「ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)の重要性は認識しているけれど、具体的な取り組みができていない」──そんな悩みを抱える人事部門やCSR担当者に大きなヒントをくれるのが、日産自動車(以下、「日産」)の「ダイバーシティ ディベロップメント オフィス[以下、「DDO」(取材時。2023年4月より「DEI推進室」に改名)]」の活動だ。

DDOは2004年に社長直下の組織として発足。ダイバーシティを事業戦略の柱とし、最大の強みとして育てるという経営方針のもと、日本国内の女性管理職比率を1.6%弱から10.3%(2022年時点)に引き上げるなど、着実な歩みを進めている。

「DE&Iはプロジェクトではなくジャーニー」と語るDDO室長の小林利子さんと、課長の中藤裕子さんに、日産のDE&Iのこれまでとこれからを伺った。

多様性の素地は創業時から。女性管理職比率を増やす独自の取り組み

小林利子(こばやし・としこ)
1974年生まれ。奈良県出身。上智大学法学部卒業後、外資系金融機関で為替アナリストとして勤務。米コロンビア大学大学院を経て2003年に日産自動車に入社。2013年に退職し、2016年に再入社。経営戦略室を経て2022年4月から現職。 撮影/中山実華

──まずはDDOについて、設立の経緯や活動内容をご紹介ください。

小林利子さん(以下、小林):日産は早い時点から経営戦略として多様性を広げていこうという理念があり、その中でDDOは発足当初、女性管理職比率の向上を最初の課題として活動をしていました

徐々に、女性管理職を増やすには、制度や職場全体へのアプローチが必要、ということで人事部門の一角となりました。その当時はまだ女性活躍推進法ができる前で、製造業でダイバーシティ推進にこれほど力を入れていた企業は珍しかったと思います。私は2022年4月にDDOに異動し、同年夏から室長をしています。

中藤裕子さん(以下、中藤):DDO内には2つのチームがあり、1つはジェンダーダイバーシティやPRに関わる業務。私が所属するもう1つのチームは育児・介護の両立支援、LGBTQ+支援、クロスカルチャー、働き方改革に関わる業務を担当しています。

小林:いま日本の製造業における女性管理職比率の平均は4%※ですが、日産は約20年にわたる推進運動の結果、10%にまで高めることに成功しました。また、日本の社会において外国籍の労働者の割合は2%程度ですが、日産は5%以上となっています。

※平成31年総務省⾏ 政評価局による「⼥性活躍の推進に関する政策評価 ー実地調査結果の中間公表ー」p.6参照

ただ、そうした成果がある程度出てきたところで、我々が目指すところも変わってきました。いま尽力しているのは、多様な人材が「いる」というだけでなく、多様な人材を「活かす」ためのインクルーシブな職場づくりです。

──日産には約20年前から多様性を会社の強みにしていこうという考えがあったとのことですが、これは仏ルノーとのアライアンスがきっかけなのでしょうか。

小林:多様性を受け入れる素地は、実はもともと日産にあるものです。日産は今年90周年を迎える会社ですが、その創業当時の歴史にはアメリカ人の技師も登場し、成り立ちからしてダイバーシティが存在した会社なんですね。

ルノーとアライアンスを組んだ頃は、他社でもメーカー同士の合併などが多かったと思いますが、そのなかでもルノー・日産アライアンスが成功したと言われることが多いのは、創業当時から違うものを受け入れる文化があったからかもしれません

中藤:確かに、日々の業務においても、予定調和の会議や打ち合わせはあまりないですね。異論があるのが普通だからこそ、会議の前にはアジェンダを共有してコンフリクトポイントを明確化しますし、そこからオプティマイズ(最適化)ポイントを探すのが会議の場という共通認識を皆が持っています。

小林:だからこそ重要なのが、従業員一人ひとりが「受け入れられている」と思える職場づくりなんです。

もともと日産に集まってくる人は、「やっちゃえ NISSAN」というCMコピーに表現されているように、エンジニアなら「世界初の技術を実現させたい」とか、どこか突き抜けている人が多い。とはいえ全員がバラバラだとクルマはできないから、それぞれの違いを活かしてシナジーを作り、クルマという最終プロダクトに落とし込む工夫を日々しています。

コンフリクトポイントとオプティマイズポイントの明確化も、「V-up」と呼ばれる日産独自の課題解決のためのツールの一部です。何かあったら「V-upしよう」というのが、従業員の態度として染み込んでいる。

