森は美しいだけでなく、地球温暖化や土砂災害など、私たちが直面する自然の脅威を防いでくれている。森の地下水を守ることは、サントリーにとって単なる慈善活動ではない。
良いビールやウイスキーを作るための重要な基幹事業だ。

同社では2003年に設定した「天然水の森 阿蘇」からスタートし、現在、全国で約12000ヘクタールの森林の整備を手掛けている

サントリー天然水の森」の企画立案から携わり、同社サステナビリティ推進部のチーフスペシャリストとして研究・整備活動を推進する山田健さんに、その活動から見えてきた、同社にとっての生物多様性の本当の意味と重要性を聞いた

おいしい水には、生物多様性が不可欠だった

生物多様性について語る、サントリー サステナビリティ推進部のチーフスペシャリスト 山田健さん。

サントリーにとって、森は豊かで良質な地下水をもたらしてくれる自然の貯蔵庫だ。その恵みを将来にわたって享受するため、全国の「サントリー天然水の森」でさまざまな調査活動を行っている。

その一つが、地下水の「見える化」だ。

研究者たちと連携し、最新技術を使って主要な地下水の流れを特定して、森林整備が、地下水にとってどのような影響を及ぼすかを研究してきた。

結果、わかったのは、森が豊かな地下水を保有するためには、「フカフカの土」が重要だということだ。

「スポンジのようなフカフカの土壌は、雨水が浸み込みやすく、微生物的な水質浄化機能も高まります。そして、そんなフカフカの土を育んでくれるのが、森に棲む多様な生き物なのです」(山田さん)

多様な植物の根が森の土を耕し、土砂崩れを防いでいる

植物はそれぞれ異なる形状の根をもっている。そのため、多様な植物が育つ森は、土の中に縦、横、斜めとまんべんなく根が張り巡らされ、ゆっくりと耕されていく。秋にはたくさんの落ち葉が地面に積もり、微生物や土壌動物たちのエサとなる。ミミズやトビムシなどの土壌動物が、土の中を動き回ることでいっそう土が耕される。

植物の根はさらに、栄養分を土の中に浸出させ、自分たちを守る菌根菌やバクテリアを呼び寄せる働きをする。そんなたくさんの微生物が棲むフカフカの土は、動物の糞や死骸からの汚れを浄化し、豊かな雨水を地下に送り届ける役割を果たす。

多様な根が張り巡らされていることは、雨によって森が崩れるのを防ぐことにもつながります。反対に、根の浅い1種類の木だけがびっしりと植えられている森は、大雨などの災害時に一気に崩れてしまう危険性を帯びているのです」(山田さん)

複雑さこそが、森の強さ

ニホンオオカミが生態系の頂点にいた頃は、日本の森における生態系ピラミッドのバランスは保たれていた(左)。ニホンオオカミが絶滅したことで、シカが爆発的に増え、生態系ピラミッド全体のバランスが崩れてしまった(右)。

1種類よりも10種類、10種類よりも100種類の木がある森のほうが地下水を蓄えやすく、環境の変化にも強い抵抗力を持つ。

「マツ枯れやナラ枯れが問題となるように、一種類のみのモノカルチャーでは病気や害虫の大発生を招きやすくもなります

私たちは、複雑さは、強さなのだということを再認識しています」(山田さん)

森の生態系の頂点に立つのが、アンブレラ種と呼ばれる動物たちだ。このアンブレラ種の動物が絶滅すると、生態系ピラミッド全体のバランスが崩れてしまう

たとえば今、日本の森ではニホンオオカミが絶滅したことにより、シカが爆発的に増えている。増えすぎたシカが森の植物を食べ尽くして他の生き物の生命を脅かし、カチカチの脆い土を作っているのだ。

鳥が棲めない環境で、人間は生きられるのか

鳥類保護の必要性を訴えたサントリーの新聞広告。鳥が暮らせないような環境に、人間が住めるだろうか、と問いかけた。

脆くなった森には手を入れ、シカの食害から生物多様性を守る囲いを作り、整備が遅れた暗い森は間伐して林床に光を入れる

それだけでも下層植生が蘇り、フカフカの土が形成されていくという。

植樹する際には、地元のDNAにまでこだわった苗木の生産から始める。手を入れなくても良い森には手を入れず、自然の治癒能力に委ねる。そうした研究・活動を、社員はもとより地元や研究者の力を借りながら、地道に続けてきた。

こうしたサントリーの環境保護活動の発端となっているのが、1973年にスタートした愛鳥活動だ。

Today Birds, Tomorrow Humans. 今日、鳥の身に起こる不幸は、明日は人間に降りかかるよ、というメッセージをのせた新聞広告を展開しました。

鳥が暮らせないような環境に、人間が住めるだろうか、と問いかけたのです。生物多様性の大切さを訴えた、先駆的な活動だったと思います」(山田さん)

1989年には「サントリー世界愛鳥基金」を創設。愛鳥活動の初期費用を助成する活動を始めた。近年では同基金にコウノトリやトキ、ツルなどの鳥たちがいる水辺の風景を取り戻す「水辺の大型鳥類保護部門」を新設した。

もう一つの鳥にまつわる活動が、天然水の森におけるワシ・タカ子育て支援プロジェクトだ。

おいしい水と、オオタカのつながり

愛鳥活動の一環で、フクロウのための巣箱を森に設置した。

大空高く飛ぶワシ・タカは、生態系ピラミッドの頂点に立つアンブレラ種の生物だ。そのワシ・タカが生き続ける森とはすなわち、彼らのエサとなる小動物や、それらが食べる植物が多様に生息する、フカフカの土を持つ豊かな森である。

つまり、森を守る活動そのものが、ワシ・タカの子育てを支援することにもつながっている。また、大型の猛禽類が営巣できる大きな木が不足している森に、一時的な対策として人工巣台を用意するのも助けとなる。

2021年、北アルプス餓鬼岳のふもとにサントリー天然水 北アルプス信濃の森工場を建設するにあたり、タカの古巣を見つけた同社は、もしタカが営巣した場合、工場の建設を延期することを決定。隣接する国営公園でもオオタカやノスリの巣がたくさん発見された。

「しかし、アカマツの森の変化によって、タカにとって棲みにくい森になっていたのです。そこで私たちは、オオタカが営巣しやすいように森を整備しました。彼らがいつでも戻って来られるように待っているのです」(山田さん)

おいしい水と、フカフカの土、そして、オオタカが安心して子育てできる森。そのすべてがつながっていて、私たち人間の豊かで安全な暮らしにも直結している。

こうした自然とのリンクを再認識させてくれる象徴的な存在が、サントリーにとっての「鳥」なのだ。

山田健(やまだ・たけし)
1955年、神奈川県生まれ。東大文学部卒業後、1978年にサントリー(現サントリーホールディングス)株式会社宣伝部に入社。ワイン、ウイスキー、音楽、環境などの広告コピーや編集を手掛け、2000年から企画した「天然水の森」活動を2003年より開始。2020年に定年退職したが、現在も同社サステナビリティ推進部のチーフスペシャリストとして活動を続ける。公益財団法人山階鳥類研究所理事、日本ペンクラブ会員。著書に『水を守りに、森へ』(筑摩選書)、『オオカミがいないとなぜウサギが滅びるのか』(集英社インターナショナル)などがある。

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画像提供:サントリー