提供:MASHING UP

企業が持続的な成長を可能にするためには、内部改革まったなしの状況にある。経営者は自社のモチベーションをどのように高め、どのようなコーポレートガバナンス(企業統治)を行うべきなのだろうか。

2021年11月19日開催のMASHING UP カンファレンス vol.5にて行われたセッション「今私が考えていること。ESG経営と新しいリーダーシップ」では、アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 日本 社長の吉本浩之さん、イーデザイン損害保険 取締役社長の桑原茂雄さん、パナソニック 代表取締役専務執行役員の樋口泰行さんが登壇(樋口さんは動画での出演/「樋」はしんにょうの点が1つ)。エール 取締役の篠田真貴子さんのモデレートと、一橋大学大学院経営管理研究科特任教授である江川雅子さんの分析により、大手企業の経営者の心のうちを引き出した。

ESG経営の時代。パーパスが企業評価の指標になる

今注目のテーマに多くのオーディエンスが参加したMASHING UPのセッション。 撮影:中山実華

Environment(環境)、Social(社会)、Governance(管理体制)の3語からなる「ESG経営」という言葉が、SDGsと共に近年注目を集めている。

ESG経営を実現するという文脈のもと、企業は何をもって社会に存在するのか、あるいは企業が大切にする価値観は何なのか。それを言語化したものがパーパスである。

セッションの冒頭、エール取締役の篠田真貴子さんはそう語った一方で、パーパスを実現することの難しさを指摘した。「働いている私たちからすると、パーパスという言葉は“いいことだけど距離が遠い”感じがする。パーパスによって今日の私がどう変わるのかわからない、そんな距離感があるのでは。今日は、皆さんの取締役経験年数を足し算すると約50年分になるという顔ぶれをお迎えして、パーパスと働く人をつなげることを試みたいと思っています」と、篠田さん。

パナソニック 代表取締役専務執行役員の樋口泰行さんには事前に回答をもらい、会場で上映した。 提供:MASHING UP

篠田さんが最初に問いかけたのは、登壇者が自社のパーパス(価値観)の指針を定めたときの意図だ。プロ経営者として知られ、複数の大企業の舵取りを担ってきたパナソニックの樋口さんは、社員の気持ちや方向性を合わせることが会社の運営には欠かせないと話す。

高いレベルの目的やパーパスが定められても、それを尊敬して共鳴する人が集まらなければ、会社は大きくならない。パナソニックを創業した松下幸之助のビジョンは高く、みんなが共鳴したから会社がスケールした。

もうひとつ重要なのは、社会からの会社の見え方。

社会がこれだけ物質的に豊かになると、モノ以外の社会課題、格差や環境問題に対しても、企業がESG経営に組み込んで対応することが確実に求められる。お金さえ儲かればいいという会社は、社会からリスペクトされず、今後は生き残れない」(樋口さん)

パーパスは社会から求められ、尊敬される存在になるための基盤。時代が変化した今、メーカーもモノではなくESGの観点で社会に貢献していくことが必要だと語った。

CXを起点とすれば、顧客との価値共創も可能になる

保険のDX化で「事故のない世界」を目指す新自動車保険「&e(アンディー)」をスタートさせたイーデザイン損害保険 取締役社長、桑原茂雄さん。 撮影:中山実華

「事故のない世界」の実現をパーパスとして、「&e(アンディー)」という斬新な自動車保険をローンチしたばかりのイーデザイン損害保険。桑原さんは東京海上火災保険(現東京海上日動火災保険)の業務改革を主導し、2018年からイーデザインの取締役社長に就任。同社のミッション・ビジョンはCX(顧客体験)を突き詰めるなかで自然に導き出されたものだと話す。

「社長となった2018年にもCXの概念はあったが、その一方で売上も伸ばさなければならず、バランスをどう取るかで社員が苦しんでいた。経営の役割のひとつに、やることを絞る、やらないことを決めるということがある。今は売上は捨てていい、お客様の体験を追求しようと社員に話すと、みんな気が楽になったようで、一気に社内に一体感が生まれてきた」と、桑原さん。

CXや顧客のジャーニーを突き詰めていくと、従来の保険の基幹システムや部門の縦割りが邪魔になってくる。そうした点も改善し、システムを根こそぎ入れ替える、プロジェクト単位で人を動かすといった改革も進めた。