中藤:また、会議や打ち合わせを効果的・効率的に行うためにも、DDOでは心理的安全性を重視しています具体的に大事だと思うのが「雑談」です「私はこういうことで困っている」といったプライベート事由をリーダーが自ら話すことで、スタッフから解決策が出てくることもありますし、悩み事を共有できるチームになっていきます。日々の打ち合わせでも、最初に雑談の時間を設けるなど、小さなことに気をつけています。

小林:いま日産が、全社で進めているカルチャー変革プロジェクトの軸にも、心理的安全性があります。新卒採用などでは、よく「日産では、手を挙げたらチャンスが得られるよ」と話すのですが、そうした社風を貫くためにもDE&Iと心理的安全性が欠かせません。“個”が立った人がいて、その人たちがやりたいことをやれる土壌がある。それが強みだという考え方が、日産の基盤になっています

ジェンダーギャップを「本来あるべき姿」に戻していくために

中藤裕子(なかふじ・ひろこ)
1979年生まれ。広島県出身。広島大学総合科学部卒業後、2004年に日産自動車に入社。プログラムダイレクターオフィス、グローバルマーケティング部を経て2019年7月から現職。2020年5月キャリアコンサルタント取得。 撮影/中山実華

──DDOの具体的な取り組みについてお聞かせください。

中藤:主な施策として、管理職候補の女性社員を対象にキャリア開発会議を行っています。課長や課長補佐への昇格が検討されている女性社員のキャリア構築に対して、その当事者の上司、上司の上司、その部門の人事、DDOスタッフの4名が集まり、当事者のキャリアの課題や、課題に対するアプローチを話し合う場を持つ(当事者本人はいない状態での会議)というものです。

その後、当事者が希望するものは何かも考えながら、1年間を通して支援を行っていきます。

その他の施策としては、次のようなものがあります。

キャリア面談
キャリアコンサルタントの資格を有するDDO課長(2名)と、当事者とのキャリア面談によって意識醸成をはかる。

メンタリング
社内の管理職と当事者をDDOがマッチングして、1年間定例的にメンタリングの場を設けることでマインドセットの醸成をはかる。

キャリア開発セミナー
リーダーシップや自己啓発について学び、自分の強みやキャリアについて考えるセミナーを実施。

モノづくり部門は男性に対して女性従業員の比率が少ないため、情報が枯渇しがちです。かつ今の管理職は男性が多いため、女性管理職のロールモデルが少なく、自分がリーダーになったときにワークライフバランスが保てるかという不安がある女性が多いです。

リーダー像としても、やはり力強く長時間労働ができて、人を引っ張っていくというイメージができあがっています。しかしリーダーシップについては、アカデミックに分析するといろいろなタイプがあるわけです。こうした情報の枯渇を補足し、改めて自分の強みや、キャリアパスについて考える場を提供していきたいと考えています。

──自分のキャリア構築について、二人三脚でDDOが伴走してくれるというのは、コミュニティを築きにくい女性にとっては非常に心強いですね。

中藤:やはり周囲にロールモデルが少ないと、不安を自分で抱え込み、負のスパイラルに陥ることもあると思います。そこを孤立しないようにサポートすることで、自分で情報やネットワークにリーチできるようになり、力強く立ち上がる方たちをたくさん見てきました。

また、広く情報提供の一環として、女性社員との座談会を開催し、実際のキャリア構築について悩みながらも成功している女性たちの話を聞く場なども提供しています。

こうした取り組みで継続的に伝えていかなければいけないと思うのは、管理職のアンコンシャスバイアスの強さと、女性従業員当事者のボトムアップ、意識の変革です。

もちろん、管理職の意識も大きく変わりつつあります。以前は「女性社員に出産するタイミングなんてとても聞けない」という空気でしたが、今はワークライフバランスや、ライフステージと昇格について当事者と話し合える上司が増えています。それでも「どこまで踏み込んでいいのかわからない」という声はよく聞きます。DDOでは女性の側にも、「自分から開示してください」と伝えています。当事者からの開示があれば、管理職はそれを吸い上げて実行に移すことができますから、かなり距離が縮まると思います。

そして自己開示のためには、当事者が「自分に何が必要なのか」を示せることが必要です。そのポイントをキャリア面談や1on1など、個々のアプローチで伝えていくことが重要ですね。

