生まれたR&Rです」と次の曲に触れたところで誰もがピンときたことだろう、そう、シーナ&ロケッツの名曲〈レモンティー〉! 亡きシーナもきっと空の上から聴いているに違いない。
ゴトウゆうぞうとカメリヤマキの幕間の遣り取りもブルース・カーニバルの楽しみのひとつ。フェス中の注意事項をブルースに乗せて歌う名物〈主催者からのお知らせブルース〉にまたまた懐かしさが込み上げてくる。「ギターがレイドバックしてたね」と言うゴトウに笑顔を返すカメリヤマキ。ゴトウは「10年休んでる間に64歳になった」そうだが、その歌もハーモニカ・プレイも健在だ。
撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー
二番手で登場したのはコージー大内。ギター単独弾き語りでの出演はブルース・カーニバルでは珍しく、国内アーティストでは初めてのはずだ。派手なシャツに赤いパンツ、ギターを抱えて椅子に座る彼は若干緊張しているようにも見える。それを察したかのように会場の方々から声援が飛ぶ。
撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー
ゴトウゆうぞう&カメリヤマキが再び登場し、出演アーティストのCD物販について案内がされる。今回、山野楽器が出店するかたちで客席右後方の一角に販売ブースが設けられていた。「最近はCDが売れません! 野音で買ったほうがいい!」と煽っていたが果たしてどれぐらい売れたのだろうか……。
酔いが回ったお客さんがそろそろ出始め会場が十分に温まったところに三番手、blues.the-butcher-590213の面々がお揃いの黒いスーツ姿でステージに現れた。
そして「50年前にウエストロードで野音でやった曲をやります」と前振りしたあと“First Time I Met The Blues”へ。それにしても山岸のギター・ソロのなんと表現力豊かなことか。間の取り方、感情の昂ぶりをジワジワとフレーズに乗せていく構成、これが半世紀以上ブルースを弾き続けた男の貫録だと思い知らされる。KOTEZが歌う“Te-Ni-Nee-Ni-Nu”に続き、マディ・ウォーターズ“Manish Boy”ではホトケの「I’m a man~!」という叫びに観客が「うぉ~!」と返す。
撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー
再びゴトウゆうぞう&カメリヤマキの幕間タイム。「コロナ収束、ウクライナに平和を」という願いを込めて“What A Wonderful World”(西岡恭三の日本語詞版だ)が披露された。ゴトウの奏でるカリンバの優しい音色が黄昏時の空に溶けていく。「青い空見上げて生きてると思えるのは何て素敵な世界なんだろう」——コロナ禍に生きる私たちになんと響く歌詞だろうか。さて、ブルース・カーニバルの幕間といえばもうひとつ名物がある。今回はないのだろうかと思っていたところに、やった!〈ブルース・クイズ〉の復活だ! ブルース・カーニバルのTシャツを賭けた出題は「ヒューストン・ブルースやジャンプ・ブルースで有名なテキサスですが、『太陽にほえろ!』でテキサス刑事を演じたのは誰?」というもの。正解が分かった人たちが席から立ち、カメリヤマキの弾く野球拳のテーマに乗ってゴトウとジャンケン勝負。本来は最後の数名になるとステージに上がって決着をつけるのだが、今回は3人が勝ち残ったところで全員にプレゼントということになった。
たっぷりの幕間で準備も完了、いよいよ本日のトリを務める吾妻光良&The Swinging Boppersのステージ開幕だ。“Thing’s Ain’t What They Used To Be”でバンドが露払いをするなか、緑色のスーツに身を包んだ吾妻が登場。おお、あのダブルネック・ギターは! アール・フッカーの愛器ギブソンSGダブルネック、みたいな見た目のバーニー製モデルを90年代初頭に特価7万5千円で購入し、フッカー風にお手製「ミツヨシ」の銘をヘッドに貼ったやつだ。「重いから普段は使わない」と以前言っていたと思うが、野音の大舞台、気合を表れだろうか
撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー
