肉おじさんから「さんぽに行きませんか」と連絡がきた。

「肉の格之進の千葉祐士さん」といえばひょっとすると誰かは知っているかもしれない。

だが、わたしたちは肉おじさんと呼んでいる。本人も「肉おじさんだ」という。だからそれでいいのだと思う。

肉おじさんに呼ばれて出向いたのは、代官山駅から少し歩いたところにあるイタリアン『TACUBO』。扉を開けると、店内にはいい香りが立ちこめている。何だろう?

おじさんは、カウンターにいた。

シェフと肉の会話で研鑽しあう仲

肉おじさんが親しげに話しているその人こそ、『TACUBO』のオーナーシェフ・田窪大祐氏である。

『アーリア ディ タクボ』を覚えている人は少なくないであろう。2016年4月、装いを新たにここ代官山にオープンしたのが『TACUBO』。ファンには嬉しいニュースだった。


−−おじさんは、シェフと仲がいいんですか?

「うん。いつもだいたい火が見えるこの席。

ひょっとすると僕が一番よく来る店かもしれない。こうしてカウンターに座って、気になる肉を焼いてもらって、シェフと話をするのが楽しいんです」(肉おじさん)

----どんな話をするんですか?

「肉センスがいいんですよ。肉センスがいいから、素材を調理したときに旨味を最大限に表現できる。それが、会話をしているとわかるんですよ。

たとえば、牛のランプっていうのは4つに分けられるんだけど、そこまで細かく分けて考える人はそういない。でも田窪さんはその違いに気づいて、『この肉はどうしてこんな味なんですか?』と質問してくるんです」(肉おじさん)

----田窪シェフにとって、肉おじさんはどんな存在ですか?

「一言で? おもしろい人です(笑)。料理して食べてみて『こういうことなんだろう』と自分の中で確信を得ても、それはあくまでも僕の感覚なので、誰かに背中を押して欲しいんですよね。そんなときは、千葉さんに答え合わせをするように疑問形でぶつけてみます」(田窪さん)

「僕は肉のことならわかるけど、料理は専門家ではないから、田窪シェフとのやり取りが勉強になるんです。僕たちは凸と凹で、肉について研究、研鑽しあうパートナーみたいなものかな」(肉おじさん)

薪焼きで日本一のイタリアンになろうよ

店内に漂う香りの秘密はこれ、生木の薪。新生『TACUBO』としてスタートするにあたり、肉おじさんが「これからは薪だよ。肉を薪で焼くといい」と言ったとか、言わないとか。

肉おじさんに「真実はどうなんですか」とストレートに聞いてみたところ、にっこりと笑顔だけが返ってきた。

オープンキッチンに据えられた開放暖炉。薪がパチパチと音を立てて豪快に燃えている。カウンター越しにも顔がほんのり温かくなるほど。

牛肉の登場! 日本のイタリアンの領域ではまだ確立されていないけれど、じつは、本国イタリアには薪で肉をステーキを焼く店が結構あるという。

薪の芯に火が通ると、徐々に小さな欠片なっていく。でもこのように炎をたたえたまま。

網の下には熱々の薪が。肉塊を乗せると一気にジュワーッという音と共に煙が立ちのぼる。この時点で最高の香り!


ーーシェフにとって薪焼きの魅力とは?

「薪で焼くと、肉の臭みだけがほどよく消えて旨味と風味がアップします。そして、焼きあげても肉の表面が固く乾いた感じになりません」(田窪さん)

「それは、薪が生木で水分を含んでいるからだよね。炭のように乾いた火じゃない」(肉おじさん)

肉おじさん、肉を撮影。

「薪の火には強いところと弱いところがあるんです。

それがいいバランスの波になって、肉が"ほぐされる"感じがします。肉が揉まれるように火が入っていき、それが柔らかさとジューシーさに繋がっているんじゃないかな」(田窪さん)

実食、それは肉との交わり

肉おじさん、個室にて待望の実食タイム。笑顔から本当に肉を愛していることがうかがえる。

と、先ほどの笑顔は消えて、肉と真剣に向き合いはじめたおじさん。そっといつくしむように、エロティックにナイフを入れていく。余人が声をかけられる雰囲気ではない。

それでも強引に手もとを覗き込むと......。

ああ、美しい。

胸の高鳴る美しい赤! 確かに、これはぷるんとしていて柔らかそう。目で見ても、フライパンや炭火で焼いた肉とは違うことがよくわかる。

肉と交信中。おじさんとステーキとの間でどんな会話が繰り広げられているのだろう? 肉と無言で語り合う人を初めて見た。

----あの、そろそろ感想を。おいしい、ですか?

「肉の味が、薪によって引き上げられているね。

僕は、肉の旨味について、日頃さまざまな識者のみなさんと一緒に研究を重ねているんです。おいしさを構成するものに"味わい"のほかに"香り"もあって、じつは影響が大きいのですが、その"香り"は火の種類によって変わるんじゃないかと推測しています。熱のインパクト、っていうのかな」(肉おじさん)

----シェフは、必ずしも最高ランクの肉でなくとも、薪焼きならば別次元の味になるということを仰っていました。

「うん、そう。そこが田窪さんの肉センスのいいところなんですよ。原価をかけているのがいい店、高級食材だからおいしいと思われるかもしれないけれど、いやいや、そうじゃない」(肉おじさん)

「いい材料は残してあるんです。A5ランクの和牛を炭で焼く店はたくさんある。そこと並んで同じ材料を使ってしまっては、『薪じゃなくてもおいしい』となりますよね。それでは、薪で焼くことによる香りや柔らかさや旨味が伝わりにくいですから」(田窪さん)

「だから『TACUBO』は、薪焼きで日本一のレストランから、さらに進化すると思っているんです」(肉おじさん)

仮に薪にトライしてみるといいとシェフに言った張本人なのだとすると、やはり、ただの肉おじさんではないらしい。

事実、この肉さんぽの後に『TACUBO』はミシュランの星を獲得した。

まるで預言者だ。

コースでいただけるパスタ。具材は季節によって変わる

おじさんは、大きなステーキを堪能したというのに、コースのパスタまでぺろりと平らげてしまった。そして涼やかに店を後にした。

「さんぽ、また行きますよね?」と一言、残して。

TACUBO

住所:東京都渋谷区恵比寿西2-13-16 ラングス代官山1階

電話:03-6455-3822

営業:ランチ12:00~15:30(L.O.13:00、水・土・祝)、ディナー18:00~25:00(L.O.23:00)

定休:日曜(月曜祝日の場合は日曜営業、月曜休)

料理:ランチ、ディナー共に9,500円~(個室は12,000円~)

※ ディナーカウンター席は当日予約のみで11:30~。ランチ席、個室は1か月前から予約可能(キャンセル料が発生)

http://tacubo.com/

肉おじさん

株式会社門崎・代表取締役、千葉祐士。岩手県一関市に生まれる。一般企業の勤務を経て、家業である牧場を拡大するために岩手に戻り、"牛と肉の目利き"の道を邁進する。1999年に岩手県一関市に焼き肉店『格之進』1号店を開業して以後、都内で続々と店舗展開。加工、流通、販売を一貫して担う「門崎熟成肉」にもファンが多い。著書『日本の宝・和牛の真髄を食らい尽くす』(講談社)

[格之進]

撮影/網中健太

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