小林:私はDDOが発足した当時のことをよく覚えている年代ですが、女性だけを集めた研修や、女性だけを集めた役員とのラウンドテーブルなど、思い返すと「なぜ女性だけが集められるの?」と感じていました。でも実際に施策を提供する側になると、現状に明らかにギャップがあることがよくわかりました

弊社の女性管理職比率10%という数字は業界平均値としては高いけれど、上のジョブランクにいけばいくほど女性が減る。

さらに、女性役員は数名しかいないという状況は、やはりおかしいと思います。

男性からだけでなく、女性から「女性優遇なのでは?」というフィードバックをいただくこともあります。しかしDDOの活動は、決して女性に下駄を履かせるものではありません。明らかにあるこのジェンダーギャップを、本来あるべき姿に戻していくための施策なのです

課題は「男性育休」と「ジェネレーションダイバーシティ」

ダイバーシティはモノづくりの現場でも活かされている。「セレナ」に搭載された、足をかざすことで自動開閉できるスライドドアは、子どもを抱っこしたままでもドアを開けられるようにと開発されたもの。また、チャイルドシートを装着したままでも3列目に乗り込みやすい設計がされているなど、子育て世代に向けた細やかな気配りが。これらは、育児中の社員の声から生まれたアイデアだそう。 画像提供/日産

──このところ多くの企業でダイバーシティ経営が注目され、国も積極的に推進する姿勢を見せていますが、特に注目されている動きなどはありますか。

小林:今年度から告知が法令化された男性の育児休業制度は、日本社会全体、もちろん日産にとっても大きなゲームチェンジャーになると感じています

中藤:今の管理職世代は、男性育休に対して「取っても短期でしょう」といったアンコンシャスバイアスがあるように見受けられます。そこに気づけるようになると、一気に組織のDE&Iが進むのではないでしょうか。

男性育休はジェンダーギャップ解消において非常に重要で、理想は男性と女性が同じ育児休職期間を取得できる組織。日産では2021年度の男性従業員の育児休職取得者が122名でしたが、来年度の希望者は300人を超えていますし、この動きについていけるような組織づくりをしていかなくてはなりません。

私は、育児の経験はピープルマネジメントのブートキャンプのようなもので、キャリア構築に必ず役立つと確信しています。「キャリア」の定義は、本来は「人生そのものをどうやって進めていくか」であり、育休を取ることはキャリアの一部。だから胸を張って復職してくださいね、といつも伝えています。

小林:日産は2006年に育休に入る方のためのセミナーを立ち上げて、当初は「プレママセミナー」と呼んでいましたが、現在は「プレパパママセミナー」になり、直近のセミナーは出席者の7割が男性でした。内容も昔は子育てに関するものでしたが、現在は、育休はキャリアデザインであり、ライフデザインであるということが一番のメッセージになっています。

──出産や育休の経験は、日産のモノづくりの現場にも大いに活かされそうですね。

小林:おっしゃる通りです。例えば日産の「セレナ」に搭載された、足をかざすことで自動開閉できるスライドドアは、子どもを抱っこしたままでもドアを開けられるようにと開発されたものです。その他にも、チャイルドシートを装着したままでも3列目に乗り込みやすい設計など、子育て世代に向けた細やかな気配りが反映されており、高い評価をいただいています。

ハンズフリーオートドアのイメージ。 画像提供/日産

こうしたメリットがあってもなお、組織でDE&Iを実現するのは難しいことです。日産の20年の歴史のなかで一つ言えることがあるとすれば、やり続けること──その一言に尽きると思います。これは自分自身にも言い聞かせていることですが、DE&Iはプロジェクトではなくてジャーニー。大きな花火を打ち上げて終わりではなく、やり続け、そのときどきの時代の要請に即して変わっていかなければなりません。

今後の課題としては、やはりジェネレーションの視点が重要になるでしょう。日本社会の高齢化に伴い、企業自体も高齢化しています。今の50代60代の方々のマインドセットと、20代30代の従業員のマインドセットでは、男性育休ひとつをとってもリアクションが全く異なります。

それでも一つの組織としてアウトプットを出すためには、まずはジェネレーションの違いを認識し、心理的安全性を持って対話できる環境を作っていかなければならない。20代の男性社員が、50代の上司に「育休を取りたいです」と自然に言える組織にするために、ジェネレーションダイバーシティの観点を取り入れていきたいと考えています。

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