資源を採掘してモノを作り、使い終わったら捨てる。そうした大量生産・大量廃棄の社会は、資源の枯渇が間近に忍び寄る中、終焉を迫られている。
これに代わるものとして、今、世界的に注目されているのが、廃棄物を資源として循環させ、利益を生みだす「サーキュラー・エコノミー」だ。

8月27日のオンラインコミュニティ「MASHING UP SALON」では、「サーキュラー・エコノミーに挑む。流郷綾乃が描く未来図」と題したイベントを開催。ハエを活用した昆虫テクノロジーに取り組むムスカCEO(Chief Executive Officer)の流郷綾乃氏に、ムスカの取り組みとサーキュラー・エコノミーの可能性について語ってもらった。

人口爆発や廃棄物、食糧不足に対するソリューション

ムスカとは、イエバエの学名、ムスカ・ドメスティカに由来する。2016年に設立された同社の目的は、食糧危機や増え続ける有機廃棄物など、もはや人類だけでは解決できない難題を、イエバエを使った独自のテクノロジーで解消するというものだ。

「今、世界人口は爆発的に増え続け、2050年にはおよそ100億人に至ると予想されています。

人が増えれば、廃棄物が増えます。また、畑の面積を増やせば気候変動につながる恐れがあり、食糧不足も必須となります。この問題に対処するには、捨てていたものを活用するしかないのです」(流郷氏)

1年の処理期間をクリーンな1週間に

具体的には、食の問題でフードロスと並んで課題となっている「畜産排泄物」を、イエバエに分解してもらうことだ。それによって、畜産や、水産などの養殖の分野で、「飼料」と「有機肥料」という2つの資源を得ることができる

「日本国内だけで年間約8000万トンの畜産排泄物が出ています。これを現在は堆肥処理センターで数ヶ月から1年以上、発酵をかけ続けて処理し、有機肥料という1つの資源を得ています。ただ、これには臭いだけでなく、発酵をかける間、温室効果ガスが発生し続けるという問題があります」(流郷氏)

ムスカのテクノロジーを使えば、この1年をなんと1週間に短縮できるのだという。

ムスカ飼料 ムスカ有機肥料

「家畜の排泄物にイエバエの卵をつけると、1日で幼虫になり、排泄物を食べて大きくなります。さなぎになるタイミングで土の中から外に出てくるので、そこで幼虫自体を家畜や水産などの養殖の飼料として、幼虫が分解した家畜の排泄物は有機肥料として資源化します。そこまでにかかる時間が約1週間です」(流郷氏)

地域でスモール・サーキュラー・エコノミーを確立

処理の時間を1週間に短縮し、とれる資源を1つから2つに増やし、近隣への臭いや温室効果ガスの問題を解消できる。しかも、昆虫は高プロテインで飼料としても優れているとなれば、流郷氏が「究極の資源循環」と自負するのもうなずける。有機廃棄物の高効率なバイオマスリサイクルを、世界のいたるところにいるハエで確立しているのだ。

流郷氏が目指すのは、日本各地の畜産県にムスカ型の閉鎖型プラントを設置し、できた飼料は養鶏農家や養殖場へ、有機肥料は耕種農家へと運ぶ、地域でのスモール・サーキュラー・エコノミーを確立させること。

選別交配を経たサラブレッドのハエを活用

ハエというと、拒否反応を示す人も多いかもしれない。確かに、外や家の中で見かけるハエは、不衛生な害虫として嫌われている。

だが、ムスカが活用しているのは、約50年、1200世代の選別交配を経てサラブレッド化されたハエたちだ。

「会社としては新しいですが、技術自体は日本に来て25年経っています。なぜサラブレッド化しているかというと、過密空間に対するストレス耐性の高いハエを使うことで、事業化しやすいシステムが産まれるからです」と流郷氏。

しかし、立ち上げから2年程度は、飼料の供給先はもとより、メディアからも相手にされなかった。嫌われ者のハエを使ったテクノロジーは、消費者に嫌がられるのではないかという懸念があったからだ。

