赤、紫、オレンジ。奇抜な髪色の3人が、師走の渋谷の街に現れた。
グループの結成は、2021年6月。リーダーの「おおちゃん」こと大嶋悠生(ゆう)さんは、27歳で女子サッカー選手を引退後、29歳で性別適合手術を受け、戸籍の性別を変更した。LGBT向けの人材会社で、営業マネージャー兼研修講師として、企業などへのLGBT研修に出向くなかで、「トランスジェンダーとして、個人でもっとできることがあるのでは、と模索していた」(大嶋さん)。
リーダーの「おおちゃん」こと大嶋悠生(ゆう)さん。大学卒業後「バニーズ京都SC」で27歳までプレーし、引退後、29歳で性別適合手術を受け、戸籍の性別を変更。2021年10月まで、LGBT向けの人材会社でセールスマネージャー兼研修講師として勤務。 撮影/キム・アルムそんな折、選手時代の4つ下の後輩「まさ」こと大川政美さん、大川さんの郷友の「あさひ」こと山本朝陽さんとたまたま集まる機会があった。
ジェンダーよりも、肩書きにびっくりされて
「まさ」こと大川政美さん。「バニーズ京都SC」選手時代は、大嶋さんの4年後輩だったが「出会った瞬間から馴れ馴れしくタメ語で話してきた(笑)」と大嶋さん。23歳で引退後、27歳で戸籍変更を終え、2021年12月まで、施設のネットワーク環境整備の仕事などに従事した。 撮影/キム・アルムYouTubeでの発信を始めるにあたって、最初に決めたことがいくつかある。どうせやるんだったら、趣味としてではなく、収益を狙うこと。そして、より多くの人に届けるため、LGBTの当事者でない人に向けた発信をすること。動画のコンセプトは、3人のアスリートとしての経験を生かせ、かつジェンダーと根深いイシューである、「ファッション」と「スポーツ」をメインに据えた。
動画の企画と構成は、大嶋さんが枠組みを考える。「元女子が、メイクをしてみたら」「3人の運勢を占ってもらった」「バンジージャンプを飛んでみた」などの「挑戦系」から、LGBT当事者や元アスリートを呼んでの「トーク系」まで、その内容は幅広い。
人気企画のひとつが、「街カミングアウト」。町行く人々に、LGBTに関する知識を聞くとともに「僕たち、L/G/B/Tのうちどれにあたるでしょう?」とインタビューする。街の人の推測はさまざまだが、「3人ともトランスジェンダーで、元女性なんですよ」と明かし、さらに「3人とも元なでしこリーグの選手なんです」と畳みかけると、ほぼ全員が驚きの声をあげる。
「マイノリティ性を抱えていると、自分はあまりよく思われてないんじゃないか、とネガティブに考えてしまいがち。でも、皆さん意外と僕たちのセクシュアリティよりも、「元なでしこリーグの選手」という肩書きにより驚いてくれる。視野を広げてみると、マイノリティであることを気にしない人や温かく受け入れてくれる人って案外たくさんいるんだな、と実感しています」(大嶋さん)
大川さんも「僕らのことをゲイと見る人やバイセクシュアルと見る人もいて、その理由もさまざま。当たり前のことのようだけど、改めて人間って一人ひとり捉え方や考え方が違うんだな、と感じます」と話す。
そう、当事者であるないに関わらず、人は一人ひとりが違う。これこそが、彼らが動画を通して伝えていきたいことだ。
『捉え方の入り口づくり』をしていきたい
「あさひ」こと山本朝陽さん。22歳で現・「日体大FIELDS横浜」を引退後、24歳で戸籍を変更。ベンチャー企業の営業職として働くかたわら、メンタルトレーナーとしても活躍。 撮影/キム・アルム彼らの次なる挑戦のひとつが、全国の小・中学校や高校、大学を回って、ジェンダーに関する講演を行うこと。LGBT当事者と接することで、偏見を抱かずに多様な人を受け入れる姿勢を子どもたちに持ってほしい、という思いからだ。
山本さんは、治療や手術を経て、戸籍上の性別と名前を変更した6年前、15歳年の離れた弟と交わした会話を思い出す。
「弟が小学校3~4年生くらいのある日、『名前も変わるから、これからは朝陽って呼んでくれ』って伝えたんです。すると、弟はすんなり『うん、わかった!』と。元の名前での呼び間違えを何度もくり返したけれど、今はちゃんと朝陽って呼んでくれているし、弟の友達も、さらにそのお母さん方も、皆『◯◯君のお兄ちゃん』と呼んで受け入れてくれている。
そんなふうに、僕らの活動が、10年後20年後に誰かと出会ったときの『捉え方の入り口づくり』になったら嬉しいですね」(山本さん)
「子どもは、柔軟で、ストレートなんですよね。大人は色々考えてしまって、『(性別のことに)触れちゃいけないのかな』なんて思ってしまうけれど、子どもは、そんなこともあるんだ、と素直に受け入れてくれる」と大嶋さんもうなづく。
12月から手探りで始めた講演は、「街カミングアウト」などのYouTube企画を取り入れ、 講義形式ではなく、子どもたちが楽しみながらジェンダーについて学べるスタイルだ。前後にアンケートも実施し、子どもたちのリアルな声をしっかりと拾い上げるほか、 実際に学校で行った様子をYouTubeで動画として公開もする。
「お声がかかれば、北から南まで、島にだってどこにだって行きます。正直、地方ほど届けたいですね。地方には『LGBT』はおろか『ダイバーシティ』という言葉さえ知らない、という人も少なくないですから」(大嶋さん)
三者三様、だからバランスがいい
大川さんがおどけて、他の二人が吹き出す。ミュータントウェーブのYouTube動画でもよく見られる光景だ。 撮影/キム・アルム自他ともに認める、「三者三様だからこそ、バランスのいい」3人。責任感あふれるリーダーの大嶋さん、そんな大嶋さんをしっかりとサポートする山本さん。そして「僕は二人にひっついて、楽しくやれればいいんですよ」とつぶやく大川さんは、その独特な言動で笑いを誘い、スパイスとして欠かせない個性を放つ。
「僕は、自分のジェンダーのことをずっと隠して生きてきたんですが、今思えばそれは生きづらさにつながっていました。今は、自分が話すことで誰かのためになるんだったら、それはそれでいいなと思っています。周りが応援してくれるのも嬉しいですね。以前、建築現場で一緒に働いていた親方からも、先日数年ぶりに連絡があって、『お前、頑張ってるらしいな、何か困ったことあったら言えよ』なんて。おっかない人だったんですけどね(笑)」(大川さん)
意見の食い違いや衝突も日常茶飯事だが、それは互いの信頼ゆえだろう。
◆現在、ミュータントウェーブは、ジェンダー教育の資金を募るクラウドファウンディングを実施中(2022年2月27日23:59まで)。詳細はこちら→
◆ミュータントウェーブのYouTubeチャンネルはこちら→
撮影/キム・アルム撮影/キム・アルム 、取材・文/中村茉莉花(MASHING UP編集部)