CXを起点としてMX、DX、BXを推進する。

とくにCXからBX(ビジネストランスフォーメーション)を考えると、お客様が本当に求めているのは、悲しい事故をなくすことだと。そのためには車が進化するだけではなく、われわれ保険会社もやることがあるし、お客様にもやっていただくことがある」(桑原さん)

DX(デジタルトランスフォーメーション)、MX(マネジメントトランスフォーメーション)、カスタマージャーニーといったビジネス用語は、ともすると実感のないまま働く人のまわりを漂ってしまう。しかしイーデザインでは、CXを最大限まで高めることを追求したことで、数珠つなぎのようにパーパスが確立された。

「しかもそのパーパスを、お客様と共創するというところまで行き着かれた」と篠田さんも驚きを表す。パーパスの意図がCX起点というイーデザインのケースは、多くの企業にとって示唆に富む事例となりそうだ。

仲間を大事にする。
それが最高の顧客サービスへとつながる

2021年6月に日本社長に就任したアメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 吉本浩之さん。 撮影:中山実華

1850年に創業され、約170年の歴史をもつアメリカン・エキスプレス。そのビジョンは「日々世界最高の顧客体験を提供すること」。そのために「ブルーボックスバリュー」と呼ぶ理念を掲げ、全世界のアメリカン・エキスプレスの社員間で共有しているという。

「アメリカン・エキスプレスではエンプロイ(employee=社員、従業員)という言葉は使わず、お互いをコリーグ(colleague=同僚、同志)と呼ぶ。この風土の背後にあるのが、一人ひとりのコリーグがプライドを持ち、モチベーション高く働いてこそ、お客様に最高の顧客体験をご提供できるという考えだ。

そのためにアメリカン・エキスプレスでは人を尊重する。世界的に賃金格差の完全是正に取り組み、女性の産休・育休からの復帰率はほぼ100%。日本ではLGBTQA-+や女性社員の働き方などをテーマにした社員ネットワークによる活動も活発に行う。多様性があり、誰もが平等に受け入れられる社内文化を育むことが、お客様へのサービスの一番の根幹となる」(吉本さん)

社員も社長もコリーグであり、仲間を大切にするというアメリカン・エキスプレスの関係性。その延長線上に顧客への最高のサービスがあるということが、「ブルーボックスバリュー」では強く表明されている。

ブルーボックスバリューの第一は、顧客を応援することだと吉本さん。顧客にとってなくてはならない存在になるためには、顧客の支えとなりうる優れた人材を育てることが必須だ。「仲間を大事にする」というメッセージを組織に浸透させることがいかに大切か、それはアメリカン・エキスプレスの長い歴史によって証明されたといえる。

どうすれば社員に“パーパスを自分ごと化”してもらえるか?

一橋大学の江川雅子さんはコーポレート・ガバナンス(企業統治)、企業財務が専門領域。複数企業の社外取締役も務める。 撮影:中山実華

どうしたら適切にパーパス、ミッション、ビジョンを社員に伝えられるのかということに、多くのトップは常日頃から頭を悩ましている。しかし、トップが優れた価値観を打ち出しても、組織全体で共有するのは容易ではないと江川雅子さんは指摘する。

「よく言われるのが“お経”という言葉。基本原則や規範のような“いいこと”を、多くの人は基本的に読まない。一般にとっては遠いものなので、それをどれだけ自分ごとにし、社員に実践してもらうのかは、経営者にとってとても難しい課題だ」(江川さん)

この問題に対してパナソニックの樋口さんは、「まずはミッション、パーパス的なものに対して、それが重要だと経営者が心の底から思っているかが肝要」と指摘する。

「なぜそれをパーパスにしたのか、どんなプロセスでそれを定めたのかを含めて『だから大事なんだ!』ということを訴えかけないと響かない。パーパスはロングジャーニーで、しかも経営レベルの話。それをそのまま社員の日々の行動と結びつけるというよりは、パーパスを達成するための行動規範を、デイリーに社員の行動に反映させる。そのうえで社員には、世界の景色を見て、自分で考え、動くことを期待したい。上司が言ったことを盲目的に続けていると、自分発信で何かをリードできなくなる」(樋口さん)

イーデザイン損保の桑原さんは、東京海上グループの社内文化として「マジキラ」(真面目な話を気楽にする)を紹介。1回につき10人くらいのグループで全社員と「マジキラ」をして、ミッションの意図や背景をしっかり語るようにしているという。