「野音に帰って来ました~! 意味もなくダブルネック持ってきました~!」というMCに(なんだ、気合入れてじゃないのか!)と心の中でツッコミを入れたとこで、吾妻に呼び込まれ登場したゲストの伊東妙子に目を奪われる。赤いワンピースでくるりと回り、膝を折って挨拶をする彼女、なんともキュートだ。しかし“Silent George”を歌い出すや、その小柄な体からは想像も出来ないハスキーで力強いヴォーカルに圧倒されてしまう。アルバム『Seven & Bi-decade』ではLeyonaがゲスト・ヴォーカルを務めていた曲だが、伊東版はまた違った色合いになっているのが面白い。「George, I’m givin’ you 24 hours to get out here! Love that Geroge!」のセリフでばっちりと締める。続く“Send Me To The Electric Chair”も堂々たる歌いっぷり。ベッシー・スミスやダイナ・ワシントンで知られるこの曲、本誌No.165のインタヴューで吾妻が「すごい」と絶賛していた伊東による日本語訳詞が見事にはまっていた。強烈なインパクトを残し伊東がくるりと舞いながら退場したころで吾妻のMCタイム。天候がどうなるか分からなかったとの理由で今日は予備の譜面台を持って来たそうだ。70年代から使っているというのが年季の入った外見から分かる。そして当時からの持ち歌であろう、「NHKの朝ドラの曲です」と前振りして始まったのは“On The Sunny Side Of Street”。早崎詩生のピアノ・ソロが実に美しい。ラストは「バッドラックの日もあるでしょう! バスター・ベントンの“Spider In My Stew”みたいな曲です!」とお馴染み〈俺のカツ丼〉だ。観客を見渡せば誰もが笑顔で体を揺らしている。もし昼に食べたカツ丼にゴキブリが入っていたような人だって今夜のショウでハッピーになれたに違いない。「グッナイ、トーキョー! ナマステ!」と別れを告げる吾妻に惜しみない拍手が送られた。
撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー
ブルース・カーニバルはアレがないと終わらない!と期待した通り、出演者&司会者揃い踏みのオールスター・ジャムでフィナーレだ。吾妻のカウントでスタートしたのはリトル・ミルトン“The Blues Is Alright”。まずはホトケがヴォーカルをとり、「オーライ!」のコール&レスポンスで総立ちの観客を煽る。三宅のギター・ソロ、KOTEZのハープ・ソロを挟んで今度は吾妻が歌い、鮎川が爆裂ギターでソロをとれば、山岸がファンキーなソロで返す。と、ここでホトケが“Sweet Home Chicago”に歌い繋ぎ、続く三宅は日本語詞で「スウィート・ホーム、トーキョー!」と盛り上げ、伊東妙子にバトンタッチ。さらにコージー大内が同じ歌とは思えない弁ブルース全開ヴァージョンで歌い締めて大団円となった。
「また来年! 戦争せずにブルースしよう!」—— ゴトウの声が夜空に響く。冷めやらぬ興奮と祭りのあとの寂しさのなか、「来年もきっとこの場所で」という想いを胸に会場を後にした。
写真提供・協力:M&Iカンパニー
撮影:井村猛
(ヘッダー写真 撮影:FUJIYAMA/写真提供・協力:M&Iカンパニー)
【セット・リスト】
三宅伸治&The Red Rocks
1.ブギシンジ
2.It’s Alright
3.歩くよ
4.ブルースの子ども
5.ベートーベンをぶっとばせ
6.Boom Boom
7.レモンティー
8.JUMP
コージー大内
1.おいどんは九州男児たい
2.パンチdeデート
3.おんぼろトレイン
4.大鶴村のサイレン
blues.the-butcher-590213
1.Blues Before Sunrise
2.Tramp
3.In The Night
4.First Time I Met The Blues
5.Te-Ni-Nee-Ni-Nu
6.Manish Boy
7.Killing Floor
8.Got My Mojo Workin’
吾妻光良&The Swinging Boppers
1.Thing’s Ain’t What They Used To Be
2.T-Town Blues
3.最後まで楽しもう
4. Come On Let’s Boogie
5.Silent George
6.Send Me To The Electric Chair
7.On The Sunny Side Of The Street
8.俺のカツ丼
=オールスター・ジャム=
1.Blues Is Alright ~ Sweet Home Chicago
※6月25日発売『ブルース&ソウル・レコーズ』No.166にて妹尾みえ氏による《TOKYO BLUES CARNIVAL 2022》ライヴ・リポートを掲載しています。また、永井ホトケ隆氏の連載『Fool’s Paradise』と吾妻光良氏の連載『Blues Is My Business』でも当日の裏話が紹介されています。是非ご一読を。
投稿 【LIVE REPORT】TOKYO BLUES CARNIVAL 2022 は blues & soul records に最初に表示されました。