そんななか、この春に観るべき映画として注目を集めているのが、25年ぶりにデジタルリマスター版で蘇った『牯嶺街(クーリンチェ)少年殺人事件』。
すでに公開中の本作は、3時間56分という超大作にも関わらず、連日観客が押し寄せ、上映後には拍手が起きる劇場もあるほどだという。
これまで、世界中のアーティストたちがこの作品に多大な影響を受けており、エドワード・ヤン監督の最高傑作ともいわれている。しかし、1992年に日本で初上映されて以来、DVD化されることもなく、観る機会がほとんどなかったため、"伝説の傑作"と呼ばれていた。
そんな話題作で主演を務めたのは、この作品でデビューを果たし、いまや台湾が誇る実力派俳優となったチャン・チェン。そこで、日本での再上映を記念して来日した際に、当時の思いや現在の心境について語ってもらった。
ヤン監督はつねに自分の目的がクリアな人だった今回、長い年月を経てまたこの作品を観客に届けることができることになり、喜びと同時に不思議な気持ちでもあるという。
「25年も経ってこの作品のために日本に呼んでもらえるという経験自体がこれからもあるとは思えないし、そういう意味でも本当に珍しい作品」
日本だけでなく、台湾でも多くの観客が熱狂しているというが、人々の意識や時代背景もまったく異なる現代で、国境をも越えてここまで受け入れられている理由は?
「僕が思うに、映画というのは純粋なもの。だから、社会の意識が変わったからまったく理解が及ばないということはないと思うんだ。映画のお客さんは、普遍的に、人間の感情のほうに重きを置いて観る。つまり、社会背景がよくわからないとかそういうところを意識して観るのではないということだよね。それに、ヤン監督の作品というのは、人物設定がはっきりしていて、彼らが何を欲して生きているのかというのがすごくはっきりわかる映画だから」
1960年代の台湾で実際に起きた事件から着想を得ている本作は、その時代の様子が色濃く描かれているが、登場人物たちの抱える思いはいまでも通じるところがあり、胸を締めつけられる。
そして、この作品で鮮烈な存在感を放っていた人物こそ、主人公を演じたチャン・チェン。撮影当時はまだ14歳で、演技経験もほぼない状態で現場に入ったというが、厳しいことでも知られているヤン監督のもとで教えてもらったことは、その後の俳優人生においても助けとなっていることがあると話す。
「この作品で一番学んだのは、脚本を手掛かりにして自分の人物設定をどうやって研究していくかということ。だから、僕が初期に出演した作品に関しては、最初にこの現場に参加したときの経験からきていると思うよ」
そう語る彼も、すでに25年ものキャリアを積んでおり、現在は40歳を迎えている。そして、40代に入ったことで、心境の変化を感じることもあるのだと教えてくれた。
「プライベートでも仕事でも、いまは自由な気持ちで、あまり力んだ感じではない状態。というのも、自分がいま何をやっているのかがきちんと自覚できるような時期にやっときたからなんだ。だから、昔とちょっと違うなと思うのは、若いころは必死になって脚本にかじりついてあれこれ悩んだりしてたけど、いまはざっくり見るだけでも頭のなかに浮かんだり、入ってくるものがあるので、リラックスして仕事と向き合えるようになったのかな」
さらに、これまで俳優を続けてくることができたきっかけについても振り返る。
「この作品に参加させてもらってから映画が好きになって、映画の魅力の虜になったというのがはじまり。だから、俳優としてこれまで何か信念を貫いてきたというよりも、とにかくどんどん経験を積んできたという感じなんだ。年齢も異なってくると、演じる役柄も変わってくるけれど、そういう違いがおもしろさでもあるんだよ」
本作は人生の半分以上を俳優として生きているチャン・チェンにとっては原点ともなる作品だが、いま観ることで改めて感じることは何かを聞いてみた。
「初心に返るというよりも、今後も自分の心のなかにずっと残っていくだろうと思うシーンはいくつかあるんだ。
それと、あのとき現場で思ったのは、映画というものは僕だけではなくて、すべてが重なり合ってできるものなんだということ。そういう経験についてもすごく鮮明に覚えているんだよ」
人生においてはひとつひとつが大切そんな彼の人生において、ヤン監督との出会いは間違いなく欠かせない出来事であっただろうと感じずにはいられないが、やはり人生で一番の出会いは両親だという。ちなみに、本作ではチャン・チェンの父と兄も出演し、作品を支えている。
「いまの僕があるのは、親がどういう風に自分を教育して導いてきてくれたのかというのが大きく影響しているよ。ただ、人生というのはいろんなことが蓄積されてできるものであるから、ひとつのことでこうなったということではなく、そのときそのときのことがすごく大事なんだ」
そうやって着実に実力を備えながらここまできたチャン・チェン。アジアを代表する錚々たる監督たちからも高く支持されているが、日本の俳優や監督との仕事も多く、2017年はSABU 監督最新作『Mr Long/ミスター・ロン』の公開も控えている。
日本の人々と一緒の現場の印象は?
「日本のみなさんは本当にプロ意識の高い人が多いから、すごく働きやすいんだ。それに、競争があるから成長できるんだろうし、そういう意味ではうらやましいなと思うときもある。それに比べて、台湾の映画が発展していくためには、まずは作品の数を増やして産業にしていかないといけない。刺激がないと脳みそが活性化しないのと一緒で、やっぱり競争がないところには進歩がないと感じているところだよ」
すでに長年にわたって第一線で活躍しているにも関わらず、向上心を忘れることなく、「これからも努力を続けていきたい」と付け加えた。"アジアのスター"チャン・チェンが誕生する瞬間、そして映画史に残る傑作をスクリーンで観ることのできる貴重な機会は見逃せない。
監督:エドワード・ヤン
出演:チャン・チェン、リサ・ヤン、ワン・チーザン、クー・ユールン、エレイン・ジンほか
角川シネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国大ヒット上映中
配給:ビターズ・エンド
© 1991 Kailidoscope
http://www.bitters.co.jp/abrightersummerday/
撮影/柳原久子