消費者とテクノロジーをつなぐ存在として

PR出身の流郷氏が貢献しているのも、そうした社会との懸け橋としての役割だ。

「私自身、ハエは苦手でしたが、長年、会社で世代交代しているハエはかわいく思えるようになりました(笑)。

ハエは有害なものに見られますが、自然界では他の多くの昆虫と同じく分解者です。ハエのイメージを払拭することはできないと思いますが、ハエって、自然界でこういう活躍のしかたをしているんだという再定義はできるかなと感じています」(流郷氏)

コロナ禍でプラント建設が先延ばしになった間に、ECサイト「Sustainable Food Market」を立ち上げた。 抗生物質を一切使わず、ムスカが提供する飼料と有機肥料で鶏を育てる生産者の鶏肉を販売している。

クラウドファンディングで先行販売した個人向け園芸肥料「一週間で世界をすこし良い未来へすすめる肥料」は、初日で目標金額300%を達成した。

サーキュラー・エコノミーをトレンドで終わらせない

企業としてはプラントを建設してテクノロジーを駆使させることが基本だが、「うちで分解したものを、消費者の皆さんに食べたいと思ってもらわないと話は進みません」と流郷氏は言う。

そして、「サステナブルもサーキュラー・エコノミーも、トレンドで終わってはいけない。根づかせ、伝え続ける誰かがいないといけないんです」と信念をのぞかせる。

「それには、うちの飼料や肥料を使った農作物はおいしいと感じてもらえるのが一番。食は誰にとっても身近な問題だからです」(流郷氏)

重責でも、自分が貢献できる仕事は楽しい

ムスカ CEO 流郷綾乃氏

流郷氏の伝える力は、ムスカの推進力となっている。そんな流郷氏は、キャリアをスタートさせた当初、アロマセラピストだった。

「その後ある企業に転職した際、営業が向いていないことに気付き、それでも何かしら会社に貢献しなければいけないと思い、広報の勉強をしました。そしてプレスリリースを出したら、新聞に取り上げてもらえて、問い合わせの電話が来たと社長にとても喜ばれたんです。伝えることによって誰かが喜び、伝わった相手もアクションを起こしてくれる。なんてWin-Winの関係だろうと、広報という仕事にのめり込みました」(流郷氏)

その後、ベンチャー企業を経て、フリーランスの広報に。

そして、誘われていたムスカには、「ハエは苦手だから」と言って何度か断ったものの、結局、代表取締役まで引き受け、暫定CEOから始めて今に至る 。

引き受けたのは、自分に貢献できることがあったからです。事業は生き物。産まれたばかりの赤ちゃんのような会社は、抱っこしたり、ごはんをあげたりしないといけない。それなら、私にもできることがあると思いました」と流郷氏。

もう一つの理由は、シングルマザーとして必死に育ててきた子どもたちが、ムスカでの仕事を喜んでくれていること。「重責ですが、事業と社会に貢献して、明るい未来につなげられる仕事です」と笑顔を見せた。

押してダメなら引く。伝えるコミュニケーションを

PRのプロである流郷氏がコミュニケーションで心がけているのは、「誰に伝えるか」を明確にすることだ。

「その相手と、自分の間の乖離は何かをまず考えます。なかでも情報の乖離の問題は大きくて、たとえばサーキュラー・エコノミーをまったく知らない人に突然そのワードを出しても、意味がわかりませんよね」(流郷氏)

環境問題は、「日々の生活だけでいっぱいいっぱい」という人には伝わりにくい。そういう場合は、いったん引くこともある。伝わらないことをわかっていて無理に伝えようとしても、自分が消耗するだけだからだ。

「人によって、受け入れられる時期があります。少しだけ伝えて、後から腑に落ちるのを待ったり、私ではない別の人から伝えてもらったり、メディアから知ってもらったり。形もいろいろ変えていますね」(流郷氏)

循環型のモノばかりが並ぶ新しい世界へ

質疑応答では、「サーキュラー・エコノミーに貢献することとして、日々の生活の中で取り入れられることは何か?」という質問に対し、「手に取った商品が環境に配慮したものなのかをほんの少し意識して、気になるものがあれば背景のストーリーを調べてみる。それだけでかなり違います。企業側は、消費者の行動を見て商品を作るからです」と流郷氏。

そして、身近な人から仲間を増やして、いつの日か、選ばなくても循環型の商品ばかりが並ぶ、新しい「当たり前」ができるといい。「そうやって、皆で社会を形成していけたらいいなと思います」と語った。