「クルー(社員)がミッションやビジョンを自分ごと化するためには、それが自分の成長につながることを意識するプロセスがいる。若い層に対しては『あなたの仕事は我々のバリューそのものだ』と伝えること、それを皆で見つけることを大切にしている。マジキラで必ず聞くのは、一人ひとりの価値観。お金、他人が喜ぶこと、チームワークなど色々あるが、我々は何も否定しない。金太郎飴のようにミッションやビジョンを達成することを求めていない、一人ひとりの個性を解放してほしいと伝える」(桑原さん)

価値観を組織に浸透させるためには、ハードとソフト、トップダウンとボトムアップの両面が大事だと語るのは、アメリカン・エキスプレスの吉本さんだ。まずは経営者・管理職の強いコミットメントと、それができる人事制度。行動規範に沿って結果を出した人を見出す人事評価制度の確立や、賃金格差の是正も必要だと話す。

「ボトムアップでは、女性のメンタリング制度を実践するチームや、トランスジェンダーのガイドラインを経営層に提言してくれたチームなど、コリーグの自主的な活動を会社として評価・奨励している。一人ひとりがリーダーシップを持ち、もっと良い会社にしていくという社員になってほしい。それがひいては、お客様や社会に良いものを提供できる会社へとつながっていくのではないか」(吉本さん)

「社内対話」が会社のパーパスと社員をつなぐ

篠田真貴子さんが取締役を務めるエールでは、「社外人材によるオンライン1on1」を通して社員が自らを言語化、自律性を高める支援を行っている。 撮影:中山実華

ミッション、ビジョン、バリューといった言葉のなかで、なぜ最近「パーパス」という言葉が注目されるのか。その背景を江川さんはこう読み解く。

「パーパスはGoogleの検索で1999年には30万回だったのが、20年後の2019年には3億6000万回と1200倍になっている。なぜこれほど皆が気にするようになったかを考えると、ミッション、バリュー、ビジョンは、ある意味で企業が自分で宣言すればできる。しかしパーパスは、社会にどう認められるか、社会にどんな貢献をしているかという“相手がある話”。そこが重視されているのではないか。

その背景は3つあり、1つはZ世代を中心とした若い世代が、自分の仕事の社会的意義を強く意識するようになったこと。これは私も日々、大学で学生と向き合いながら感じている。

2つ目は組織、あるいは会社と個人の関係性の変化。一人ひとりを大切にしたいという会社の意識が現れてきている。

3つ目は、組織の枠を超えたコラボレーションやオープンイノベーションがやりやすくなってきたこと。会社としては『この指止まれ』と発信して優秀な人材やパートナーを惹き付けたい。そのためにもパーパスが不可欠になっている」(江川さん)

パーパスを強く打ち出すことと、社員の自立性を高めること。そのバランスをとることは難しい。しかし、もはやESG経営を重視しない会社には社員も顧客もついてこない、企業の競争力に直結する課題となったと江川さんは言葉を続ける。

社外人材によるオンライン1on1サービス「YeLL(エール)」を提供する篠田さんは、3人の登壇者が「社内対話」の機会をたくさん設けていることに注目した。

「話せるということは、聞いてくれる人がいて、聞いてくれると信じられるから。そうやって人にじっくり話を聞いてもらうことで、自分が大切にする価値観が言葉になり、会社のパーパスと接続されていく。急激な変化の中にあるからこそ、対話が求められている」(篠田さん)

「今私が考えていること」というセッションのタイトルそのままに、登壇者が「我が社はこう考えている」ではなく、「私はこう考えている」と存分に語ってくれたことが嬉しいと篠田さん。

そのリーダーが、今「あなたはどうですか?」と社員一人ひとりに問いかけている。パーパスへと向かう道のりは、そんなリーダーと社員、両者の思いが合わさったときに生まれるのかもしれない。

撮影:中山実華

MASHING UP conference vol.5

今私が考えていること。ESG経営と新しいリーダーシップ

江川雅子(一橋大学大学院経営管理研究科特任教授)、篠田真貴子(エール 取締役)、桑原茂雄(イーデザイン損害保険 取締役社長)、樋口泰行(パナソニック 代表取締役専務執行役員)、吉本浩之(アメリカン・エキスプレス・インターナショナル, Inc. 日本 社長)

撮影/中山実華、文/田邉愛理